第8話 正しい種の植え方
皆が俺に注目している。緊張する。水が飲みたい。
でも口がないので飲み方が判らず、頼むことも出来なかった。この身体の使い方、慣れるまで時間がかかりそうだなぁ。
「では最初に……」
俺の言葉にエルフの皆様が息を呑む。
「まず前準備として、俺をヤスリで削ります」
「…………」
沈黙が重い。
しばしの沈黙のあと驚愕したエルフの皆様がすごい顔でこちらを見ている。
「はい?」
エルシーさん他数名が思わず声を上げた。
「ヤスリ!?」
先程まで和やかかつ論理的だったエルフの皆様の語彙力が極度に低下している。
「はい、ヤスリです」
「や、ヤスリ……」
「や、ヤスリですかぁ……」
今日一、いや、ここ数年で一番中身のない会話をしている気がする。
ディス イズ ア ペン、マイネーム イズ ドングリ。そんなフレーズがふと脳裏をよぎった。
長い沈黙を破ったのはエルフのおじいさんだった。
「そんな、恐れ多いことを!」
ジェスロさんだったかな。その叫びをきっかけにしたのかエルフの皆さんは床に座り込んでしまい、神の罰でも受けたかのようにわなわなと震えている。
「恐れ多くないです」
俺は冷静なふりをしてしれっと説明する。
「俺は世界樹の種ですが、転生してきた人間でもあります。意識のある人間を植木鉢に埋めて春まで監禁、これだと俺の気が狂いそうになってしまうと思うんです」
「た、確かにそうですが、でも……」
「じゃあ誰か一緒に半年生き埋めになってくれますか!?」
そう俺が逆ギレしてみせると皆たじろぐ。
そりゃあいくら長寿の種族とはいえ、半年という時間は人間と変わらず存在する。
そんな長期間、生き埋めなんて嫌だよなあ。わかってくれてよかった。
「うっ……ソウヤ様の為ならば、私はっ……!」
ぐぬぬ、と言いそうな顔でエルシーさんが出さなくて良い根性を発揮しようとしている。俺は止めなくてはならない。
「いくらエルフでも土の下じゃ呼吸できませんよ」
「うう……」
諦めてくれてよかった。
「そんなわけで俺もあんまり発芽まで時間をかけたくないんです。なので……」
俺は前世で得た種からの育成の知識を披露する。
この大きさと硬さでは普通に植えるだけでは発芽までに半年で済むかわからない、もしかしたら失敗しかねないこと。
殻をヤスリにかけることと水に浸すことで発芽のしやすさを後押したいこと。
そして、中の様子が見えるように、発芽して安定するまでは水耕栽培をしたいこと。
「質問でーす」
若い女性のエルフが手を上げた。
「ポーション要素はどこに?」
「いい質問ですね」
俺はドヤ顔をして答える。どんぐりのドヤ顔が伝わっているかは全くの謎だが。
「俺ってワイバーンが狙うくらい全身栄養あるじゃないですか。だからヤスリをかけたときに出た殻の粉から植物用ポーションを作って液肥として使えば発育が短縮されると思うんだよね、専門家じゃないから絶対とは言えないけど……」
素材として超高級クラスのどんぐりなのだ、出た素材はたとえ砕いた殻だって使えるなら使う。……使えるなら。
あれ、 使えるのかな? 自信無くなってきた。
「……作れないかな?」
そう聞くと、女性のエルフは目に闘志が宿ったような顔つきになる。
「できますとも! 聖樹族一のポーションの匠を自負しております! 是非マギネにお任せあれ!」
自信たっぷりにマギネと名乗るエルフは名乗りを上げたが、なんかマッドサイエンティストみを感じてちょっと不安だ。でも信じるしかない。
「水耕栽培……の容器はどのようにされますか?」
「俺を植えてた植木鉢のガラスのドームを逆さまにしたらいい感じだと思う。でもそのままだと転がっちゃうから、誰か支えるための台を作ってもらえないかな」
「ジェスロ、お願いします」
「了解いたしました」
「どんぐりはどうするのー?」
拾ってきた子エルフ達が聞く。
「まず、実験しよう。俺の体で実験して失敗したらアレだし」
全員が(まあ確かにそうだよな……)という顔をしていた。
俺だっていきなり自分の身体で人体? 実験をするのは怖い。
「そういえば、育成促進の魔法とかあったりする? 俺魔法のことあんまり知らないけど、聖樹族の人たちなら使えるんじゃないかなって」
「はい、使えるものがおります」
数名が手を上げた。やっぱりエルフと植物、仲が悪いわけがない。そういう魔法があってくれて助かった。
子どもたちの拾ってきてくれたドングリに育成促進魔法を使って実験をした。
結果、やはりこの環境の場合、ヤスリを掛けて水に浸し殻を柔らかくしたもののほうが成長が早かった。方針は決まった。
これがまた別の問題を引き起こすことになるのだが、それが発覚するのは大分先の話だ。
「よし、では皆にわかりやすく俺の育成計画を伝えられたと思います。では……」
俺はまな板の上の鯉になった気持ちで覚悟を決め、ごろりと転がった。
多分何も伝わってないが、いいのだ。俺の気持ちだから。
「まずはヤスリからお願いします」
俺は神妙に宣言した。水につけたあとだとうまくヤスリがけできないからね。
「よろしくおねがいします」
神妙に転がる俺。
先ほどジェスロさんが子どもたちの拾ったどんぐりや栗で程よい削りを練習してくれていた。今の俺はそれを信じるしか無い。
というか多少無理してでも半年生き埋めは回避したい。
植木鉢もだけど、中の土自体にも魔力に干渉する力があり、あれに埋められていると本当に感覚が遮断されるのだ。かろうじてお喋りができるくらいで、聴覚以外の感覚はほぼ麻痺する。
植木鉢半年の刑よりは懲役刑を選びたい。
どんぐりにできる懲役があるのかどうかは知らないが。
しかし、聖樹族の皆様と世界樹とのつながりは把握しきれていないが、大分重い主従関係にあるのは間違いなさそうだ。
人間で例えれば王子様の手術を侍従自ら担当するようなものだろうか。
……それだと大分責任が重いな。
無理やりヤスリがけを強いてしまったのは悪かったかもしれない。俺が自主的に紙やすりの上とかをごろごろすればよかっただろうか……
「多少ミスっても大丈夫! 治癒魔法があるんでしょ!」
俺は怯むジェスロさんを励ますかのように励ました。
「申し上げにくいのですが自分より格上の魔力の持ち主への治癒魔法は効きにくい傾向にございます……」
エルシーさんが申し訳無さそうに言う。
そもそもどんぐりの治療とは? っていう話だしな……。
「傾向ってだけでしょ、全く効かないってわけじゃないから!! いけるって!」
治癒魔法のことなんてなーんにも知らないので根拠はない。
ただの強がりのやけっぱちだ。
周りの皆様は若干引き気味だ。しかしもう後戻りはできない。
俺はどんぐりを卒業せねばならないのだ。
俺は今猛烈にどん卒したい。
どん卒とはどんぐり卒業の略語である。どん卒という日本では誰にも伝わらない謎の単語をクリエイティブしてしまうほどに、俺はどんぐりからの卒業に謎の情熱を燃やしはじめていた。
「本来は手袋越しにせねばならないのでしょうが、繊細な細工が必要故、素手で御身に触る無礼をお許しください」
ジェスロさんはそういうとそっと俺を手に取り軽く指先に力を入れた。
「苦しくはございませんか?」
「大丈夫です!」
ジェスロさんはイケオジとイケ老の中間くらいの感じで俺がなりたい理想の中高年の顔をしている。石膏像でこういう人がいても全然おかしくない感じだ。
エルシーさんとは別の方向で目の保養だなぁ。
「それでは失礼いたします……」
ジェスロさんは、細工用だというヤスリを出してそっと俺の体の一番丸みのある部分に当てた。
ショリ……ショリリ…優しい音を立てて絶妙な感覚が俺を襲う。
「ふひ……」
思わず変な声が出る。
「痛いですか!?」
「いえ、痛くはないです。大丈夫です……続けて」
と、澄ました声で告げるとホッとした顔でジェスロさんが頷き作業を再開する。
ショリショリショリ……カリカリカリ……
俺は必死に声を我慢していたが、かなりの苦行だった。
社畜時代の休日にマッサージ店(健全)に飛び込んだ時のことを思い出す。
疲れでガチガチに固まった筋肉をプロがやさしくもみほぐしてくれる。あれは他のどの快楽とも違う、特別な感覚だと俺は思う。
マッサージ店(健全)でも俺はよくうめき声を上げていた。
俺は今、アレに襲われている。正直これ以上声を我慢できるか自信ない。
硬い殻が温かな手のひらに包まれ、マッサージのように殻を優しくヤスリがけされていき血流が良くなるような心地よさある。
どんぐりには血流無いはずなんだけどな。
そして、どんぐりの尖った方にヤスリの先が到達した。
サリッ……
ヤスリが、俺の殻の一番繊細な(?)部分に到達したときだった。
「おほぉぉぉぉぉぉ♡」
一瞬で場が静まりかえる。
ジェスロさんは動きを止め、エルシーさんは反射だろうか、腰の短剣に手をかけた。
出てしまいました。声が。
一番出してはいけないタイプのやつ。
おれはない腕で頭を抱えた。やってしまったよ……。