第57話 溶け出す呪い
「若君酷いっすー!!そんな面白そうなことからなんで私をハブるんすかー!!」
現れたのはマギネだった。
ポーションでも飲んだのか、ありえない速度で町外れの家から全力ダッシュしてきたマギネの絶叫が広場に響いた。
「いや別に面白くないから」
「絶対面白い奴ッス! 若君酷い!」
「頼むからもうちょっと静かに! もう夜だぞ」
「いーやーでーすー私もそれ見たいッスー!!」
「いや、頼むからもっと声を小さく、プライバシーとか色々問題がね」
「それ作ったの私だから私にも見る権利があるハズっす!」
「大体、なんで箱開けた途端に来るんだよ! 都合良すぎるだろ!」
「たまたま魔力計の調整してたらこっち方面に巨大な魔力が発生したから走ってきただけッス!」
ありとあらゆる御託を並べるマギネ。
エルシーさんに助けを求めたいがエルシーさん呼んじゃうとラ・ベッラさんが怯えるしなあ。
叫ぶマギネに何事かと人が集まってくる。
「マギネ酷い……私を置いて面白いそうなことに首を突っ込むのひどいと思う……ぅぅぅ……」
アカシアまでやってきた。だからこれは面白いことじゃないんだって。
「ふふ……」
ラ・ベッラさんが少しだけ笑った。
さっきまでの顔は、無理して背伸びした女の子といった感じだったが、なんとなく自然な感じのする顔だ。
「若い苗木の世界樹、貴方は大分面白い守護者に恵まれているようね」
「いやーいつもながら褒められると照れるッスね!」
「うぇひひ……お褒めに預かり恐悦至極……」
ラ・ベッラさんの言葉に、マギネとアカシアは図々しい照れを見せた。
こいつらは本当にいつでも人生エンジョイ勢だな。でも褒めてないからわかってほしい。
マギネたちの図々しいセリフに、集まってきた観衆も笑っている。
「いいわ、じゃあここでその浄化とやらをしましょう。どちらにせよ、これは多分……私だけの話じゃ済まないと思うから」
ラ・ベッラさんは神妙な顔をした。
「マギネ、このラ・ベッラさんのアクセサリが全部呪いのアイテムっぽいから解呪しようと思うんだけど、これ桶一杯に原液一滴で良いと思うか?」
「うーん……ラ・ベッラ様、少し拝見しますね」
指輪を借りたマギネは、魔法の明かりを出しつつネックレスや指輪につけられた石と、金属、留め金などをルーペ越しによく観察している。
「二滴入れたほうが良いかもッス……足りなければ三滴目も。一滴だと多分この金属部分に溜まった淀みを祓って終わりになっちゃうッスね」
「ごめんマギネ、やっぱお前が来てくれて助かったわ」
「いやーイベントに間に合って良かったッス、こんな呪物、お目にかかったの初めてっすからねえ。長生きしてると面白いもの見れて楽しいっスね」
魔力遮断の手袋を嵌め、エルシーさんがラ・ベッラさんからアクセサリーを外した。
並べてみると豪華なデザインで、ラ・ベッラさんに似合うデザインなのに、言われてみるとたしかに不穏な気配がある。
どんぐり汁原液を二滴入れたどんぐり水は、通常のどんぐり汁よりも強い発光を示している。
科学実験でブラックライトを当てると光るジュースとかを動画サイトで見たことがあるが、あれよりもっと光ってる。
これが俺の抜け殻で作られたとは何回見ても信じられない。
そんなどうでもいいことを思いつつ、俺はマギネが濃厚どんぐり汁にネックレスと指輪、イヤリングを浸けるのを見守っていた。
最初の数秒は何も起きなかったものの、十秒ほど立つと、金色に光る水の中にドロリとした赤黒い液がマーブル模様のように桶の中に広がっていく。
しかし、それを濃厚どんぐり汁が打ち消し、また赤黒い液が発生しを繰り返す。
最後のトドメとばかりにマギネが慎重に原液一滴を桶の中に垂らした。
すると、まばゆい閃光があって、その後は薄っすらと光るだけの、通常のどんぐり汁に戻った。
恐る恐る引き上げると先程までのなんとなく嫌な感じはもうなくなっていて、美しい金色のアクセサリに戻っていた。
あっけにとられるラ・ベッラさん。そしてド派手な実験結果に観客は惜しみなく拍手を送った。
ルビーのように堅固そうに見えていた石はすっかり消えていた。
あと、さっきまで鼻についていた香水の匂いも消えていた。よかった、鼻が痛かったんだよ。
「一応聞きますけれど、この水、普通の石は溶けないんですのよね?」
たしかにそれは気になるな。
「大丈夫っすよ、ほら。飲むのはちょっと良くないッスけど、手をいれるくらいなら平気っすね」
マギネが素手で小石をいれると、薄っすらと光る水の中、コロコロと転がって溶ける様子も見られなかった。
「あ、さっきポーション作ったときの切り傷も一緒に治った、ラッキーっす!」
「あの宝石、本当に呪いの石だったのね……」
どんぐり汁が血宝玉以外には悪影響を出さない様子を見て、ラ・ベッラさんは再びショックを受けた様子だった。
「さっきまでずっとイライラしていたし、体も疲れていたの。でも、今は不思議に軽いわ。この不思議なお水と祝福地のおかげね、ありがとう」
ラ・ベッラさんはここに来て初めて感謝の言葉を述べ、俺と他の皆に会釈をした。
「そうだ、ラ・ベッラ。お前、今日泊まっていくだろ。今日はもう遅いし。守護者たちもこの集落にいる。僕が用意してやるから風呂に入って、ついでに泊まっていけ。お前の身体の中にまだ呪いがあるかもしれない。それに、この名無しの世界樹、木野がお前に聞きたいことがあるそうだよ」
エーリュシオンさんが初めて彼女の名前を呼んだ。
「アルビオン、私、エーリュシオンのお招きに預かってもいいかしら? もちろんその間、貴方は家族と一緒に休んでいて。私も元気になって戻ってくるわ」
「畏まりました、我が姫君、また元気な姿を見せてくださいますよう」
アルビオンさんは優雅に一礼し、ラ・ベッラさんは嬉しそうに頷いた。
本当の、追い詰められてないラ・ベッラさんて、こんな人なんだろうな。
そこまで思って、はたと気がつく。
えっ、お泊りとお風呂!? 祝福地で?
つまり俺と!?
どうしよう、ついに来るのか、お風呂回────────!!!
結論から言うと、お風呂イベントとお泊りイベントは発生したが俺が目にすることはなかった。
当然である。そもそも俺は風呂にも寝室にも入れない。木なので……。
ラ・ベッラさんはあの後、エルシーさんとエーリュシオンさんに付き添われて祝福地内のエルシーさんの家でどんぐり汁入のお風呂に一時間浸かり、念の為に飲用に調整されたどんぐり汁を飲んで休んでもらったと言う。
エルシーさんの呪いが解けたのも、短時間の施術ではなく、長時間術をかけ続けることをどんぐり汁につける事で代用したおかげではないか、というのがエーリュシオンとマギネの見立てだった。
ラ・ベッラさんの呪いも、もし同じパターンだとすれば、じっくり対策しないといけないやつだろう。
どんぐり汁の原材料を思うと申し訳ないが、俺にしてあげられるのはどんぐり汁を提供することだけである……。
とりあえず罪悪感がすごいがこれで我慢してもらおう。
前世の俺で置き換えるとやってることがほぼ犯罪なんだけれど(自分から出た物質を煮詰めて相手に飲ませたり肌に塗りつける)俺が植物なので許されるギリギリのラインだと思う。
元々は自分専用で考えてたからな……まさか他人に使うなんて発想はなかったのだ。
事実を知ったラ・ベッラさんに訴えられないことを切に祈るばかりである。
この世界にも裁判所とかあるんかな……。
ちなみに俺はその犯罪スレスレラインの行為を、庭から遠く眺めていただけである。
あまりにも寂しくわびしい。
しかし、俺が逆の立場で美少女なら、たとえ木でも喋って視覚のあるおっさんと風呂に入りたくないだろうからな……。
性犯罪者の世界樹になるのだけは回避せねばならない。
でもいいんだよ、すぐ近くで美少女達がお風呂でゆったりのんびりしている。
その美少女たちのキャッキャウフフ分が風に乗って流れてくる気がするだけで、俺の寿命は十年は伸びると思うのだ。
そういえば、さっき家の方から嗅ぎ慣れない、良い匂いがしたの、あれラ・ベッラさんのシャンプーとかだったのかな……。
今からでも胸いっぱいに吸い込んでおこう。
美少女の匂い、なんか浪漫があるよな……。
性犯罪臭いから絶対に口には出せないけどさ。




