第56話 宝石と宝玉
実はベリッシモの長というアルビオンさんがずっと付き添っている。
奥さんにリオネちゃんやシオンに会いたいだろうに、本当に偉いな……。
さっき色々言われていたから会いたくない、とかかもしれないが。
「ラ・ベッラ、お食事はいかがですか? お菓子もワインもありますよ?」
「もう構わないで、私このあと殺されるのよ……」
えっ。何でそんな事になってるの?
そっちは奴隷とかめちゃくちゃ言ってきたけどこっちは何も要求しなかったよね!?
「殺しませんよ! 何もしませんから!」
俺は思わず口を挟んでしまった。
「だって私あんなに酷いこと言ったじゃない……怒ってないわけがないわ。このあとギロチンにかけられたっておかしくないもの」
あ、自覚はあるんだ。
というか、逆の立場だったらギロチンにかけられてた可能性があるのだとしたら、あまりにも嫌すぎるな……。異世界の常識なんだろうか。物騒だな。
「怒ったと言うよりはびっくりした感じかな。ラ・ベッラさんは転生前含めても初めて会うタイプの人だったから……」
前世の日本で悪役令嬢なんて実際に見る機会なかったもんな。
「とりあえず、うちで少しお話しませんか、勝者としてそのくらいは要求させていただいてもいいですよね?」
「────わかったわ。どこに行けばいいの?」
「エーリュシオンさん、俺とラ・ベッラさんを元の定位置に移動してもらえませんか?」
「はぁ~? あの馬鹿を僕の祝福地に入れるだって?」
絵に描いたように嫌そうな顔をしているエーリュシオンさん。
「すみません、どうしてもラ・ベッラさんに聞かなくてはいけないことがいくつか有りまして、あと世界樹とはいえ女性をここに放置しておくのもよろしくないかと」
集落の全員がラ・ベッラさんを襲わないと俺は断言できるが、彼女がそれを信じられるかは別問題である。
お口が悪いエーリュシオンさんの御座所でも、人のいない祝福地のほうが気楽だろう。
それに今は晩秋だ。肩口の大きく開いたドレスを着たラ・ベッラさんが寒い思いをするといけない。
「しょうがないな……ラ・ベッラ そこに入口を開けたから中へ入れ。入ったらすぐ僕の土地だ」
虹色に薄く光る膜が人一人分通れるようなサイズで設けられた。
膜の向こうには見慣れた祝福地の光景が見える。
「わかりましたわ……」
そう言って立ち上がり、怖怖と足を差し入れた。
大丈夫そうと感じたのか思いっきり足を踏み込むと、まるで上半身部分をふさぐ壁があるかのように光る膜に激突した。
ごちん、といい音がして真後ろに倒れそうになったところ、アルビオンさんがダッシュで受け止めてくれた。
「しかしなんで足しか入れませんの? 腰から上が入れないのは仕返しですの?」
「僕がそんなみみっちいことするわけないだろ。やろうと思えばお前は今頃自分の領地に逆戻りしてるよ」
ここ、エーリュシオンさんの本拠地と言える場所だもんな、フルスペックの魔力が使えるしそのくらいの魔法は平気でやりそうだ。
「うーん、くぐればいいんですの?」
しかし、頭から入ろうとしても頭が扉にぶつかる。
またいい音がして痛そうに頭を擦っていた。入れるのは下半身だけのようだ。ぶつけたおでこをラ・ベッラさんが痛そうに手で抑えている。
「お前、上半身だけ邪悪判定されてるぞ、何を身に着けている?」
エーリュシオンさんが怪訝そうな目でラ・ベッラさんを見つめている。
「この祝福地の扉は邪悪なものには侵入できないようになっているんだ。逆にお前みたいにどんなに性格が悪くても邪悪でなければ通れる。お前馬鹿だし性格悪いけど、邪悪ではないだろ?」
ひどい言い方だな……。もうちょっと手心を加えてあげて欲しい。
「……心当たりがありませんわ」
彼女は本当に心当たりのない顔をしていた。
俺はまたステータスモニターを発動させる。
改造してもらって本当に良かった。ステータスを見た所、ステータス自体には何も変化はなかったが唯一変化があったのは装備欄だ。
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装備
血宝玉と黄金のティアラ(夜の呪い)
血宝玉のネックレス(夜の呪い)
血宝玉の耳飾り(夜の呪い)
血宝玉のの指輪(夜の呪い)
香水(つけすぎ:好感度マイナス-30)
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先ほどはなかった宝飾品に(夜の呪い)状態が発動している。
血宝玉って、ルビーの異世界での名称だと思ってスルーしてたけど、もしかして違うのか。
エーリュシオンさんにこの件を念話で一応伝えてみた。
「おいお前、その冠や首飾りと耳飾り、指輪は何だ?」
「これは200年ほど前に我が領地で店を営む宝石商が『安心して商いができるのはラ・ベッラ様のおかげです』って、くれたルビーのアクセサリーのセットよ。金とルビーが私の髪色によく合うからって……あとデザインも素敵だし、いつも使っているの」
「それ、ルビーじゃないぞ」
「えっ? じゃあガラス玉なの?」
ショッキングそうな顔のラ・ベッラさん。
「もっと質が悪い。人間の世界では宝玉、僕たちの世界では魔力結晶と言われてる。何らかの魔法の効果が結晶体になったものだ。そして、その石には『血宝玉』という名前が付いてる」
えっ、じゃあ宝石の上位互換!?
俺は色めきたつ。異世界ファンタジー小説必携アイテムの魔晶石に類するものに初にお目にかかれるとは。あ、でも、呪われてるのか……。怖。
「おい守護者、その宝石商に覚えは?」
アルビオンさんに話が振られる。
「時々メンテナンスに出しておりますので存じております。ただ、人間の店なのでそれを献上した者はもう存命してはいないかと……」
エーリュシオンさんはラ・ベッラさんの指から一つ指輪を抜き取るとまじまじと石を見つめた。
「これを作った奴は性格が悪いし悪知恵が働く奴だよ。昼の間はただの宝石のように振る舞いながら、夜が更けて装着した者の動きが減った時にだけ発動する。じわじわと装着者の魔力を吸い取って、その代わりにランダムなタイミングで悪夢を見せて精神をじわじわと疲弊させていく」
そのエーリュシオンさんの言葉に、ラ・ベッラさんは心当たりの有りそうな顔になっている。
「世界樹じゃなければ数年で死んでるだろうし、ずっと続くと世界樹でも良くないだろうな。こいつが死んでなかったのは世界樹の基礎体力が二本足の種族と比較にならないほど高いから。それだけだ」
……だから、血宝玉って名前だったんだ。
俺はゾッとした。そして異世界知識がないことが命の危険に直結することを実感した。あの知力のマイナス補正にはちゃんと意味があったのだ。
「お前覚えがないか? それをつけたあと夜遅くに、いつも疲れたりひどい夢を見るはずだ」
「はい。たまたま夜だから、昼間頑張ったから疲れてるのかなって。夢も見ないときは見ないし、私これのせいだなんて思わなくて……」
エーリュシオンさんがこちらを見る。
「木野、覚えがあるだろ?」
覚えがありすぎる。それはエルシーさんにかけられた呪いと類似するものだ。
「そうですね……ラ・ベッラさん、まずそのアクセサリー、一旦外して浄化しましょう」
「はい……」
先程までの態度が嘘のようなしおらしさだ。ショックなことが重なってるもんな。
俺はそう促しつつ、エーリュシオンさんにお願いして、どんぐり汁原液を持ってきてもらった。
「ありがとうございます。だれか、桶に水を汲んできてくれませんか?」
そうお願いするとアルビオンさんが井戸まで走ってすぐ汲んできてくれた。
どんぐり汁を封印する箱の蓋を開けると、まばゆい光があふれる。
「きゃっ、眩しい! なにこれ、すごく綺麗……」
どんぐり汁を知らないラ・ベッラさんが先ほど前の鬱々とした様子から一転、目を輝かせて見つめている。光り物が好きなんだろうか。
「これは俺がどんぐりのと……」
とまで説明しかけたその時、ドドドドドとすごい音が近づいてきて説明は中断された。
なぜなら、奴が来てしまったので……。