第33話 初めての孤独
「はぁ……世界樹はうるさいものだけど、なんかこっちの方向にうるさいのは初めてだな」
「当然の抗議だと思いますが。自由を奪われてるんですよ」
「なんで力を授けようとしてるのに逃げるんだよ、おかしいだろ」
エーリュシオンさんが愚痴る。
「そうなんですよねえ、ソウヤ様。力を使うのが上手いのに、大きくなるのを嫌がる感じするんですよねえ」
力使うの上手いとか褒められちゃった。
嬉しいけど俺が起こしたプラスの事象は、全て扶桑さんがハイスペどんぐりに生んでくれたおかげという要因が八割強はあると思う。
そのせいで俺のおかげという感じは全然しないんだよなあ。
残りの二割弱を褒められてると思えば良いのかな。
「でもまあ、本人が小さいほうが良いと言ってるんだし、それに小さいほうが可愛いでしょ」
「僕には人間のおっさんの姿が見えるからな。かわいいなんてとても思えないね」
エーリュシオンさんがグサグサ刺してくる。
裁判所があるなら事実陳列罪で訴えてやりたい。
まだ三十路じゃないから完全におじさんじゃないし。
本当に人の心がないなこの土地。まぁ、土地だしな……。人の心なんかないか……。
俺だってできるならバ美樹(バーチャル美少女樹木)もしくはゆるかわいいキャラになって無責任に『カワイー!』って言われたいのに。
うわー、かわいい四葉ですね! とかエルシーさん以外誰も褒めてくれない。
やっぱエルシーさんは女神。
マギネとか「うける、葉っぱ増えてるッス」だからな。
くそ……でも顔は可愛いから俺は許してしまう……。
「やっと若君も落ち着くときが来たって事ッスかね……うけるッス」
「そうですねえ、先程のシー姉様の家の転移魔術、すごかったです、記録に残しましょう……うぇひひ」
「でも実際、本当なら今頃どんぐりで地面の中にいたはずだし祝福地に植え替え出来たんだからハッピーエンドじゃないッスか? これからも研究目的でちょいちょい来てもいいっすかね?」
「あ、私も、私も~」
「ふむ、許可をやろう。祝福地に入る前に僕に声をかけるように」
「やったー!!!」
「嬉しいっす!」
こいつら、俺の人生で勝手にエンジョイしやがって……。
楽しそうだから許すけどさあ、俺にもお裾分けしてくれよ。
シオンとリオネちゃんは、俺とエーリュシオンさんのやり取り、そして家の転移までを呆然と眺めていた。
そりゃそうか。情報量が多すぎるんだよな……。
「ん~、そういえばそろそろ夕方だね」
あと一時間もすれば、日が落ちそうな空の高さである。
ここは僻地だからまだマシだがやはり暗くなると治安が悪化するという。
また、普通に夜行性の魔物などが出るので夜遊びなどもってのほからしい。
そういうわけで、夜は早く寝るのがこの世界の普通であり、夜ふかしをして遊ぶことが出来るのは国の首都などの大きな街に限られるそうだ。
でも、この世界の夜遊びって飲む打つ買うらしいので、俺は全然興味ないんだよな。
俺はアニメを見たりゲームしたり、そういう遊びがしたいんだ……。
「シオン、兄。そろそろお帰り」
エーリュシオンさんは優しく促した。
この人俺以外には優しいんだな……。
「そこのエルフの面白学者二名、シオンと兄を送っていくように」
「うぃーっす!」
「ふぇーい」
「あ、では私も……」
エルシーさんが付き添おうとすると、エーリュシオンさんはそれを制止した。
「守護者、そして男爵。お前たちは今日からはここにいろ。木野が脱走しないように見張っておけ」
「かしこまりました」
『承知いたしました』
ひどい。
でも助かる。見渡す限りの草原に四葉一人だけで夜を過ごすのは怖すぎるし。
まあ、俺がどう頑張ってもエルシーさんや男爵の助けなくして脱走出来ないのだが。
いつもはしっかりとしたテーブルの上に置かれた特製のガラス容器の上や、エルシーさんの腕の中にいたからわからないが、視線が低いというのはかなり怖い。
以前に比べると何もかもが大きく感じられる。
目線が高かったときはこぢんまりと見えたエルシーさんの家も、四葉の視点だと果てしなく巨大に見えた。
俺を避けてくれてはいるが、俺よりも周りの草木のほうが圧倒的に背が高い。
巨人に囲まれているような、そんな圧を感じる。
「あー……やだなぁ……壁と屋根が欲しい……」
ずっと一人暮らしでも平気だったのは、壁と天井があったからだ。
隣の家のおっちゃんがくしゃみする様子が伝わってくるほどの安普請の家でも、確固とした壁と天井がある事がどれほど俺を救ってくれていたのか、今ならわかる。
世界と個を隔てる休み方しか、俺は知らないからだ。
シオン、リオネちゃん、マギネ、アカシアさんが帰ってしまい、男爵は仲間のダンゴムシに呼ばれ、エルシーさんはエーリュシオンさんに呼ばれ何か話し合っているようだ。
俺は他にやることもなく、暮れていく太陽を眺めている。
以前は夕日が好きだったが、今は太陽が落ちていくことに不安を感じる。
夜が来るのがこんなにも恐ろしいことだとは想像したことがなかった。
小動物や虫が四葉を食害しに来ても、暗闇ではそれに備える覚悟を持つことすら出来ないのだ。
覚悟出来るだけで、実際には何も出来ることはないのだが。
転生してきた時から、思えばずっとちやほやされていた。
周りに必ず誰かいた。そんなうまいことがずっと続くとなんとなく思っていた。
一人でいて、スマホもパソコンもテレビもなく、目に入るものは壁のような物言わぬ草木と日の落ちていく空だけ。
こうなってみると、あんなに逃げたかった仕事ですらたまらなく懐かしい。
周りに人がいて屋根があるってことの有り難み。
電気の明かりもランタンすらもなく、遠くに見えるエルシーさんの家の明かりと、星と月だけが僅かな照明だ。不安でたまらない。
(慣れるしか無いなあ)
俺は自分を諦めさせるべく自分に言い聞かせる。だって俺、木の芽だもんな……。
周りに人がいないと、頭に流れ込む情報量が激減する。
スマホでいつでも欲しい情報を得られることに慣れすぎた俺に、デジタルデトックスと孤独のコンボはあまりにも辛すぎる。
そういえばもう随分とスマホ触ってないな。この姿じゃ触りようもないんだが。
すっかり日が落ちて、星が輝き始めている。
他に見るものもなかったので、俺はそれを眺めていた。
つまらないな、と思ったけど夜が深まるにつれて闇はどんどん深くなり、ゆっくりと動いていく星々の動きが更に良く見えるようになる。
目が慣れて、星明かりに浮かぶ木々の影、薄っすらと雲に反射する集落の明かりが見える。
その暖色の薄明かりが逆に俺の孤独を照らし出すような気がした。
実勢に見てわかる星座といえば北斗七星しか知らない俺だけど、きっと北斗七星はここにはなくてこの世界の別の星座があるんだろうな。
エルシーさんに聞いたら教えてくれるだろうか?
「せめて漫画とか本でもあればなー」
そう思うがまず、本を持つ手がない。
そして、本があったとしても俺の重さの数十倍だろう。持ち上げられない。
暇すぎて、前世で覚えた歌を歌ったりしてみたが数曲でレパートリーは尽き、喉が渇いて終わりになってしまった。
音楽はたまに聞くけど、聞いたことのある全部を歌えるわけじゃないしな。
喉が渇いたからと言って、自販機にジュースを買いに行くことも、水道から水を出すことも出来ない。
本当に不自由だ。
転生してきてから、今が一番不自由さを痛感している。
木になるというのは大変なことなんだな、気軽にいうべきではなかったのかもしれない。
俺はこの転生にやや後悔をしていた。




