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第80話 響く歌声、奏でよ悲鳴




 やすりをかけていた時間はものの二十分ほどだったと思うのだが、その二十分で前世の数倍に及ぶ生き恥をかいたと思う。


 しかし、これで先に進むことが出来る。これで無事呪われることができるだろうからだ。

 自主的に呪われるというのも、なんだか不思議なものだが……。

 痛いのと、変な声、どっちがマシかと言われると大変悩む。恥の上塗りはメンタル的にキツイのだ。


 そして、持ち前の好奇心が首をもたげた結果、呪詛をかけられたいという気持ちが勝った。それだけである。それだけってことにしておいてください。ちょっとは後悔しています。

 なにはともあれ生き恥ASMRが終わってよかった。


「よっしゃ、やっとうちの出番やな!」


 サングラスを外したペリュさんがやる気を出している。輝く瞳のフレッシュな新社会人のようだ。

 実際は呪詛をかけるために張り切っているので俺は複雑な気持ちである。


「ええか、キノっち、よう聞いてや」


 なんか変なあだ名が生えてきたな。まあいいけど。


「はい……」

「呪詛にはかけられる側の気持ちも大事や。死にたいと思ってるやつに即死呪詛は逆に効きにくいんや。せやからな、若君は呪詛の儀式の間中こう思っとってや『俺はスリムになりたい!』ってな」


「えっ……俺別に生前太ってなかったから難しいな……イケメンにならなりたいですが……」

「あかんあかんあかん、絶対に思ったらあかん! 太らないどころかブサメンの副作用だけ残る可能性あるで!」


 なんだよその副作用。最悪だな! ていうか顔変わるのは流石に嫌なんだけど!?


「呪霊は相手が望む逆のことをするのが好きなんや、つまり、いたずら好きの猫ちゃんみたいなもんやな」

「ジンメン君もですか?」


 俺の言葉にペリュさんのおでこにおわすジンメン君の顔が明るくなる。


「おうよ! 俺も猫ちゃんだぜ、にゃーん! ヒャハハハハ!」


 こんな猫は嫌すぎるよ。しかし、皆爆笑している。


「せやで、ジンメン君はまだ話が通じる方やが、呪霊はとにかく逆張りが大好きな奴らやからな。俺はスリムだ、更に痩せてシュッとしたい!とだけ考えておくんや。ええな?」

「はい……」

「じゃあ、時間は知らせられんけど、近いうちに始めるから、いつでも良いように準備頼むで」


 そう言ってペリュさんは去っていった。


 元の顔が良いわけでもないのにこれ以上望まぬ方向になるのは困るので、俺は痩せることにだけ集中して念じることにした。


 どこからか、前回とは違う厳かなのに不吉なリズムで鈴の音が鳴る。するとまるで照明のようだった満月をにわかに雲が覆い隠していった。

 星空もなく、俺の周囲を完全な暗黒が包む。恐ろしいが、俺は続けて念じ続ける。


 痩せたら焼き肉を食いに行く。痩せたらエルシーさんとデートする。痩せたら金運が良くなる、痩せる、痩せる、痩せる……。


 15分間そう念じ続けた後、身体に異変が起き始めた。


「なんだこのドロドロ!?」

 俺の木の周り、特に表皮をいだあたりを取り巻くように、ねっとりとした黒い粘液が地面から湧き上がってきている。そこからねっとりと冷たい物が体に染みていくような、ホラー映画を見たときのゾクゾク感を樹皮のない部分から感じる。


 遠くから歌声も聞こえる。男性・女性混声の合唱だ。かすかに歌詞も聞こえてくる。


「〽ふーとーれー ふーとーれーまーるまると 豚のようにぃー」


 音程と和声は神々しいのに、ひっでえ歌詞だな! これが呪歌か……。

 ということは、今は儀式の真っ最中か。正直見たいんだが、見られていると効果が半減するらしく俺は見ることを許されていない。


「〽憎き敵に復讐を  地の底よりも深くとも 空の果てよりなお高くとも どこまで逃げても追いかける」


 執着心の溢れた歌だな……。呪詛ってそういうものだろうと言われればそうなのだが。

 そういえば、気がつくとそこはかとなく果物と肉の腐敗臭が漂っている。

 この粘液から漂ってきているわけではないのが不思議でこの祝福地には似つかわしくない。


 俺にまとわりついた粘液からボコっと泡が溢れ、それはやがてボコボコと沸騰する様に吹き出してくる。なんと、その泡の一つ一つに、血走った眼球が浮かんでいるのだ。真っ暗なのに、粘液と眼球だけが俺を見つめているのだけははっきり見える。


「ひ、ひぃーーー!!!!」


 俺は無様に叫ぶ。だって凄まじく怖い。

 俺一人でホラー映画見られないんだもん。ホラー耐性ゼロ。グロ耐性もない。



『憎い』『憎い』『憎い』『憎い』『憎い』


 黒いドロドロから何人もの声が揃って憎しみを謳い上げる。


「ぎゃー! やめてくれー! 太りたくないいいいいい!」


 こんな目に合うならまだエーリュシオンブートキャンプのほうがマシだった!

 それを聞いた黒いドロドロたちの目が輝く。


『太りたくないのに』『太りたくないのに』『太りたくないのに』『太りたくないのに』『太りたくないのに』


 子供の声、大人の声、男性の声、女性の声。多種さまざまな声が聞こえ、全てが俺に向けて憎しみを吐き出している。


『太れ』『肥えよ』『醜く』『おぞましく』『変わり、果てよ』『おいで』『楽になろう?』『怖くないよ』


 泡に浮かんだ濁った目が徐々に俺の視覚の原点に移動してくる。

 その目玉は移動に伴って、徐々に血肉をまとい体を形作る。

 黒い髪に青白い肌、その肌の色は時に黒く、時に赤紫の斑模様がある。血と肉の塊は濁った目でゆっくりと俺を注視し近づいてくる。


 あれは、死者の顔だ。そう、気がついてしまった。

 ああああああ、考えないようにしてたのにいいいいい!



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