第62話 争いを愛する者
俺はエルシーさんが男爵に再会したときの言葉を思い出していた。
『でも私、魔王が嫌なヤツってわかってたのに。魔王ならそのくらいの呪詛を放つって想像できたっておかしくなかったのに……』
エルシーさんの手の呪い。男爵への捻じくれた呪い。ネックレスの血宝玉。
そして、聖樹族らしくない振る舞いの女守護者達。
どれも迂遠な呪詛でじわじわと苦しめていくタイプの嫌がらせだ。
この出来事がすべてつながっているとすれば、それは争いを求め暗躍することに情熱を傾ける者がいるということ。
俺は恐る恐る口を開く。
「なあ、もしかして魔王、もしくは魔王の残党、復活してるんじゃないか……?」
エーリュシオンさんも、エルシーさんも、メアリーさんも、男爵も、誰も口を開かなかった。
沈黙が俺の意見を肯定している気がした。
沈黙が続いたまま、昼になった。
何か言いたかったが、何もいい言葉を思いつかないまま時間が来てしまったのだ。
昼からはアルビオンさんとの対面が予定されていた。
「ソウヤ様、そろそろアルビオンさんとの面会のお時間です」
「えっ、アルビオンが来るの? 何しに?」
メアリーさんは首を傾げている。メアリーさん的には意味がわからないよな……。
『どうしよう、メアリーさんいてもらったほうが良いと思う?』
俺は悩みまくってエルシーさんに念話で相談する。
『うーん、多分大丈夫だと思いますよ、ただ、大人しくしていてもらいましょう』
『そうだね……』
念の為、アルビオンさんにはどんぐり汁を頭から浴びてもらった上で祝福地ゲートの入場検査を行い、祝福地の俺の前に来てもらった。
なにしろ、昨日の件と先程の件でいつもはどうにかなるだろ、という態度のエーリュシオンさんが少し神経過敏気味になっている。
このくらいで済むのなら我慢してもらう他ない。
集落の飛び地で集落の全員に囲まれながら話をするか、厳重なセキュリティチェックの上祝福地に来てもらうかの二択しかない。
俺が自由に動けないので……。
セキュリティチェックの結果、無事アルビオンさんは祝福地に入ることが出来た。また何かあったらどうしようと心配していたけど杞憂だった。
アルビオンさんが心置きなく話をできるように、メアリーさんには木陰で待機してもらっている。何を話してもこちらがOKするまでは絶対に出てこない約束だ。
「改めましてはじめまして、世界樹の木野です。シオンくんとリオネちゃんにはいつもお世話になっております。お話とは何でしょうか?」
「先日の件でお怒りかと思います、ラ・ベッラ様に何卒お許しの程を……処分なら我らが如何様にもお受けいたします」
やっぱりその件だったか。
「その件についてはもう解決したので大丈夫です。ラ・ベッラさんには先程お詫びに天候操作魔法を教えていただきまして、おかげさまで俺にもちょっとだけ魔法が使えるようになりました」
俺は、むううううううん、と魂の眉間にシワを寄せ魔力を巡らせる。
「うおー! 風よー、吹けー!」
叫ぶと、そよ……そよ……と先ほどよりはちょっとマシなそよ風が吹いた。
よかった、成功して。
「朝に少し教えてもらうだけで出来るようになりました。先生が良かったんですね……ぜぇはぁ……」
息を切らしながらも対応する俺に、アルビオンさんは目を丸くしている。
そよ風出すのに苦労してる世界樹は多分世界で俺だけだろうからな……。
「それよりも、腕は大丈夫ですか? エーリュシオンさんに頼んだので、多分完璧に治っていらっしゃるとは思うのですが……」
「は、はい! その件も誠にありがとうございます! 腕は無事完治いたしました。古傷まで一緒に完治していたので本当に感謝しております」
アルビオンさんは華麗に一礼する。一々かっこよくて羨ましい。
俺もこういう顔と体に生まれたかった……。
「エーリュシオンさんに伝えておきますね。────それで、いくつかお願いしたいことがあるんです」
「何でしょうか」
「ラ・ベッラさんに宝石を贈ったという宝石商の顧客とできればその帳簿全てを調査してほしいんです」
「……承知いたしました。ただ、全て遡れるかはわかりません」
「そちらには完全記憶魔法の術者はいないのですか?」
アカシアのような聖樹族がいれば追跡は容易なはずだ。
「完全記憶魔法の術者は、多くが女性なのです……。そして、当領地の完全記憶魔法の術者も220年前にラ・ベッラ様から追放されています」
ああ……メアリーさんを標的にした『何か』は男女の不和を起こすためだけではなく、これも目的にしていたのかもしれないな。
記憶を知る者が減れば、その分だけ騙し、争いを起こすことが容易になるからだ。
「それと、追放された女性守護者の身元調査の実施とその後を追跡してください。聖樹族とはいえ、200年以上経っているので難しいとは思うのですが、生きてる方がいればお話を聞きたいです」
「承知いたしました」
「あと一つ、ラ・ベッラさんが身につけるようなもの……例えばペン、椅子、手鏡や他の宝石コレクションなどが呪われていないかチェックしてほしいんです。特に香水類や直接体に触れる物には注意してください」
「承知いたしました、しかしどうやってチェックすればよろしいでしょう……」
「チェックするための試薬があるので、夜に1滴垂らして反応を見て、昼にももう一度試薬を垂らしてみてください。試薬の使い方はマギネという俺の守護者からあとで説明してもらってください。あとでエルシーさんに案内してもらいますね」
試薬といっても、適当な濃度に調整したただのどんぐり汁をマギネに使いやすく加工してもらったものだ。
軽い呪物ならかけただけで浄化できるし、血宝玉のようなヘビーな呪物なら発光しそれが呪物であることを知ることが出来る。
そして、できれば血宝玉のような大きな呪物があれば一つ確保したい。
出どころがわかれば魔王、もしくは魔王のようなものについての手がかりが得られるかもしれないからだ。
自分で言うのも何だが、どんぐり製剤が便利すぎる。
これ、自力で増産できたら金の心配しなくて良くなりそうだな……。
しかし、なんで今までこれが普及していないんだろう。謎だ。
「そして、最後にお願いですがこれらはできるだけ内密に、そして手早く行ってください。ラ・ベッラさんに呪いをかけるような何かに気が付かれないように」
「畏まりました。全て承知してございます。しかし、世界樹の御身よ、何故こんなにラ・ベッラ様に良くしてくださるのですか? 畏れながら、我が主ラ・ベッラ様は決してあなたに対して礼を尽くそうとはしませんでした。有り体に言えば敵意を持って対しておりました。なのに、あなたは驚くほどに紳士的でした」
正直この質問が一番困った。答えに窮するな。
ラ・ベッラさんよりクソな先輩や上司なんていくらでもいたから別に気にならなかった、引くほどではなかったとか言っても信じてくれないだろうし……。
さて、どうしたものか。
上手い言い訳を出せればいいんだが。




