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第79話 生き恥ASMR



 工具箱を持つジェスロさんは眠そうな顔をしていた。本当に寝ていたらしい。本当に申し訳ない。


「若君、こんばんは。本日も御用とお聞きしまして伺いました」

「ジェスロさん夜分に本当にすみません、今回もちょっとお願いがありまして……」

「はて、なんでございましょう」

「すみません、この幹の皮上手く剥ぎ取るかやすりで削り取るかできません?」


 俺のこのお願いに半分寝そうな顔だったジェスロさんは急に覚醒した。


「はい!? どういうことですか、若君! 今度は樹皮を削るとは!」


 俺は呪詛をかけてもらうための事情を解説すると、それでも微妙に困った顔をしている。


「俺の見立てでは、この樹皮に魔法抵抗力の一因が有ると思うんですよね。人間だって指のササクレをひっぺがすと水がしみたりするじゃないですか。やけどをすると、時に死に至る感染症を引き起こしたりする。だから、樹皮が剥がれている所があれば呪詛が通りやすくなると思うんですよね」


 そう、これは魔法抵抗(物理)をできるだけ下げるための方法だ。だいたい物理でわからせればどうにでもなるのだ。たとえそれが、俺の身体だとしても……。

 人化できるなら俺はあまり手段を選ばない。多少は選ぶけど。


「そんな事をしたら若君様が大変なことになってしまいます! 無理です!」

「大丈夫です! 剥がして呪詛が成功したら……エーリュシオンさんに治してもらって、ちゃんとあのどんぐりのポーションを飲みます! もし死んでもジェスロさんのせいでは有りません! 一筆書きます!」


「エーリュシオン様におまかせするのでは駄目なのですか?」


 それでもジェスロさんは難色を示している。


「それにエーリュシオンさんに任せると、腕がうねうね動いたときみたいなことになるかもしれないじゃないですか……」

「なんだよ、ちょっと失敗しただけだろ」


 エーリュシオンさんはすねた顔をするが、あれはしていい失敗ではなかったと思う。結果的に面白いから許されたが。


 ハールバルズさん以外の聖樹族エルフみんなが、ああ……という顔をする。あの拷問みたいな様子はいつのまにか集落に知れ渡っていたのだ。恥ずかしすぎて辛い。


「は? 若君様の樹皮を剥ぐ? え? しかも二回目ですと????」


 ハールバルズさんはこいつ何いってんだ?という顔で目を剥いて表情が固まっている。


「いやー、自分の皮を剥ぐとかさすが若君はんや、覚悟ガンギマリやな!」


 といってペリュさんはチカぴさん、マギネとゲラゲラ笑っている。

 わかっているんだよ、俺が異常なことは。でも最初の一歩を間違えたから、そのまま真っすぐ歩いて未踏の領域を開拓しないといけないんだ。


 くそ、俺だって謎の事態は怖いし嫌だ。でも積極的になにかするのはもっと嫌だ!

 でも受け身で我慢することは結構得意……。やる気が無いだけともいう。


「大丈夫、最終的に何かあってもエーリュシオンさんがどうにかしてくれると俺は信じてます!」

「お前、都合の良いときだけ僕を信じるんだな」

「俺の前世の慣用句にも有るんです! 困ったときは神頼み!」


 呆れたようにエーリュシオンさんはため息をついた。


「決意は堅いようですな……」


 ジェスロさんが諦めたかのように工具を取り出した。ナイフやヘラ、ヤスリなどを取り出す。


「しかし、木になった若君に痛覚が有るといけませんので一応確かめさせていただきますぞ」


 ジェスロさんが真面目な顔でいう。正直その問題を忘れていた。


「よろしくお願いします……」

 

 相談の結果、全面は剥がなくてもよかろうということで、半分だけ剥ぐ事になった。俺は後にこれを後悔することになるが後の祭りである。


 ジェスロさんが道具を準備して、俺の幹に手をかける。丘に上がったアザラシのような気持ちで俺は目をつむる。肌の上をススス……となにかをなぞっていくような感触が。痛くはない。


 痛くないので安心して目を開けて作業を見学する。刃物で切れ目を入れた。なにかが刺さる感じは伝わってくるが、まるで爪を切っている程度の感覚だ。


「痛みはどうですか?」

「全然痛くないです!」


 痛みがなくてよかった。


「では試しに少し剥がしてみますぞ」


 ぺり、という感触でまだ分厚くない皮は簡単に剥がれていく。日焼け跡の剥けた肌を剥がすようで、すこしこそばゆい。しかし、今回は大丈夫だ。これなら我慢できる。

 しかし、俺がまだ若いせいか樹皮が薄く、ささくれの様になって変なふうに剥がれてしまう。もちろん、剥がれた樹皮は素材にするため全部保存してもらっているから無駄はないのだが。


「ううむ、やはりヤスリを掛けるのが最善のようですな……」


 やっぱりそうですよねー……。この剥がす感じなら我慢できそうだったんだが。


 プロジェクト・サンダー。サンダーは”Thunder”ではなく”Sander”である。やすりの方。脳内だけとはいえ、言葉をつけることはフラグを立てるということなのかもしれないな……。


 しかし、俺もどんぐりだったあのときとは違う。大きさは百倍以上、質量も多分百倍以上の成長を見せている。多少のヤスリに負けたりなんかしない!


 ショリ……

 前回よりも大きなやすりが俺の樹皮をなぞる。


「おぅふ……!」


 今回も絶妙に疲れた身体が揉みほぐされるような絶妙な感覚が俺を支配する。


「若君、夜ですぞ、お静かに……」

「は、はい……」


 ショリリリリ……ガリリリ……手際よく動いていくジェスロさんの手。目は死んでいる。


「おふぅうううううう♡」


 だ、駄目だ、どんぐりのときより我慢できるはずが、実際は表面積がデカくなった分だけ絶妙な感覚が俺を支配する時間が増えただけなのだ。


 カリカリカリ……サリサリサリ……目の違うやすりを丁寧にかけていくと、感触がどんどん変わっていき、俺の口からは変な声が無限に出続けている。


「あああああっ、うひゃひゃひゃひゃ!」


 ハールバルズさんが見てはいけないものを見たような目で俺を見ている一方、ペリュさんとジンメン君、マギネ、アカシアは爆笑している。

 チカぴさんは爆笑とまで行かなくても、ニヤニヤと俺を見つめている。


 ゴリゴリゴリ……シャッシャッ……。リズミカルにやすりが樹皮を刺激していく。


「あふん! おほぉおおおおお♡」


 順調に作業が進むたび、俺の口から異様な声がまろびでる。


「だめえええ、エルシーさん見ないでええええええ」


 俺はわずかに残された正気で叫んだ。あまりの快感に枝を蠢かせながら。

 傍から見れば薄い本の触手に美少女が襲われてるシーンの美少女抜きのような、奇妙な光景なんだろうな。しかも声がアラサーのおっさん。


 なんだこれ、ここが地獄か。死後の世界だもんな、地獄で当然だな……。


「すみません、これ以上見ていられません! ごめんなさい!」


 エルシーさんは涙目で家に避難していった。

 本当にすみません。でも、良かった。これ以上恥ずかしい様子を見られなくて済んで。いや、もう見られたし全然良くないけど。


「んふぅううう! らめえええええええ!」


「木野、もうちょっと声なんとかならない? 流石にちょっとさぁ……」


 エーリュシオンさんが死ぬほどうんざりした顔でそう言うが、どうにかできるならもうどうにかしてるんだよな。


「むりぃいいいい、声でちゃううううううっ」


 気持ちよさはエスカレートし、俺の声もどんどん駄目な方になっていく。でも声が出ちゃうんですよ……。これ、人間の姿でやったらヤバいな。


「お゛ほぉお゛お゛お゛お゛お゛お゛♡ ん゛ん゛ん゛っっ♡ あああああああん♡」



 ジェスロさんは目どころか顔色も死にそうになっている。

 俺も恥ずかしくて正直死にたい。でももう一回死んじゃったからな……。



 呪詛が通る分の樹皮が削り終わるまで、俺は第二の人生の恥を上塗りし続けていた。

 本当に恥の多い生涯である。



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