第71話 相互呪詛
俺はイロイロナオール錠の効果を測定するためにマギネとペリュさんが呪詛を相互に掛け合っていたという衝撃の実験の話を聞かされた。
「どんな呪詛で実験したんですか?」
こわごわ質問してみた。
「とりあえず初級から中級の呪詛やな。軽いやつやと頭痛や目眩、吐き気がするくらい。中級の呪詛やと病気や心に影響してくるやつや」
ま、まあそのくらいなら大丈夫なのか? 俺は嫌だけど。
「マギネはんが倒れてもあかんから、頭痛と吐き気、あと人面疽が出来る呪詛を何回かに分けてお互いにかけあって、イロイロナオール錠を飲んでみたら一発で治るねん! ほんまこの薬はすごい!」
おいおい、頭痛や吐き気はともかく、人面疽ってなんだ、怖い。
でも、俺が箱に書いた効能に嘘偽りはないようで良かった。というか、俺としては闇属性の病気だという下痢や風邪、憂鬱な気分に効いてほしかっただけなんだが、斜め上の性能になってない?
「ほんまはもっと強い呪詛かけて試したいんやけど、薬が効かなかったときが危ないからまだテストできてへんねんな」
「そうなんすよねぇ。流石に死んだら次の実験ができないから困るんスよね」
マギネは実験より命を大事にしてくれ。いつか致命的なミスで死にそうで怖い。
「じゃあ今ここでやれ、今なら僕が失敗しても解呪してやるぞ。死んでも数分なら生き返らせてやれるからな。面白そうじゃあないか」
ぬるりとエーリュシオンさんが出てきた。そうやって危険な実験を焚きつけるの辞めて欲しい。
「待ってください! 被験者は誰がやるんですか!」
「あっ」
エーリュシオンさん、解呪はしたいが呪いを誰にかけるのかまで考えてなかったな……。
「僕は無理だぞ、ここにいる限りあらゆる呪いは僕に通じない」
そういえばそうだった。よかった、危ない事態は回避されそうだ。
「はーい! じゃあ私がやるッス! 薬と飲む水用意しといてほしいっす!」
こういう時、命の危機がない限り迷わず人柱になれるマギネのメンタルがすごいなと思う。フットワークも軽いが命の重みも軽い。俺ならダッシュで逃げてる。
「いやー楽しみっすね! どんな呪詛ですかね!」
「マギぴいっつも楽しそうだねー! あーしも結構ホラーとか好きだったからちょっとわかるけど」
チカさんもそっち側の人なんだ……。
「うーん、急にじゃあ呪って! って言われてみると悩むんよなー。他の魔法もそうやと思うけど、呪詛って特にアイディアが大切やねん」
アイディア。呪詛と中々結びつかない言葉だな……。
「どうしたら相手をいい感じに苦しめられるか、相手のことを思いやる心が呪詛の大事な所やからな」
そんな思いやり初めて聞いたよ。でも俺は突っ込むのをやめた。この人達に何を言っても無駄だからだ……。
「あ、せや、思いついたわ。やるでー!」
「うひょー、楽しみっす!」
まるでキャッチボールでもするかのように軽々と言葉をかわす。人面疽を超える呪詛が出てくるとか考えるだけでも怖い。
ペリュさんはポケットから鈴を取り出した。
リーン……
澄んだ音と共に、ゆっくりとペリュさん本人からモヤモヤとした黒い煙が湧き出す。目を閉じ、鈴をもう一回鳴らして、鈴を持ってない方の手でなにかの図形を描き、印を結ぶ。
「闇神の使徒ペリュ・ソレニアが奏上す。右手に始祖の鈴、左手に闇、二つ重ねて御身への供儀と為す。夜の帳、夜の雲、我を護り彼に知ろしめせ、我が嘆きを彼に届かせよ、禍つ神の力をもて、これなる愚者に報いと罰を、その手足は熟れる果実のごとく腐れ落ち、我らが大地の糧とならん」
時々鈴を鳴らしながらゆったりと詠唱する。するとペリュさんの足元から墨が流れるかのように黒いものが溢れ出し、マギネをゆっくりと足から包みこんでいく。
「うひょー!!! これが最強の呪詛!ちょっと呪詛結界張ってみてるんですけど全然通じなくてウケるっす! さすがプロ!」
なんでこいつは喜んでるんだ。心から意味がわからない。呪われてるんだぞ?
そう思っている間にマギネの足がじわじわ黒くなり、あっ、と叫んで転倒した。マギネの足から腐敗臭が立ち込め、足の先はじわじわと腐り始めていた。
「そろそろ頃合いっすね、んじゃ1錠飲むっす」
痛くないのだろうか、マギネは冷静にエルシーさんから受け取った薬を水で流し込む。
「んー……流石にこの強さの呪詛だと進行を遅くすることしか出来ないっすね」
先程は1分で数センチ程進行していた足の腐敗が1分で1センチ位に減少した。もう足の先はグロ画像で、とてもではないがお見せできない。
「学者、解呪するか?」
「いや、まだいけるっす」
謎の頑張りを見せるマギネが2錠目を飲むと、呪いの進行は止まった。
十分待っても変化がない。3錠目を飲むと、薄っすらと腐敗状態が修復されていき、5錠でつま先を残して回復した。完全に腐ってしまった足は流石に修復できなかったようだ。
「うーん、流石に完全に壊死した部分は無理、でも5錠飲めば大体の呪いが解呪できるのはわかったっすね!」
ニコニコ笑いながらマギネが言うが、俺は正直こいつにビビっている。いくら後から直してもらえるのがわかっているとはいえ肝が座り過ぎではないだろうか。
「お前、無茶するなあアホの学者……」
「いやー、照れるっすね。学者魂って奴っすよ」
エーリュシオンさんも流石に呆れながら腐ったつま先に祝福をする。すると、なくなっていたつま先が生えてきた。
この人の魔法も大概だな……。
「うーん、やっぱりすごい薬や! 頼むで若君はん!これ流通に載せようや!」
ペリュさんが俺の肩?手?な枝を掴んだ。
「実際、そんなに、呪いってあるもんなんですか?」
正直、呪詛需要については疑問だ。そんなカジュアルに呪詛がある世界とか相互呪詛でもう滅んでそうじゃない?
「あるある、うちもおとんが商売敵に呪われてん。ほんまやったら御前試合に来るのはおとんやったんやけどな、呪いのせいでいま外出られんで悔し涙を飲んでるんやけど、この薬があったらって思うとなあ……」
ペリュさんはしんみりした顔をする。
「皆にもこの喜びを知って欲しくなるやんか」
そう言われると、俺もちょっと心が動く。
流石に自称商人を名乗るだけあって口が上手い。うっかり乗ってしまいそうになる。
「因みにどんな呪いでお父様はお倒れになったんですか?」
「倒れてはいないんやけどな……ほんま地味で気が付きにくい呪いやったねん。一日に目方が1キロネ増えてくだけの地味な呪いやねん」
「本当に地味ですね……」
因みに1キロネは、ほぼ1キロである。
それなら別に体重計に乗ればすぐわかりそうなものだが。
「でも目方なんてそんな計るもんとちゃうやんか」
そういえば、そうだった。異世界に体重計なんてないだろうな……。現代の体重計ができたのは結構近代の話だと聞いたことがある。しかも、有料のコンテンツだったというしそんな物が文明レベル中世のここにあるわけもなかった。
「それでどうなったんです?」
「なんや最近服がキツい思てるうちに、30キロネ増えてもーて、呪詛返ししようとしたんやけど解析に手間取ってるうちに50キロネ超えてもーてなあ、そこで呪いがストップしたのは良いんやけど、体重は残ったままやねん……」
「うわぁ……」
ダイエットって大変なんだよな。生前の母さんが2キロ太った! 3キロ太った! といっては走ったり泳いだり大騒ぎだった。それが50キロは想像もつかない。
「それで自力で痩せるしかない言うて走ってたら、膝いわしてもーてな……」
「ああ、ダイエットは最初は走らないほうが良いっていいますもんね……」
「それで御前試合やのに、うちが名代で来とるねん。堪忍やで」
ペリュさんは申し訳無さそうに笑った。
「なるほど、それで是非ということなんですね……因みにそれは他の人にもよくあることなんですか?」
「魔族って闇の魔力が強いから、意識してなくても嫌いなやつがいると呪詛になってまうことがあってなあ。大体は抗魔力も強いから呪詛返しの往復で消えていくんやが、たまに貫通してまうんよな……」
無意識は厄介だな。
俺も無意識のうちに前世で会社のこと呪ってたしちょっとわかる。
初詣の玉串に無意識で会社が潰れて失業保険もらえますようにって書いて自分でビックリしたもんな……。




