第61話 嫌な思い出話
その後、雲を出す基礎の魔法や、風を吹かせる魔法などを教わった。
これが完ぺきにできないとまず雨を降らせたり、曇りを晴れにすることが出来ない基礎中の基礎らしい。
手に魔力を集め、空を意識し、目を閉じて作り上げたい天候を想像する。
手順で言うとこれだけなのだが、なかなか手に魔力を集めるのが難しい。
数十分格闘の末ようやく、そよ……。とそよ風のようなものを一瞬なんとか吹かせることが出来た。そよそよにすらならない。
「うーん、お前魔力操作が全然駄目だな。有り余る魔力が根っこで渦巻いて枝の先まで行き渡ってない感じがする」
エーリュシオンさんの言。自分でもなんとなくそんな気はしていた。
根っこの方には魔力的なものは感じるんだが、重すぎる荷物が床に張り付いたように感じるように、魔力を動かす力がないのに、魔力だけは異様に多いためにそう感じるのだと思う。
本当に魔力が根っこから先に移動する様子を感じられない。
「天候のイメージは出来てるんだけどなあ、最近お前の体力もついてきたし、そよ風くらいなら大丈夫だろ、練習しろ、練習」
「はい……」
そよ風で力尽きかけている俺。正直情けない。
「うふふ、そんなので疲れてちゃ駄目よ。自分が魔法使いになった気持ちでやると良いわ。私はそう教わったの。魔法使いなら魔力をどう操作するか、って想像すると良いんですって」
「うーん、電化製品とかなら想像できるんだけど、魔法かあ」
魔法使いの気持ちかあ。かっこいい呪文とか作ったら良いのかな……。後で相談してみよう。
そういえば、アルビオンさんがラ・ベッラさんは職務には忠実だと言っていた。
実際に話しをして、目にして、それは真実であることがわかった。
しかし、なんで男ばかりの親衛隊を集めていたのだろう。
聞きにくいが、シオン一家にはお世話になっている、というかシオンがいないと今の俺がいないわけで、一応聞かざるを得ない。
何かあっての行動ならそれを解決したいからだ。
「ところで、聞きたいことがあるんですが。ラ・ベッラさんは何故男の聖樹族だけを集めて親衛隊を作っているのですか?」
「うっ……。それ、言わないと駄目? ちょっと、話したくないんだけど……」
「実は、今それが問題になりつつあるんですよ。少ない男の聖樹族をかき集めて束縛しているせいで聖樹族の人口が戻らない、と」
みるみるうちにラ・ベッラさん=メアリーさんの表情が曇り、うつむく。
「男だけを集めていたのは、強い男の人を集めればまた魔王が復活しても倒せると思ったからよ。あと、女の守護者は昔はいたの。でもね……」
本当に言いたくなさそうに、メアリーさんはポツポツと話してくれた。
魔王を封印し、あの呪われた宝飾品をもらった後あたりから、女性の守護者に強く当たられることが増えたと言う。
天候操作をすれば他の世界樹と比較され下手だと嫌味を言われた。
ドレスを着れば裏でコソコソ田舎娘のようだと陰口を叩かれる。
たまに食事をすればスープに石が入っているし、実をつければ不味いといわれ、実をつけなければ役立たずだと言われた。
メアリーさんがあげた具体例はこれだけだったが、他にももっと色々なことを思い出せないくらいにされていて、口に出したくもないくらい嫌な思い出なのだろう。
必要な話とはいえ本当に申し訳ない気持ちになってきた。
メアリーさんが何より一番嫌だったのは北東の世界樹ミルラさんまで悪く言われたことらしい。
ミルラさんはメアリーさんと歳が近く、自然に仲が良くなったという。
「ミルラはね、私のほとんど同期みたいな世界樹で……お互いに名前をつけましょうね、って約束していたの。それで、私も考えてあの子にミルラってつけたわ。でも、魔王が来たからミルラが私に名付けをする儀式はお流れになってしまって」
メアリーさんは、遠い誰かを見つめるような目をした。
「自称の名前はね、格が下がるってわかってたわ。でもね、1000年を超えても名前がついてないと、名無しの世界樹ってバカにされたの。名無しの世界樹、名親もいない世界樹って」
俺には全く理解できない世界観だったので、俺は解説を求めることにした。
「エルシーさん、そうなんですか?」
「まったくないとは言えませんね……。でも、二千年ほど名前がなかった世界樹も前例がありますし、なにより最古の世界樹は名前が不明です。前例がある以上、前例を重視する聖樹族がそのような対応をする可能性は低いと思います」
「でも、女の守護者はいつも名無しの世界樹が恥ずかしい、ってそう言ってきたわ。だから自分でラ・ベッラって名乗り始めたの。ラ・ベッラはね、前世に見て憧れた貴婦人の絵の名前なのよ」
なるほど、つなぎの名前だから、自分の好きなものを名前に使ってしまったのか。
俺もソシャゲのキャラの名前、モンエナとかグミチョコだったもんな……。
「自称の名前には一つだけ良いことがあるの。他の人にもう一度名前をつけ直してもらえるチャンスがあるの。私、あの子以外に名前をつけてほしくないの。そう言ったら、女の守護者にこう言われたわ。『田舎娘の名無しの世界樹にふさわしい、名付けすらろくに出来ない無能な世界樹のお友達ですね、無能同士仲が良くて幸せそうでよろしいこと!』」
俺とエルシーさんは呆気にとられた。
そんなの嘘乙って言いたいけれど、メアリーさんの震える肩と涙が嘘ではないと雄弁に物語っている。
そこで、メアリーさんはもう我慢できなくなった。
それまでも数十年我慢したが、何も改善しなかった結果、それがとどめになりメアリーさんは女性の守護者と暮らすことを諦めた。
女性とはうまくやれないのだ。そう思って女性の守護者を全員解任し、世界樹の周辺を女性の禁足地に変えた。
今度こそ魔王が来たら返り討ちにする。そして、ミルラの種の敵をとる。
その一心で世界樹としての仕事に励んだ。
その結果、天候操作は極みの域に達し、領地は豊かになった。天候が安定した領地には豊かな実りが溢れ領民が幸福そうに暮らした。
その領地から得た収入を、メアリーさんは惜しみなくベリッシモたちに注ぎ込んだ。
彼らが剣の修行に集中できるように、装備も場所も惜しみなく与えた。
一番年若い世界樹は、本来なら推奨されない自称の名付けをしてもなお、他の世界樹に劣らない技術を得た。
それでも、守護者たちに向けられた言葉が忘れられず女性を近づけたくないと思ってしまったのだ。
「そうだったんですか。それは、辛かったですね……」
メアリーさんは黙って頷いた。拳が気持ちを押しつぶすように握りしめられている。
「そんな酷い……! 世界樹にお仕えする守護者たるものが、主である世界樹に悪口雑言を向けるなどと許されることではありません……!」
エルシーさんは強く憤っていた。聖樹族的にありえないことらしい。
人間の世界だと普通にありえることだから、俺はエルシーさんの言うことをそのまま信じることは出来ない。
人間と同じ考え方をする聖樹族がいないとは断言出来ないからだ。
ただ、メアリーさんはそれでも努力して今の実力を築いたという事実だけを頭に入れておく。
「でも、今思い返すとあのジュエリーを貰う前は、皆優しかったの。宝石が素敵だから妬まれたのかな、と思ったんだけど、私皆にあのくらいの宝石を買えるくらいの年収は与えていたわ。今思うと、あの宝石をもらってから全ておかしくなっていった、そんな気がするの……」
「聖樹族の女で宝石をもらって喜ぶ者がいないとは申しませんが、聖樹族の格は自分の主が如何に素晴らしい世界樹であるかということで決まります。お仕えする主の成長や、それにどう寄与したかが我らの喜びであり、自慢なのです」
エルシーさんがメアリーさんの元守護者への怒りをにじませていた。
なるほど、わしが育てたがステータスの世界で、宝石をきっかけにして人間関係が崩れるのは確かに違和感がある。
「扶桑様にお仕えしている母と父も、それを誇りにしておりました。宝石ごときで妬むのは聖樹族ではない気がしますね……もちろん、聖樹族の全員を知っているわけではないのですが、宝石をもらうよりは仕える世界樹様が活躍される方が、皆余程喜ぶはずです」
たしかに、俺が知っているのは集落にいる数十名しかいないが、確かに宝石を身に着けて自慢しているような人はいない。
サンプルとしては少ないが女性だらけの集落で、宝石を付けてると言っても守りのネックレスや魔法の指輪が殆どで装飾目的の宝飾品をつけてる人がいないのだ。
女性が数十名集まれば、人間ならばその中に宝石が好きという人がいたっておかしくないと思う。それなのにいないのだから、宝飾品にこだわる聖樹族の絶対数はかなり少ないのだろう。
女の子数名が花冠をつけてはしゃいでいるのがこの集落で見た一番のおしゃれ要素だったくらいだ。
その女の子たちも、大きくなったら魔法が使いたいだの、弓を使いたい、世界樹様の第一の守護者になりたいなどという話は聞いたが、装飾品で着飾りたいみたいな話は一切でなかったもんな。人間の女の子ならでるだろうに。
もう泣くのを隠すのを諦めたメアリーさんは、ポロポロと涙を流しながら、もう石の消えてしまった首飾りを握りしめる。
「このジュエリーね、もらったときに宝石商が言ってたのよ。『ミルラ様にも以前、色違いで同じものを差し上げているのです、おそろいですよ』って。もしかして、ミルラが今機能停止してるのって…………」
エルシーさんの目が驚きの色に染まる。
元の主が、謎の呪物に汚染されているかもしれないという情報は、あまりにもショックだったのかもしれない。
俺はエルシーさんに掛ける言葉が見つからずにいた。




