第34話 何気ない望郷
気がつくと俺は空腹と喉の乾きを覚えていた。
「コーラ飲みたいなー。飲めないと思うとなおさら飲みたくなるな……」
コーラに、コーヒー、紅茶、エナドリ。カフェインの入った飲み物が懐かしい。
あと、牛丼に、唐揚げ弁当に、ハンバーグセットに、ハンバーガーに、ラーメンにうどん……なんか食欲が湧いている。
今なら職場で嫌ってほど食べて飽きたパックのゼリーもクッキーも美味しくいただける気がする。
こんなしょうもないことで生きていたときの喜びを思い返すなんて、皮肉なものだ。
そんな考えも数周まわって、本当に考えることがなくなってしまったが空に昇る月はさほど動いていない。
本当に心から退屈だ。
今、目を閉じれば眠れるのでは、と思ったが、初めての土の中は違和感がすごく目を閉じても眠れなかった。
本当なら土から栄養を吸収すればいいんだろうが土って食べ方わからないんだよな。水なら意識しなくても飲めたのに。
せめて眠れれば、大分楽になると思う。
だが、知らない場所に対する緊張で無いはずの身体からあふれるアドレナリンが出ているような気がする。
俺が寝られるのは大分先になりそうだった。
退屈かつ眠れず、エルシーさんもエーリュシオンさんも全然戻ってこない。
しょうがないから風の音を聞いている。
男爵はダンゴムシの仲間とおしゃべりしていたから、俺にも聞こえないかなと思ったが、全然聞こえなかった。
エーリュシオンさんも草花と会話をしていたが、それも聞こえなかった。
孤独だ。
木になりたい、なんて気軽に願ってそれが叶ってしまったばかりに、俺はこんな目にあっている。
木になればもっと小鳥や他の木との交流とかがあって、もっとうっすらとした意識でのんびりできると漠然と思っていたが、人の心に木の身体は無理がありすぎるのかもしれない。
そう思っていた時、銀色の輝きが俺を見下ろしていた。
「おや、お前。まだ寝てなかったのか。それにまだ何も食べてないな?」
エーリュシオンさんは星のように煌めいて、俺のことをすべてお見通しだった。
「情報量がなさすぎることと、土の中にいることと、屋根も壁もないところにいることに不安が多いですし、土でどうやって栄養を取ったら良いか、判らなくて」
「はぁ……屋根や壁を欲しがる植物なんて、僕は生まれて初めて見たよ」
「初見の植物になれて光栄です」
「お前ね……」
エーリュシオンさんは深くため息を付いた。
「お前、気がついているか? 自分がどんな姿勢をしてるか」
「えーと、魂の話ですか」
「そう」
「視点が低いから、直立不動で生き埋めに成ってる感じですかね……?」
もし正解だったらファラオっぽくてかっこいい気がする。
「口で言うのは難しいな、お前と同じポーズをしてやろう」
エーリュシオンさんは、器用にも空中で正座をしていた。
「このポーズで、お前は目から上だけを土の上に出している感じだ」
ダサいことこの上ないな……。
「そういえば聞きたいんですけど」
「なにかなボンクラ君」
「なんで俺ってどんぐりのときから目とか耳とかの感覚があるんでしょうね。普通、無いんですよね?」
「無いな。多分だけど、多分お前を作った扶桑がめちゃめちゃ気合い入れて、人間のお前が不自由ないように作った特別製なんだと思う」
エーリュシオンさんは、少し遠い目をした
「扶桑はすこし過保護すぎると思うんだよな」
それはまあ……否定できないな。会ったことがないけど、この待遇が特別なのはなんとなく肌で感じている。
「さっき、守護者に見せてもらったんだよ。お前が考えたポーションとやらを。しかも、そのポーションですら一滴を風呂くらいの量の水に入れて薄めないと人間に使えないと来ている」
「あー、ありましたね、そんな事。俺はあれをどんぐり汁と呼んでいますが……」
「その呼び方はひどすぎるな、せめて聖樹ポーションとかにしておけ」
「でも俺が一晩浸かった汁なんですよ?」
「言い方を考慮しろ! 使う方だって嫌だろ!」
ごもっともで。
「まあいい、その特濃ポーションが生まれるくらい、お前の素材に力を込めたんだよ。殻に込められた魔力がそれなら、内部の魔力はもっとヤバいと思わないか?」
「言われてみれば、確かに……」
俺はあの殻からあふれる魔力の影響でワイバーンが襲ってきたのかと思っていたが、殻の内側から溢れていた可能性があるのか。
「その魔力が、お前の望みのままに視覚や聴覚を与えている。だから、お前はその力の使い方を覚えれば百日歩いた先の街の中のネズミだって見られるし、世界樹よりも高い空を飛ぶ蝶の羽音だって聞ける」
「今も星明かりとエーリュシオンさんしか見えないし、さっきもダンゴムシさんたちの声を聞こうと思ったけど聞けなかったんですよね」
「使い慣れてない、というより、人間でいたときの意識に強く引きずられてるんだろうな。聞けないと思っていれば、耳には届かないさ」
そんなものなのかな。
「今のお前に必要なのは休息だ。魂が薄汚れて、ガチガチに凝り固まっている。だから権能をうまく使えない。変な姿勢をしてるのも、心が休まってないってことだ」
「まあ、確かに……慣れない場所で、何が起こるか判らなくて、どうやって身を守ろうか考えてましたからね」
「芽が自分を護ろうなどと考えるな」
「いや、でもですね……」
「いいか、お前は自分で言っていただろう。ゼロ歳児だ。世界樹の赤ちゃんだ。それを護るのは守護者達と僕の仕事だ」
「しかし俺にはきちんと自意識と思考と責任がですね」
「口が回るだけのゼロ歳児なんだろ?」
だめだ、己の言葉がブーメランでドスドス刺さってくる。クリティカル付き致命傷。
恥ずかしい。穴があったら入りたい。半分土に埋まってるけど。
ふわ、と自分の体が浮き上がった気がする。
誰かが、ではない。エーリュシオンさんが俺の手を取って土の上に引き上げた気がする。少し視点が上がる。
「木野、根を伸ばせ。周りの土は障害ではない。お前を護る服であり食事でありお前の眠る柔らかなベッドでもある」
こわごわ手足を伸ばすような感じで根を動かす。……驚くことに、動かせる!
「すごい! 動かせる!?」
「そうだ、根に意識を集中しろ、水と栄養があるはずだ」
「根……」
「ゆっくりでいいぞ」
なるほど。水耕栽培されていたときのダイレクトな感じとは違うが、ゆっくり根を動かすと、衣擦れのような感触があり確かに水と栄養があった。
あれ、この味……本当に土か? エグみも苦みもない。
「俺、土の味ってまずいと思ってたんだけどなあ」
「人間が食うものではないね。でもお前の身体は世界樹だからな」
「すごい美味いですね……風邪のときにのんだスポーツドリンクみたいな、母が作ってくれたお粥みたいな、優しい味がしますね」
本当に美味い。
滋味という言葉はこの土のためにあると言っても間違いないと思う。強くはないが、とにかく優しく体に良い、そんな味がする。
「そりゃあそうだろう。僕の土地なのだからね」
エーリュシオンさんは、ドヤ顔をしていたが、今まで見た中で一番優しい顔をしていた。
「さて、木野はもう寝ろ」
「どうやって寝て良いのか判らなくて」
「しかたないなあ」
エーリュシオンさんがため息を着いた。




