第31話 自称児童(27)
俺に常識がないと涙目で悔しげに叫ぶエルシーさん。
駄目だ、一ミリも反論できねえ。だってこの世界の常識なんて誰も教えてくれないんだもん。
この世界俺に厳し目すぎないか。ええい、もうヤケクソだ。
「あー、俺、言葉が使えるだけの実質ゼロ歳児だから。そういうことで宜しく!ばぶー。異世界保育園の年少さんでちゅ。優しくして欲しいでちゅ」
「……」
シオン以外が、まるで化け物を見るかのような顔をして俺を凝視している。
駄目だ、和ませようと思ってたのにギャグ滑った。
「若君、どうしたんスか、気でも狂いました……?」
マギネはガチで心配顔をしている。どんなにダダ滑りしてもマギネだけは笑うと思ってたのに、大失敗である。
受けるという概念が地滑りを越えて雪崩を起こしている。
いや、最初から終わってたのは俺だった。
人生的な意味でも。辛い。
「……木野、何を言ってるかわからないが、お前が僕をバカにしていることだけはわかるぞ?」
あっ。まずい。
エーリュシオンさんの美麗な顔は歪んでないのに、顔色だけが変わっていく。
「あっ、あっ、あのっ、しょのっ、バカにしてるとかじゃなくって」
駄目だ、鍛えられてない陰キャリーマンには気の利いた返しなんて出来ない。
舌ももつれる。やばい。絶対お叱り(物理)来る。
未来が分かっていても何も出来ない。よくあることだ。
「木野、よく聞け! 土地と契約したということはな、ここにお前が生えるってことなんだよ! このボンクラ世界樹がぁーっ!!」
「ぎょえええええええええええ!!!」
綺麗にエルシーさんだけを除けて、瓶の中の俺だけに超弩級の落雷が落ち、俺はまた意識を失った。
意識を失いながら俺は思った……
何回目だ、これ。
答えが出ないまま意識はブラックアウトした。
目を覚ました時、見えたのは俺を取り囲む残念そうな眼差しの群れである。
特にエーリュシオンさんの眼差しがヤバい。
「おい、恥知らず」
エーリュシオンさんが俺を呼ぶ。
ゴミを見るレベルでさえない、汚物を見るような目をしていらっしゃる。
「契約する気もないのになぜ名前をつけた?」
「えっ……ただ名前が欲しいのかなと思って。だって名前ないの不便っておっしゃってましたし……」
「僕と契約したらすごい力が手に入るってのは知ってるんだよな?」
「知ってるけど、別にその力はもらわなくてもいいかなって……」
エーリュシオンさんの顔が汚物を見る目から、理解できないなにかを見る目に変わる。
「力がいらない? お前本当に世界樹か?」
「一応そうらしいですね」
「一応!?」
「扶桑さんが跡を継いでくれって言ったこと以外、俺にはなんにもわかりません」
「扶桑がそんなボンクラに跡を継がせるものか!」
扶桑さんへの信頼が厚い。しかし俺の話にも嘘はない。どうしたら信じてもらえるのだろう。
「恐れながら、エーリュシオン様。たしかに我ら聖樹族のリュクス家に、扶桑様から跡継ぎの種子、こちらのソウヤ様を賜りました。種子の……どんぐりの頃から意志を持ち、言葉をお使いになる類まれなる成長の早い若君なのです」
エルシーさんがフォローを入れてくれる。やはり俺の味方はエルシーさんしかいない。
「どんぐりから喋ってた!?」
エーリュシオンさんから見てもやはり喋るどんぐりはおかしかった模様。
「生まれて数日で、私に刻まれた魔王の呪いを解呪し、こちらにおられる男爵の呪いを弱め、喋れるようになったのもソウヤ様のおかげなのです」
「は? どんぐりが? 嘘でしょ?」
エーリュシオンさんの顔が詐欺師を見るような目つきに変わった。この人表情めっちゃ変わるな。
「なんか経緯を言葉で聞いても信じられないからさ、僕に心読ませてくれる?」
エーリュシオンさんには勝手に心を読まないという自律心があるのか。
ほとんど神様みたいな感じなのに、結構いい人なのかも……いや、いい人は人の話を聞かずに雷魔法をぶち込んできたりしないか。
「御随意に」
エルシーさんが言うと、エーリュシオンさんがエルシーさんのおでこに人差し指を当てた。ふわりと光ると、指を離した。
「真実だった……」
一瞬で読み取ったのか。一秒くらいしか経ってないのにすごいな。
エルシーさんの記憶を読み取ったエーリュシオンさんは、真顔になっている。
「お前、でも木になりたかったんだろう? なぜここに植えられることを断る?」
「えっ……だって、冬の間家の中でおうちライフをエンジョイするつもりで……」
「おうちライフって何だお前、木だろうが!」
正論である。しかし俺にも言い分はある。
「だって若芽のうちしかお家でのんびりできないんですよ!?」
「芽なんかさっさと卒業しろ! 牛や馬に踏み潰されるのがオチだぞ!」
「やだー!! 前世社畜だったから転生したらのんびりできると思ってたのに! 木になったらのんびりできるって思ってたのに! 全然のんびり出来ないじゃないですか! 俺は絶対室内でのんびりダラダラしたい!」
俺は逆ギレして駄々っ子モードになってしまった。
こうなると、俺も止まらない。
「木になるっていってもさぁ、俺は最初から大樹で生まれたかったんだよぉ! もしくは盆栽! そのへんの街路樹とか天然記念物をイメージしてたのにさぁ、木になったと思ったらどんぐりだったし、どんぐり狙ってワイバーン来るしさあ、もう俺はいっぱいいっぱいなんだよ!!」
俺の全力の駄々っ子アピールに、全員がドン引きしていた。
しかし、エーリュシオンさんは負けない。
「何いってんだ木野ぉ! 木になりたいけど、芽の時代は過ごしたくないとか、そんなもんあるわけ無いだろうが!」
「やーだー! じゃあせめて盆栽! 盆栽になりたい!」
「盆栽ってなんだよ!」
この世界に盆栽、無いのか?
まあ、なさそうだよな……。木はデカいほど良いという価値観の世界っぽいもんな。
「俺の心読めばわかるよ!」
エーリュシオンは渋々俺の魂のおでこに指を当てる。
俺は昔爺ちゃんと一緒に見に行った盆栽展を思い浮かべた。
一千万、二千万、桁がおかしいものもままある、恐ろしい趣味の世界の鉢植えだ。
育成に時間がかかるのでやるなら早いうちからやるのがいいらしい。今の俺ならこれから盆栽にするにもちょうどいいサイズではなかろうか。
ほら! 今がチャンスですよ! 世にも珍しい世界樹の盆栽を作るチャンス!
心を読み終わったエーリュシオンさんがこれ以上は無いと思っていたドン引き顔の上限をさらに突破した。
ホラー漫画に出てきそうな顔をしている。あの縦線が見えそうな顔、本当に存在するんだ。
新たな発見だ。
「怖! ありえない! 樹を数百年かけて小さな鉢植えで小さく育てる!?」
それを聞いた聖樹族の皆さんもざわざわし始めた。
「え、なにそれ聞いたこと無い、怖いッス……虐待っすか?」
「樹を数百年鉢植え?! 無理でしょ?」
「うひぃ……この百年で一番怖い話聞きました……」
「若君がエルシーお姉様のところに鞭打ってくれって言ってきた人間族の生まれ変わりって噂、本当だったの?」
皆が恐怖にざわざわしている。
盆栽という文化は、聖樹族の皆さんには受け入れられないようだった。
すごい誤解されてる気がする。特にリオネちゃんに。
「僕が特に怖かったのは、その盆栽とやらが、この木野の年収の十年や二十年分の価格なのも珍しくないってことだったな」
「怖い!」
「金貨千枚もらっても家に置きたく無いっす!」
「あー、人間がたまに幼女の奴隷を金貨で買うみたいなやつ、ありますよねえ……うひぃ……」
皆が絶叫している。何もそんな言い方しなくてもいいのに……。流石にちょっと傷つく。
価値観の違いを感じつつも俺は努めて冷静に語りかけることにした。




