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元社畜、どんぐりに転生する【完結】  作者: 芥部


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第45話 朗読と対価と奴隷




 結局、口論が収まらなかったアカシアとマギネはエーリュシオンさんに叱られ、じゃんけんのような遊びで順番を決められていた。


 最初はマギネの本を、次にアカシアの本を翻訳しつつ音読する。

 読んでいるうちに、俺は気がついてしまう。


(読めるけど意味が全然わからん……)


「シルミ型エフェドランテ液1ミリルを製造するためには聖属性5度エキス0.02リルを撹拌しながらポートランテ装置に2.25温度を維持しつつコルミル度が85になるまでコルミル溶媒を1ポンテずつ投入していく」


 読み上げたもののポーション製造の過程っぽいことしかわからない。


「あー、なるほど、そこはポートランテ装置が必要だったんスね……」


 マギネはメモしながら納得しているが、俺は本当に何一つわからん。

 アカシアの本は若干マシだったが若干であり、やはりよくわからない単語に溢れていた。


「25年伐採王カミル三世は神勅と称し世界樹を神伐する王令を下付した。後世これはローデミレニアの伐採令と呼ばれ、神樹不要派の天権神授説に基づく宗教改革の一環でもあったが、これにより暗黒樹の生息域が拡大、神聖領域の縮小をもたらし狂王戦役へとつながった悪法であったといわれ──」


 うーん、歴史の話っぽいことしか何もわからん。


 俺はステータスの知力を上げるため二人の優先度の高い本から翻訳……という名の音読をしていたが、まず土台となる知識がないのである。


 十冊読み終わったあと計測したところ、知力のステータス補正-40は-39になっているだけだった。

 一応上がったが、苦労に見合っているだろうか……。


 そして、二人の持っている本をあらかた見せてもらったのだがどの本もタイトルから分かるくらいに専門的だったり、理解するのに高度な前提知識を必要とする本ばかりだった。


「なあ、なんかさ、もっと簡単な本無い?」


 どれもこれも初学者向けの本ではない。


「家に戻ったらポーション製造基礎編とかならあるッスけど」

「そういうのじゃなくてさあ、なんか子供向けの絵本とかないの?」

「絵本?」

「なんか子供向けのおとぎ話とか、字を覚えるための本とか、こっちにないの?」

「私は持ってないっすね……」

「150年くらい前には持ってましたけど、今は私もないですねぇ」


 そりゃそうか。こいつらもう百年以上前にその段階は卒業してるだろうしな……。


「この辺の子供ってどうやって教育受けてるの? 学校とかないの?」


 今まで気にしたことのなかったことが気になってきた。


「ないッスね……大体どこの家も親や祖父母が仕事のついでに教えるみたいな感じっすよ」

「そうなんですよねぇ、だから私みたいな完全記憶魔法術者が必要なんですけど……。家ごとに文字の書き方まで違ったりすることありますからね」


 無茶苦茶すぎるな……そりゃ手書き写本で読めないやつが発生するわけだよ。


『ティエライネンには確か、学校なるものがありましたぞ』

「えっ」


 じゃあキッズ向けの教科書とか参考書とか、俺でもこの世界の常識を身につけられる本がある……!?


『わしが騎士団長になってから出来たのですが、貴族の子弟に教育を施すための学校が出来たはずです』


 男爵が意外な情報を教えてくれた。しかし、遠そうな場所である。


「ティエライネンて遠いんだろ? さすがに取り寄せも厳しそうだしなあ」

『ううむ、たしかにこの場所からは馬車で十五日程かかりますな……お役に立てず申し分けない……』


「じゃあお母さんもお父さんもいない俺終了?」


「うーん……」

「そうっすねえ……」


 そこに、エーリュシオンさんが顔を出した。


「木野、君はね考えすぎなんだよ。植物が『常識がー』『知力がー』とか木にしないでのんびり太陽でも浴びてたら良いんだよ」


 エーリュシオンさんの言もわからんでもないが、気になるとそわそわしちゃうんだよな。


「でも扶桑さんはわかるんですよね!?」

「扶桑だってこの世界に慣れるのに千年はかかってたぞ」

「うっ……」


 でも俺の精神は人間である。千年じっくりかけて常識を身につける前になんか気持ちが老衰しそう。


「よし! 朗読やめるか!」


 辞めても何も改善しないが、2200ページの音読して知力が1しか上がらないのちょっと心折れた。

 いや、本当は10000ページとか20000ページとか読まないと駄目なのはわかるんだが……。Z世代はタイパで生きてるんだ。もっとコスパよく知力をあげたい。


「そ、そんなあ」

「そこをなんとか……!」


 いつになく食い下がる二人。二人共土下座している。

 プライドよりも読書欲を優先するその態度は面白いので俺は好きなんだが……。


「そういえばソウヤ様、現役の子供、シオンやリオネなら子供向けの本も持っているのでは?」

「それですよ!」

「ソレっす!」


 なるほど、その発送はなかった。


「よし、マギネとアカシアは集落に行って子供向けの本を俺のために探してきてくれ。ただし、今読んでる本、使ってる本は駄目だ。もう読んでない本かまだ読まない本、どちらかだけで頼む」

「承知しました!」

「行ってきます!」


 一応細かく指定しておかないと、集落中の子供向け書籍を俺が独占とかになりかねないからな……。


 二人は今まで見たことのないような速度で祝福地から走り去っていった。

 エーリュシオンさんが呆れた顔で呟く。


「あの面白学者共、本のことになると真人間に戻るな……」


 それは俺も思う。

 エルシーさんがそれについて詳しく解説してくれた。


「本は、私達の世界では生活に不要な贅沢品なんです。特に翻訳本は特にその傾向があります。翻訳は本来大変高度な技術でございまして……一つの言葉を日常生活程度に覚えるのでも数年、専門用語まで使える範囲だともっとかかるんです。翻訳家に一冊の翻訳を依頼すると一年かかって金貨二十枚、これはこの辺の一般の家数件が一年を過ごすことのできる金額です」


 なんか思ったよりも金額のレベルが高いな……。

 それをチートでなんとか出来ている俺、ちょっと申し訳なくなってきた。

 この技能、すこしマギネとアカシアに分けてやりたいな……。


「そして翻訳家を育成するのにもお金がかかるんです。教材の本がまず高いんです。紙も高いですし手作業なので安いものでも一冊銀貨十枚はします。ちなみに銀貨二十枚で金貨一枚ほどになります」


 金貨一枚が日本円にしていくらとか想像しないほうがいいんだろうなあ……。

 日本の古書店なら本が一冊110円で買えるとか、マギネとアカシアが聞いたら発狂するかもしれない。


「そして流通ですね。ここは大きい街からも遠くて年に一度の買い出しか、行商人に頼るしかなくその行商人に頼んで販売リストから本を選んで買うかしか無いんですよね……」


 図書館……とかはこの近辺にあるわけもないか……。

 そして全員何も言わないが、そんな僻地に住んでるのってどう考えても俺のためだよな。


 世界樹同士を近くに植えられないから、そこから離れるとどうしても僻地になる。

 そうすると、本屋どころか街から遠ざかり不便になる……。

 マギネやアカシアは多分本の虫みたいな人種だと思うが、俺のためにこうなってるとしたら申し訳ないな。


 しばらく経って、息を切らして二人が戻ってきた。

 珍しく二人共汗だくである。そんなに急がなくていいのに。


「もどったっすー!」

「戻りました!!」


 二人共二冊ずつ借りてきてくれたらしい。有り難い。


「なんか、無茶な事頼んじゃってわるいな……。俺が今財布を持ってたらお前らに金一封くらい進呈したいんだが、俺何にも持ってないんだよな、ごめんな」


 俺は金持ちじゃないので、財布を持って転生しててたとしても数千円くらいしか渡せなかったと思うが……。


「こっちがお金払ってお願いする側では!?」


 アカシアとマギネが声を揃えて叫ぶ。

 マギネとアカシアは本への金払いが良すぎて、本をネタにした詐欺に引っかからないか不安になる。


「木に金なんか必要なわけないだろ」 

「そっ、その、若君様はいくら優しくても世界樹の若君で、労働をさせるわけにはっ……」


 マギネも高速でウンウンウンと頭を上下させている。


「こっち来てから暇だし、今までの一日十五時間労働に比べれば楽なもんよ……」


 俺は遠い目をした。ちなみに十五時間には通勤時間は含まれていない。


「十五時間!?」

「え? それ寝て起きて仕事して他の生活いつするんスか!?」


 今度の叫びにはエーリュシオンさんも加わった。


「社畜だったからな、俺は……」

「木野、それは奴隷より酷くないか?」

「ギリシャ時代の奴隷より労働時間が長いのは知ってる……でもまあ、いつ止めてもいい自由はあったからな……」


 俺は遠い目をした。ここに来て結構経つが、まだ社畜体質が身体から抜けきらない気がする。

 時間に追われる癖が身体に残りまくっているのだ。


 これは俺の望んだスローライフじゃないな……。

 俺は考え直すことにした。タイパに縛られてはいけない。

 せっかく、スローライフを望んで転生したのに。


 俺は心を入れ替えることにした。


「よし、じゃあ朗読するか! この本のレンタル代はお前らが払うことにする。子どもたちの好きなものを作ってやってくれ」


「わかりました!」

「マギネ、任せた~……私が作ると……ねえ? 材料代は私がだすよ、うぇひひ……」

「任せるッス!」


 よくわからない本を朗読して一日が終わるのも俺は充分スローライフの範疇であると思う。


 俺はここに来て初めてのスローライフ的イベントをエンジョイするのだった。




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