第65話 お金と動機
シエラさんの顔が絶望に染まる。
「しかし、王からの……」
言い淀むシエラさん。やっぱり何かあるのかな。
「俺、回りくどいのは苦手なんです。前世は元庶民で会社員……こっちの言い方でいうと、商人なのかな。だからわかりやすくお願いします。俺の好きな言葉は簡単明瞭、明朗会計です。お金は好きですが、好きだからこそ理由のない大金は受け取れません」
俺はきっぱりと言い放つ。
ここで大金を理由もなく受け取ると、無限のお願いが発生したり、収賄の疑いをかけられたりしかねない。異世界に収賄があるのかどうかはわからないが、お金を渡したのだからと無理なお願いをされるのは目に見えている。
ただし、理由があるなら受け取るとも言っている。なぜならお金は大事なので。
「もしなにかお願いがあるのなら、俺はそれを聞いて判断します。貴族の方は言質を取られないようにお話するのがマナーなのでしょうけれど、俺はそういうの苦手です。正直に話してほしいです」
俺の発言を聞いて、シエラさんはふーっと長い息をついた。
「そうですね、まずお詫び申し上げます。まだ若芽であると聞き守護者との対話になると思っていました。貴方様を侮っていたのです。この点に関しては申し開きもなく、罰するなら私一人に咎をお与えくださいますよう」
「それは別にいいです。俺だって逆の立場ならまず守護者に話を持っていくと思うので……むしろ、本当は守護者に任せる場面なのかもしれませんが」
シエラさんが詫びる様子を見て、エルシーさんはちょっとドヤ顔をしていた。
うちの世界樹は賢いんです! という表情。喜んでいただけているようで何よりだ。
俺はこれを前世で見たことがある。SNSに自宅で飼ってる猫ちゃんの写真を貼り付けてバズっている時の同期の田中と同じ表情だ。俺が猫ちゃん扱いか……”有り”だな……!
それにしても、本当に聖樹族にとっては主人がステータスなんだなあ。エルシーさんに恥じない世界樹になりたいが、難しそうだ。
「それで、要件は?」
シエラさんはそれでもややためらいを見せていたが思い切ったように話し始めた。
「正直にお話します。ミルラ様の容態が思ったよりも悪化しているのです。ここ数年特に悪化しており、天候操作をする度に寝込む時間が長くなってきています。そこで、幼い若君には酷な事と承知してお願い申し上げます。天候操作の範囲をティエライネン側に広げて運用していただくことは出来ないでしょうか」
シエラさんは土下座するかのように地面に頭を下げた。
王族の血を引く者が通常取る姿勢ではないことなのはわかる。
「この数年ティエライネンでは冬の天候が特におかしく、雪は降らず、気温は極度に下がり凍死者も出ました。雪が降らないため水源に水が溜まらず、近年の作付けにも影響が出ております。畑の収穫量は減り続け、国庫はまだ余裕がありますがこの状態が続けば危うくなることが想定されます」
あのお金は、本気の願いの証だったのか。
「魔王のかけた呪いは未だ解けず、この数年ミルラ様は年に数回天候操作をするだけで寝込んでしまい、体調は悪くなるばかりです。あと数年、これが続けばミルラ様の命も危うく、また我が国の存続も傾き始めるでしょう。今はまず、ミルラ様に魔法を使わず休む時間を差し上げ、そのお体を回復していただきたいのです」
ティエライネンは思ったよりもひどい状況だった。シエラさんは諦めない。
「天候操作は大きな魔力を使う作業。とてもお辛い作業なのはわかっています。でも数年で構いません、ミルラ様の負担を軽減するお手伝いをしてもらえないでしょうか。全域でなくても、ティエライネン南部だけでも構いません。先程の金貨で足りなければ来年度の予算に支払いを組み込む準備も出来ております。何卒、ご考慮いただけますよう、伏してお願い申し上げます」
エルシーさんと俺は彼女を見つめた。王族とくれば一昨日のラ・ベッラさんのような態度を想像してしまうが、彼女は全然違った。
国民のためか、王のためなのか、ミルラさんのためなのかはわからない。でも、俺の答えは決まっていた。
「シエラさん、やっぱりそのお金は、俺には不要です」
「そんな……」
やっとの思いで顔を上げたシエラさんの顔は、死者のように青ざめていた。
「おねがいします、一年でも、いえ、一月でも! どうか、ミルラ様を……!」
『若君、わしからも、どうか……!』
男爵も俺の足元で跪き、俺の翻意を請う。
でも俺がこの金貨を受け取るわけにはいかない。これを受け取るべき正しい人は別にいるのだ。
「見てください、今から天候操作をしますね」
俺は力いっぱい魔力を練り上げ、枝を天に振り上げる。
すると、うっすらとした雲がぽわん、と浮かび風に流れて消えていった。
「残念ながら、これが俺の今の実力です」
シエラさんは信じたくないものを見たときの顔をし、打ちひしがれていた。
「なので、今の俺ではお役に立てないんです」
「そ、そんな、でも、もう少しご成長なされば……! 種子の状態から、一ヶ月程でそこまで成長されたとお伺いしております! もう少し成長なさればきっと……!」
ミルラさんを失うわけにも、国を滅ぼすわけにも行かないのだろう。シエラさんは必死に食らいついてくる。
「でも、適任者がいるんです、ここに」
「……え?」
シエラさんはキョロキョロと周囲を見回すが視界には俺達しかいない。ように見える。
「エルシーさん、幕の外に隠れてる怪しい人を連れてきてください」
エルシーさんが一瞬で振り返り、ダッシュでで幕の外に出る。
防音と防魔力効果で皆気が付かなかったのだが、方向的に俺からは見えていた彼女がいた。俺は彼女が太陽の影になっていて気がついたのだ。
「ご、ごめんなさい! 私ミルラのことが心配で、立ち聞きなんてしてしまって、あの、本当に、本当にごめんなさい! でも本当に何も聞こえなかったし、聞いてないわ!」
メアリーさんが思いっきり頭を下げていた。
ラ・ベッラと名乗っているときとは打って変わって普通の女の子らしい挙動だ。
「若君よ、こちらの方は……?」
おそらく、普段と様子が違いすぎるのでシエラさんには判らなかったのだろう。
化粧もせず栗色の髪をゆるくお下げにして、聖樹族の少女のような服を着ている人間の少女の姿。普段、ラ・ベッラと名乗っているときと同じなのは髪と目の色だけだ。
「何を隠そう、この少女こそミルラさんの救い主、金貨を受け取るべき貴婦人、メアリー・スーザン・スミス嬢。世界有数の天候操作魔法の使い手です!」
「え、えっ?」
急に早口でまくしたてられたメアリーさんは事情もわからず混乱している。シエラさんも急に現れた少女に困惑している。エルシーさんだけは(ああ、なるほど)という顔をしていた。さすが俺の理解者だ。
「ねえキノ、一体何を言ってるの? 私になにか関係あるの?」
「超あります。すごくあります。俺からもお願いします、すごく大変だと思います。疲れるとも思います。でも、今お願いできるのはメアリーさんしかいません。その天候操作魔法で、ミルラさんとティエライネンを救ってほしいんです」
それを聞いて彼女が決断にかかった時間は数秒。
「いいわ、やる。でもどうすればいいかわからないわ、キノ、教えてくれるんでしょうね?」
「もちろんです」
よかった、無事意図したとおりに話が進んだようだ。
俺はほっと息を着いた。




