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第5話 食物連鎖の最底辺



 エルフさんはクッションで俺を包み込むと、袋に入れ紐で自分の首にぶら下げたようだった。


「ソウヤ様、しばしの我慢です。必ずやお護りいたします!」


 袋越しでもなぜか周りは見えたが、先ほどと打って変わってエルフさんは殺る気に満ちている。傍らに置かれた弓と矢筒を取り上げると悪鬼羅刹もかくやという顔で、エルフさんが呟く。


「おのれ……竜ども、一匹残らずぶっ殺してやるぁああああ……!!」


 先ほどまでの優しい声は一転、ドスの効いたヤクザのような声色に。

 さっきまで青空のようだった瞳は血走り、先ほどまでなかった眉間のシワが浮かび上がり、顔の血管が浮かび上がらんばかりの形相。


 さっきの天使、どこに行った!?

 俺は怯えて震え、目を閉じることにした。でも閉じられなかったので、何もいない地面を見つめることにした。


 こうして俺への、異世界の洗礼が始まったのだった。


 相変わらず袋の中からでも外の様子が見える。

 先程までは困っていなかったがどんぐりになっても感覚があると見たくないものも見えて、聞こえてしまう。


 ガアアアアアア!!


 前世では聞いたことのない獣の咆哮が、壮絶な音量でクッションと布に包まれたどんぐりを震わせる。人間の体なら鼓膜が破れていたかもしれない。


 死ぬほど怖い!

 そう思ったがこんなどんぐりの体では俺は何もできない。

 逃げ出すことも、死ぬことも、耳をふさぐことも……何もできない。


 初めて見るワイバーンはあまりにも巨大だった。

 博物館の大型恐竜の模型と同じくらいのサイズのファンタジードラゴンに、翼…それも巨大なものが生えている。


『きゃー、初めてワイバーン見た~! 感動~♡』

 なんて言えたら良かったのだが、もちろんそんな余裕はない。


 もしあの爪に当たればタダではすまないだろう事はわかる。

 高速で飛び回るワイバーンの風圧がクッションの中のどんぐりにまでなんとなく伝わってくるのだ。


 ワイバーンは空を飛びながらエルフの家々をその爪で引き裂き、翼からの強風は周りのエルフたちを容赦なく傷つけていく。

 だが誰一人逃げ出す者はいなかった。


 体を傷まみれにしながらもエルフたちは弓を引き絞り、狙いを定め、ワイバーンを矢で刺し貫いていく。


 その弓はまるでライフルのような速度と威力だ。矢がワイバーンにあたると鈍い衝撃音が響く。

 矢は俺の目では追いきれないほどの速度と威力で、ワイバーンの数を減らしていく。十数匹いたワイバーンが残り三匹になったあたりだった。


 急にワイバーンがピタリと動きを止める。

 ワイバーンが同じ方向を……つまり、こちらを向いた。

 ワイバーンと視線が合った。


「嘘だろ」


 俺は思わず声を出してしまった。


 俺の声を合図にしたのか、三匹は超音波のような叫び声を上げ数百メートル先から一気に俺に向かってくる。俺に向かってくるということは、つまり俺を守ってくれているエルフさんに向かってきている。


「エルフさん! 逃げてくれ!」


 俺は思わず叫ぶ。あのワイバーンの狙いは何となく俺の気がする。


 もし本当に俺を狙っているのだとしたら俺なんかのためにエルフさんを死なせるのは忍びなさすぎる。

 こんなどんぐりよりエルフさんの命のほうが大事だ。


 だが、エルフさんは俺の言葉に答えなかった。


「ゴルァアアアアアアアア! ワイバーンどもおおおお! 来いやああああああ!」


 見た目にそぐわぬエルフさんの絶叫。

 怖い。さっきのエルフさんに戻ってほしい。怖すぎる。


 素人目にもわかるほどの強弓をガッと引き絞り、体の周りを何かオーラ? のようなものをまとわせる。キラキラとした光が湧き上がると矢じりに収束していく。


「大地の神よ、風の精霊よ、世界樹の守護者の名においてこいねがう」


 矢じりに集まった光は眩しくて、もはや直視することも叶わない。


「悪しき竜を撃ち払う力を────!」


 引き絞った弓弦から、手を離す。

 光り輝く矢は弓から離れるほどに輝きを増して、轟音を上げ螺旋を描きながら三本に分裂しワイバーンへと吸い込まれるように飛んでいく。


 か、かっこいい。さっきのヤクザみたいなエルフさんが正統派の弓エルフに見える。


 こ、これだよー! エルフだ! エルフだ! 本物のエルフだ!


 この世界に来て初めて見るエルフらしい勇姿に、俺は感動を禁じ得なかった。だがその直後。


「おらあああああああ! 死ねやあああああああああ!!」


 すごい顔をしたエルフさんの絶叫とともに光り輝く矢がワイバーン三匹を同時に貫いた。


 グオオオオオオ……

 それがワイバーンの断末魔の叫びだった。


 ほんの瞬きの時間ワイバーンは空中で止まって、重力に逆らえずに地に落ちて鈍い音とともに土煙が上がった。

 エルフさんからほんの数十メートル先だ。ここで、今倒せていなかったらエルフさんはどうなっていたことか……。


 その様子を見届けた他のエルフさん達からうおおおおおお!と勝利の雄叫びが上がる。


「よ、よかった……」


 恥ずかしいほどに気の抜けた声が、思わず漏れ出た。

 すごい、すごいけど、怖い…初めて見る魔法への感動と、ワイバーンへの恐怖と、エルフさんの勢いへの怖れと、死の恐怖からの解放。全てがグチャ交ぜになって、力尽きる。


 また、俺は意識を失ってしまった。




 それから何時間経ったのか。

 暗い。世界が暗い。夜なのかもしれない。ファンタジー世界だから明かりがないのか?それともまだエルフさんの袋の中に包まれているのだろうか。


「もしもーし、誰かいませんかー」


 なんか、声がくぐもってる気がする。


 もう一度、やけくそ気味の大声で叫ぶ。


「誰かいませんかー!!!!!!」


「はい、ソウヤ様、お側に」


 すぐ近くからエルフさんの声がした。よかった、元気そうな声だ。さっきのカチコミ中のヤクザみたいなエルフさんは夢だったんだ。


「もう夜なんですか?」

「……いいえ」

「どのくらい俺は寝てたんでしょう」

「数十分ほどでしょうか、お疲れは取れましたか?」


 疲れなんてあっただろうか。今朝出勤したときに比べれば大分元気だ。死にかけていたのだから当然と言えなくもない。


「はい、大丈夫です、元気ですよ!」

 エルフさんからはホッとした雰囲気が伝わってきた。


「そういえば、俺、あなたの名前を聞いていないです。良かったら名前を教えてくれませんか?」

「そういえば、そうですね」

 恥ずかしそうなエルフさんの声が伝わってくる。


「私はエルシー。エルシー・リーファス・リュクス。エルシーとお呼びくださいませ」

 エルシー・リーファス・リュクスさん。この世界で初めて知り合った人の名前だ。大事に覚えておこう。


「エルシーさん、よろしくね」

「ソウヤ様……ありがとうございます。先程も本当に助かりました」

「さっき?」


 そう言われても俺にはなんの覚えもない。


「ソウヤ様は意識していなかったのかもしれませんがあの時に撃った魔法矢の魔力は半分くらいソウヤ様のお力でした」

「そうなの!?」

 全然記憶にない。でも役に立てていたならよかった。そして、肝心なことを思い出す。ワイバーンが出てきた理由を聞かねばならない。


「そういえばこの辺てああいう魔物が多いの?」

 質問を聞いたエルシーさんは、俺の意図を察したのかやや表情を曇らせた気がする。


「隠していても仕方のないことです。本当のことをお伝えいたしますね」

 エルシーさんは決意を示すような声色で言う。


「あのワイバーンはソウヤ様を狙い出現したものです」

「ワイバーンて草食だっけ?」

「……ええと」


 しまった。トンチキ回答をしてしまった時の空気を感じる。エルシーさんが微妙な顔をしていそうなのがなんとなくわかる。

 恥ずかしい。穴があったら入りたい。


「違います。ソウヤ様のような世界樹の種は食せば万病を癒し不老長寿を得ることができるとされており、食べれば食べるほど、種そのものに力があればあるほど食べた者の力を増加させるのです」


 俺は一気に血の気が引いた。どんぐりなのに。ワイバーンに食われるだけならともかく、自分の体が貴重な素材だったなんて……。


「つまり俺がいる限り永遠にああいうのが現れ続ける?」

「はい」


 あかん。俺、世界樹の種である前に厄介ごとの種じゃん。

 つ、つらい……。



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