第59話 人化するということ
もう深夜なのに、気がつくとラ・ベッラさんがそばにいた。。
縦ロールはほどけて緩やかなウェーブ髪になっており、さらにド派手なドレスからシンプルな白いワンピースのルームウェアで威圧感が減っていた。
香水をつけてもおらず、石鹸かシャンプーの匂いがうっすらとするだけだ。
正直この状態だと世界樹というより夜寝る前のお嬢様みたいな風情だ。俺はこっちのラ・ベッラさんが自然で可愛いと思う。
ラ・ベッラさんは何も言わずに俺の横に座る。
「あなた、生前は何歳くらいだったの?」
「享年27歳と10ヶ月ですね」
「それじゃ結構背は高かった?」
「170センチ……ええと、フィートにすると5フィート半ちょっとくらいですかね」
なんか質問が謎だ。年齢はともかく、身長とか。
「それだとまだ写し身はしないほうがいいかもね……」
ラ・ベッラさんは申し訳無さそうな顔をする。
「えっ、なんでですか?」
「写し身魔法ってね、生前の姿や、自分で思ってる自分の姿を再現する魔法なの。使う魔力はそんなでもないんだけどね、魂を物質化して自分の木の一部分を肉体として使うの」
「なんか難しそうですね……」
ラ・ベッラさんは首を横に振る。
「やってみるのは今でも出来ると思うわ。でもね、質量が足りないのよ」
「質量」
魔法と関係あるのか、それ?
「そう、肉体にはそれにふさわしい重さと大きさが必要なの。そして世界樹の材料には世界樹を使うしかない。だから、今あなたが写し身を使った場合同じ大きさで中身がスカスカの風船みたいになるか、小人くらいになるかのどっちかだと思うわ」
「デメリットをわかっていれば問題は無さそうに思うのですが……」
「どっちもおすすめしないわ。写し身はね、ほぼ魂の本体なのよ。小人型に写し身をした若い世界樹が猛禽類にさらわれて食われて、その猛禽類がグリフォンに進化したのを見たことがあるわ……。魂が抜けた世界樹は正直、ただの木よ」
こわ!! 世界樹といえども植物だから食物連鎖の下の方にいるってことか。
あのとき、ワイバーンに俺が食われてたら、あのワイバーンは何に進化してたんだろう……。
「あと風船型の中身スカスカの写し身も危険よ。風にさらわれて戻ってこない世界樹がいたと聞いたことがあるわ。もちろん世界樹はただの木になったわ」
ヤバい。うっかり覚えてやらなくてよかった。
勝手にやったら絶対にエーリュシオンさんがキレる。教えてもらえてよかった……。
デメリットがわかっていればやらないだけの分別が俺にはある。ビビリとも言う。
「やるなら風も外敵もない場所で大きなテントを貼って練習するのをお勧めするわ、慣れたら自分の姿を少し変えることもできるのよ」
「じゃあラ・ベッラさんも?」
「……そうね、私生前は金髪だったんだけど、友達がブルネットで素敵だったの。だから髪の毛の色を変えたくて何年も練習したわ」
「金髪のラ・ベッラさんも見てみたい気がしますが、ブルネットもお似合いです。姿を変えられるのは、ちょっと憧れますね」
「女が男になるみたいな大きい変化はまだできないのよね。できる世界樹もいるかもしれないけど」
性転換は難しいのか。ちょっと残念。
とりあえず、写し身の魔法はせめて自分の生前の身長を追い抜いてからにしよう。危険すぎる。
「それで少しお願いがあるのですが」
「何かしら」
「俺、昨日地脈に接続したんですよ。具体的にはまだ何も起きてないんですが、天候操作魔法の前提を満たしたと聞きました。ラ・ベッラさんは天候操作魔法の名手と聞きまして、ぜひ教えていただけないかと」
怪訝そうな顔をしたラ・ベッラさん。
「そんなんでいいの? 負けたんだから金貨をよこせとか領地をよこせとか一番強い守護者をよこせとか俺の分の天候管理も変わりにやれとか他の世界樹なら言うわよ?」
全部言われたことあるのかな……。
他の世界樹怖いな。それともこの世界がそういう流儀なのか?
「言いませんよ。大体、ラ・ベッラさんに酷いことをしたら、アルビオンさん以下守護者たちが俺を悪く思うでしょうし」
「……そうね」
俺もそれはしたくないしな。何事も穏便に済ませられるならそうしたい。
「それにアルビオンさんは、俺とエーリュシオンさんの友達のシオンっていう小さい子どものお父さんなんですよ。そんな人を悲しませるわけには行かないじゃないですか。昼間はちょっとした事故がありましたけど……」
「貴方はあれをちょっとした事故って思えるのね」
「本当に、アルビオンさんの怪我については大変申し訳なく……」
俺は冷や汗をかく。避けられない事故だったとはいえ、治療もしたけど痛いという事実には変わりないだろうしな……。あの怪我もさせなくて済んだらよかったんだが。
「あれ、治してくれたのエーリュシオンか貴方なんでしょ。違うわ、いきなり私がお祭りに飛び込んで、勝手に暴れたことよ」
「結果的にアルビオンさんには申し訳なかったですが、こちらの損害も特にありませんでしたし、天候操作魔法の先生も見つかったし、ラ・ベッラさんの呪いのアクセサリーの解呪できてマギネも喜んでましたし、頼もしい先輩も見つかったのでこちらに問題はない感じですね」
「頼もしい先輩?」
「ラ・ベッラさんですよ」
「えっ、私が?!」
本当に驚いた様子のラ・ベッラさん。
「1200年も世界樹やってて俺に魔法のことを教えてくれるいい先輩ですよ、出会いがちょっと悪かったですけどね」
「そ、そっ、そうかしら! まあそうかも知れないわね!」
急にラ・ベッラさんの挙動が怪しくなる。
「私は若い世界樹で、他の世界樹にずっと子供扱いされてたから、先輩なんて言われるとちょっと恥ずかしいわ……」
頬を染めるラ・ベッラさんには外見年齢そのもののような、若々しい愛らしさがあった。
ラ・ベッラさんはすっと立ち上がると、じゃあ明日! とパタパタと走り去ってエルシーさんの家に戻っていった。
俺はそれを見送りつつ、俺が写し身を使ったときに金髪は似合うのだろうか、いやいっそ青髪はどうだろうかなどと、しょうもないことを考えつついつの間にか眠り込んでしまっていた。
すっかり外で寝るのにも慣れてきたかもしれない。多分、いいことだ。




