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第7話 初めての生き埋め


 人生長い事生きているといろんなことがある。


 土の中に埋められるのも俺は初めてだ。

 こんなの殺人事件の被害者になる以外で体験できるとは思わなかった。被害者としての生き埋めでなくて本当に良かった。


「生き埋めかあ……」


「ソウヤ様、それは人聞きがよろしくなく……」


 事実なんだよなあ。


「ちなみにこのままだと俺はどのくらいの期間で発芽するの?」

「今が秋ですから、来春でしょうか? 」


 半年。目を丸くする俺にエルシーさんは追い打ちをかける。


「運が悪いと更に一年か二年かかることもございます……稀ではありますが」


 エルシーさんが美しい顔を傾けている様子が想像はできたが、その言葉はあまりにも俺に辛い。

 この世界の一年が地球と同じ長さだとしたら短くて四ヶ月~半年の間視力を失い土に埋まって暮らすのか。


 うん、やっぱり辛い。

 スローライフは希望するところだが半年間の生き埋めライフはスローと言うよりは死体のそれだ。

 意識のないどんぐりならともかく俺は意識のあるどんぐりだ。

 幸い呼吸や空腹感、暑さや寒さはないが、半年間視覚を奪われるのは辛すぎる。


「うん、無理!」


 思わず出る本音。


「ソウヤ様!?」

「だって半年間何も見えないの辛すぎる! だって俺、意識あるんだよ!?」

「あっ……」


 エルシーさんが絶句した。


 今まで世界樹を守護し続けてきたエキスパートのエルフ族の皆様ですら初見であるという意識あるどんぐりの俺。


 つまり、エルシーさん以下エルフ族の皆様には芽が生えて葉が生えてからの俺との意思疎通を検討していたはずだ。

 まさか喋るどんぐりを生き埋めに処することは考えていなかったに違いない。

 そして俺にはもう一つ気になることがあった。


「あとひとつ聞きたいんだけど」

「なにか気になることでもありましたか?」

「ちゃんと俺のこと一日水に浸けた?」

「お水ですか?」


 そう、水だ。

 俺は幼稚園と小学生のときにどんぐりを育てたことがある。

 どんぐりを植える前にはまず水に浸けるのだ。

 虫の入っているものを除くためだったり、皮を柔らかくするためだったり、給水させることで発芽しやすくなるためなのか、よくわからないがとにかく水につけないと発芽率が悪かった気がする。


「あと俺の表面に切れ目とかやすりとか入れてくれた?」

「切れ目!?」


 俺は小学校の時朝顔を学校で育て、その後取れた種で惰性で数年間朝顔を育てていた。

 自分で取った種のときは朝顔の種にかるくヤスリを掛けるといい、と父に教えてもらった覚えがある。


 朝顔の種は硬く、表面を削ることで芽が出やすくなるということを俺は知っていた。

 母が育てていたアボカドの種も、硬すぎるゆえに表面を包丁で削って発芽させていた記憶がある。


 俺のサイズは先ほど鏡で見た限り、おそらくアボカドよりやや小さく細長いくらいだと思う。どんぐりとしては巨大だ。そして表面は硬い殻に覆われている。

 ヤスリを掛けて白い中身が見えるか見えないかまで削ったほうが発芽は早く、容易なはずだ。


「こっちじゃ堅い種にヤスリとかかけないの? 水耕栽培とかは?」

「どちらも初めてお聞きしました……何しろ尊い御身ですので……その……傷をつけるなどとても……」


 エルシーさんは、初めて動揺した様子を見せる。動揺顔もきっとかわいいんだろうなあ。すごく見たい。


 いや、今大事なのはそこでない。どうにかして発芽までの期間をグリッチという名の地球の知識ですっ飛ばすことだ。


「とりあえず、一回出してくれる? 俺に考えがある」

「は、はい……」


 ごとり、と音がして頭上の土が除けられていく感覚がある。数分土をのけたあと、やっと全容が見えた。随分と奥深くに埋められていたらしい。


 埋められていた植木鉢は木として成長したあとを見据えた大きさの、かなり大きめものだった。その横にガラスのドームもあった。簡易温室にするためのものだろう。


 腐葉土にまみれた全身を、エルシーさんが白魚のような指で優しく拭い取ってくれた。役得にもほどがある。これだけでも転生した価値がある。

 どんぐりの体だけど。


「木工工作が得意な者を連れてきて欲しいんです。それと植物用ポーションが作れる人がいればその人を。あとはバケツいっぱいの水と、俺っぽい形のどんぐり何個かを」

「はい……?」


 エルシーさんは首を傾げながらも白い布に俺を包み込み、紐で首から下げると部屋の外へと向かった。


 二十分後、俺の頼んだものは全て準備された。


 集落は狭く、エルシーさんが俺のための道具を探している、と伝えると話は一瞬で集落中に伝わり、必要な者や道具の以外にも、観客を集めてしまうことになった。


「エルシー様、若君をどうなさるのです?」

「わかりません……」


「木工工作なら多分わしが一番得意ですぞ」

「ジェスロ、頼みます」


「植物用のポーションが得意な人は?」

「ポーションなら……マギネじゃない?」

「へーい御用とあらば~」


「ポーション瓶いるー?」

「要る要る、多分」


「えるしーさま、みてていーい?」

「さすが扶桑様の若君、発育が早いわねー」


 みんな自由に喋っていてエルフの威厳とかそういうのは特に無いように感じた。

 賑やかでいいな。俺も受け入れられてるのかな。


 ただ、先程襲撃があったばかりだから家の外に何名も弓を持って警戒する者がいて、ひりついた空気が若干残っているが、それはもうどうしようもないと思う。


 大きくなることで恩を返そう。葉っぱとかで。

 金貨一枚とかで売れればいいな。


 子どものエルフたちがバケツに水を汲んで持ってきた。これで準備は終わったはずだ。

 しかし、エルシーさんは戸棚をゴソゴソと探している。


「ありました」


 出てきたのは、古い木の杖だ。ボロボロの杖に見えるが、なにか底知れない力を感じる。これは人間のときでは感じられなかっただろう。


 でも人間のときでも根拠もなく『これは……何かの業物か?』とか言いそう。自分が信用できない。


「ソウヤ様、もうしばらくお待ち下さい」


 エルシーさんは杖を振り回そうとするが、天井や柱が邪魔で必要な動作ができていなさそうだ。


「しかたない、少し外に出ますね」


 エルシーさんが小刻みに呪文らしき何かを口ずさみながら、杖で大きな文様と円を描く。すると、今までいた家の周囲数件分を包み込むかのような光のドームが形成された。


 薄っすらと虹色に光るドームはには魔法の文様が光で刻まれており、大きなシャボン玉のようで美しかった。

 魔法ってすごい綺麗なんだなあ……彼女と一緒に夜見たら最高だったろうな。

 俺、彼女いたこと無いけど。


「少し目立ってしまうのですが、幸い今は日中で快晴……数十キロ範囲に竜や曲者共の気配もありません。魔力が漏れない結界を張って作業することにいたしましょう」


 なるほど、エルシーさんほどのエルフともなれば結界魔法も使えるのか……よくわからんけど本当にすごいな。

 そして結界魔法を必要とするほどのことが、起きるんだろうか。

 そんな出来事が起こらないことを祈りたい。


「準備が整いましてございます」


 袋の中から出され、またふわふわクッションの上に安置された俺の前に、エルフさんたちが跪いている。

 テーブルの上には俺が頼んだ道具類や、なみなみと満たされた水差しが置かれている。


「では、移植作業を始めます」


 おれはできるだけ厳かに宣言した。




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