第74話 曇天の晴れ舞台
あくびを噛み殺すペリュさん。サングラスの下には噛み殺したあくびで出た涙の跡がうっすらと見えた。
「大丈夫ですか? 俺が無理なお願いをしたせいで申し訳ないです」
「いやいや、このイベント見逃すほうが睡眠取れんことよりも後悔しそうやしな。普通は契約お披露目なんてあらへんし、ほんまレアやで」
「そうなんですか!?」
と思ったけど別に俺もお披露目はしなかったな……。お披露目、普通はやるものなのかと思っていたがそうじゃないのか。
「せやで、契約したら力あるんやろ? ってたかられたり、面倒な仕事を回されたりすんねん」
「それはそうかもしれませんね……」
私パソコンチョットデキルって会社で言ったばかりに資格も一個もないし、本当に自作パソコンを作ることが出来るだけの山田さんが情シスに飛ばされたのは記憶に新しい。山田さんは泣きながら資格の勉強をしていた。
それを見て俺は、出来ることをひけらかすことを辞めたのだ。悲しい思い出である。
「でもあの姫さんはちゃうんやろな。覚悟がキマってるから大々的に喧嘩売るなら買うで! うちのケツモチに勝てるんならいくらでも喧嘩売ってこいやって宣言しとるねん」
結婚式みたいだな、と思っていたが仮想敵(魔王?)への宣戦布告という一面があるのか……。ならば俺は全然考え違いをしていたことになる。
確かに、今のところ相手はあまり尻尾を見せない。
こうやって挑発することで相手がこちらに手を出してくるなら、それを足がかりにこちらから反撃の狼煙を上げるということか。なるほど、よく考えられている。
「えー、そうかなぁ、だってこんなときくらいしかお洒落できないじゃん? だからイベントでおめかししてるんだよー、多分」
チカぴさんの意見にもちょっとだけ納得する。
ラ・ベッラを演じていた彼女の様子はあまりにも自然な悪役令嬢だったもんな。しかたなく着ていたとはいえ、選んだのは彼女の趣味なのだろうし。
「それにしても本当に素敵〜。教会の結婚式みたい、あたしもしたーい」
「チカぴ、彼ピおるん?」
「いない……でも彼ピはいつでも募集してるよ! キノぴも良い人いたら教えてね!」
「あ、はい」
俺が眼中にないのはしょうがないにしても(木なので)、この集落の70%が女性、15%がおじいちゃんで15%が子供だからな……。チカぴさんに紹介できそうな妙齢の男性が誰ひとりいない。
俺もまだ生後一ヶ月半、正直子どもの仲間なので……。
「あ、そうだ。お披露目の当事者のお姫様なら紹介してくれるかもしれませんよ。お抱えの守護者、イケメンしかいないので」
「マジで!?」
チカぴさんの顔から眠気が覚め、一気に真剣な顔になった。
「マジです。あの壇上の男の人もお姫様の守護者ですよ」
俺はたじろぎつつ答える。
「マジぢゃん……。何あのハリウッドにいそうなイケメン……」
昨晩チカぴさん達と別れたあと、千キロ以上南にあるメアリーさんの領地から、どういう手段か、聖樹族の守護者十名ほどがやってきた。少年から老年まで幅広い年齢の守護者がいたが、皆どれもイケメンだったのだ。
今日の早朝に到着し、守護者第二位の方に姫君がお世話になっております、と丁寧に挨拶をしてもらった。ゲームで大魔法使ってくる系イケメンおじいちゃんの顔だった。
正直、俺が写し身魔法を覚える前の出会いで良かったとすら思える。
あのイケメンたちの前で俺が『世界樹でーす』っていっても絶対俺が霞むもん……。地味で平凡な平たい顔族だからな、俺は……。
魔法使って人間形態になったら超絶イケメンになるとか都合の良いことはなさそうだし……。本当にこの世界、微妙に夢がない。
「それは楽しみ〜、聖樹族の人ってイケメン多いもんねえ」
男性だけでなく女性も美人が多い。目の保養だと俺は思うが当人たちに言わせると個性がないのが悩みらしい。人の芝生は青いって本当だな。個性あると思うんだけどなあ、マギネとか。
などと思っていると、アルビオンさんも朗々と参加者へ呼びかける。
「皆様、祝福地エーリュシオン様と、世界樹メアリー様のご入場です!」
どこからともなく湧き上がる拍手と歓声。
ステージの袖からゆったりと中央に歩み寄るメアリーさん。
「あれが世界樹のお姫様!? 超かわいいじゃん!」
チカぴさんが感嘆の声をあげた。今までのラ・ベッラが俗世界の姫とするなら、今のメアリーさんは聖職者のような雰囲気を漂わせており、清楚で高貴だ。
白と紺を基調にしたドレスがとても良く似合っている。異世界転生物の花形の一つ、聖女の姿と言っても過言ではない。
俺もチカぴさんと同じく思わず見惚れてしまった。
あの悪役令嬢風の女の子が今は聖女風になっている。女の子ってすごく変わるんだな……。
服装のおかげなのか、演じているのか、素なのかはわからないが。
聖女の装いのメアリーさんは厳かに言葉を紡ぐ。
「私、世界樹メアリー・スーザン・スミスは祝福地エーリュシオンに希う、どうか我が友を救うため、その権能の一部を貸し与えたまえ」
メアリーさんは跪き、両手を組んで祈りを捧げる。
すると、薄暗く雲が立ち込めた空から、一条の光が差し込んできた。天使の梯子とか薄明光線って言われてるやつだ。自然現象としても美しい景色だが、こうして人工的に起きることでさらに神聖な雰囲気を演出している気がする。
あ、なるほど。これを演出するためのわざわざの曇りだったのか。手が込んでるなあ。
解けていた光から析出するように現れて、天上からふわふわと降りてくるエーリュシオンさん。
いつもの花冠に白いドレス、それに白いヴェールをつけて銀色に光る彼女は確かにこの世ならざるものの雰囲気を漂わせている。
いつもの気安いが気難しそうな顔ではなく、少女の顔ながら威厳を保った表情で、銀の髪をなびかせていた。
ゆっくり降りてきたエーリュシオンさんが地上に降り立ち、会場は静寂と緊張に包まれた。
「最古の祝福地、エーリュシオンが世界樹メアリーに告げる」
大きくない声だが、何故か会場のすべての人に響く不思議な声だ。
「エーリュシオンは世界樹メアリーに加護を与える。君の願いが叶うように、原初の神の祝福が君にあらんことを!」
エーリュシオンさんが跪いたメアリーさんの頭の上に手をかざすと光が溢れ、メアリーさんを包みこんだ。ゆっくりと銀色の光がメアリーさんを中心に広がっていき、ぱっと消える。
すると、わずかに光指すばかりだった鉛色の雲が一気に晴れ渡り、青空が広がり、参列者達は皆空を仰ぐ。
空には吉兆を意味するという白い尾の長い鳥が高い声を上げて飛び去っていった。
計算されたであろうものとはいえ、幻想的な天候の演出の素晴らしさに、参列者達からため息の声が出る。
メアリーさんは立ち上がり、壇上から観衆へと一礼をする。
「私は、友ミルラのために祝福地の精霊エーリュシオンと契約しました。この力は我が友のために使い、自分の私欲のために使わないことを誓います。友の窮地を救い、この地方の平和をもたらすことこそ我が望み」
そして、少しうつむく。
「250年前、この場所が緑豊かな森に覆われていた事を、多くの人がご存知でしょう」
え? 俺初耳なんだけど!?
今のここは、灌木と低木が所々にあり、秋に枯れてしまった草がまばらに生え、どちらかと言えば赤茶けて埃っぽい。その上、乾燥帯かと思いきや曇りの日が多い。秋だからだと思っていたが、そうではなかったらしい。
「私は、ミルラを助け、この地を含むティエライネンに我が領地、南のベラチッタと同様の繁栄を取り戻してもらいたいと思います。もちろん、私とエーリュシオン様だけの力では成し得ません。どうか皆様、お力添えをいただけるようお願い申し上げます」
「皆のもの、僕からも頼む。メアリーとミルラ、そしてそれを助ける君たちに祝福のあらん事を!」
今度は、この前契約したときのように、地面から光が溢れ出す。それに触れるだけで、すべての疲れや病は癒やされ、快方に向かう。本当にエーリュシオンさんは土地にいる限り何でも出来るんだなあ……。改めて感心してしまった。
この人が土地から出られないのは可哀想だが、正当な話でもあるんだと思う。
この人が世界を飛び回れるならもうこの土地一人に全部おまかせで、人類(人間以外のエルフなども入れて)の進化が無くなるだろうしな。
そして、おそらくそれをやってのけることも出来るけど、あえてやらないんだろう。
二人が手をつなぎ、メアリーさんがぺこりと頭を下げると万雷の拍手がメアリーさんを迎えた。それを見守るティエライネン王の名代、シエラさんの目には涙が浮かんでいた。うまくいってよかった。俺は何にもしていないけど我が事のように嬉しい。
メアリーさんを見て、あのラ・ベッラだと思うものは少ないだろう。
髪の毛もまとめて紺色のベールに包まれており、ブルネットも目立たない。あのトレードマークだった縦ロールも普通のウェーブの髪になっている。
なので、新しい世界樹が生えてきた、じゃああれ若君か? という壮絶な勘違いをしてる人まで生まれていた。
メアリーさんに俺属性を足さないであげて欲しい。
とりあえず、あの美少女=俺という誤解を解かなくてはいけないな……。




