第28話 命名強要
「待て」
半透明さんが急に俺達を呼び止めた。
「世界樹、お前、名前は?」
「まだこの世界の名前はありません」
「お前の名前だよ」
半透明さんの指は俺を指している。
「木野草也です。意味は、木の生える野に草が生えている、くらいの意味です」
「……いい名前じゃないか。僕は気に入ったぞ」
ニヤリと半透明さんは笑った。
「扶桑みたいな雰囲気がする。褒めてやる」
「ありがとうございます」
分かる人にはわかるのかな。あとこんな世界樹嫌いの人も扶桑さんは好きなんだな。
扶桑さんの人柄の良さがうかがえる。確かにあの短時間でも悪い印象はなかったもんなあ。
「よし、気に入った! 木野草也、お前に僕の名前をつける栄誉をやろう」
「なま……え……?」
急な展開に、俺は首を傾げた。
「名前、とは?」
「僕には名前がない。でもなあ、たまに不便なんだよ。お前みたいに好き勝手な名前で呼ばれたり、精霊様ってのはまだマシだが、お前らが知覚出来ないだけで精霊ってこの辺にあと何人かいるからな、混乱するんだよ」
「失礼ながら申し上げます、祝福地の御身よ、名付けの意味をちゃんとご存知で仰ってるんですよね?」
エルシーさんが困惑しつつ質問する。
「当たり前だろ、僕を誰だと思ってる。現存する最古の祝福地、それが僕だ。君たち二本足の生き物が生まれる前からここにいる」
すげーな半透明さん。
地縛霊みたいなのを想像してたけどそんなレベルじゃなかった。ほぼ神様じゃん!
そう考えているとバチッ!と衝撃が走り静電気レベルの痛みが俺を襲った。
「痛っ!」
「僕のことについて何か失礼なこと考えてたな!」
「地縛霊とか思ってしまってすみませんでした……」
「ソウヤ様、さすがにそれは失礼すぎます」
『我が主、それは……』
「若君様……」
ドン引きされてしまった。何も分からないシオンだけが優しい。葉っぱをなでなでしてくれた。
今はシオンだけが俺の味方だよ。
俺は十秒だけ思考を巡らせた。絶対この半透明さん気が短い。
「それでは半透明さん、明日またお伺いします」
「今つけるんじゃないのか!」
「俺の前世にいた世界でも名付けは大問題でした。なので、子供が生まれてから二週間の猶予が与えられていました。基本的には子供は一生その名前と付き合い続けるからです」
「ふむ」
「なので親は生まれる前からも、生まれたあとも、子を幸せにする名前を全力で考えるんです。ちなみに俺の親も期限ギリギリまで悩んで役所に駆け込んだとか言ってました」
半透明さんの表情が少し変わった。
「ですので、一日ご猶予をいただき半透明さんにふさわしいお名前を考えてまいりたいと。お名前は、長い付き合いになるものですから」
「なるほどな、わかった!」
本当は一週間くらい欲しかったけど、あの半透明さん絶対それ言ったら怒るだろ。
俺は社畜生活でそういうギリギリの納期を見極めるスキルを得たからわかるんだ。
「それでは明日、またお伺いします」
俺は一礼し、その場を去った。
歩く最中、俺はエルシーさんにお願いする。
「帰りにマギネの家に寄ってもらえますか?」
あの殺人菓子を依頼せねばならない。
気に入っていたようだし、詫びを入れるときには箱菓子と相場が決まっているからな。
手土産を受け取ってくれなかったとしても持っていったという事実が重要なのだ。
「シオンくんの家に二人を送り届けて、マギネさんの家に行って、アカシアさんのお宅というルートで」
「かしこまりました。シオンは明日も祝福地に行く?」
「行くー!」
「リオネちゃんはどうしますか?」
エルシーさんが一応聞くと意外な答えが返ってきた。
「私も行きます。私も精霊様に用があるので……」
「わかったわ、じゃあ明日迎えに行くわね。お時間は何時ごろにしますか、ソウヤ様?」
「昼くらいで。朝だと名前が決まってないかもしれないしな……」
地理的にシオンの家が一番近いのと、日暮れも近いのでまずシオンとリオネちゃんを家に送り届ける。
二人のお母さんに挨拶し明日も二人をお借りします、と伝えた。
「若君は本当に礼儀正しいわねぇ! この集落に来て本当に良かったわ」
二人のお母さんは俺の礼儀に感心していたが、逆に俺は不安になった。
他の扶桑さん以外の世界樹、どんだけ酷いんだよ。
マギネの家に行くとアカシアさんと何か囲碁のような、オセロのようなゲームで遊んでいた。用事が同時に済んで助かる。
「お菓子ッスか、いいっすけど 若君が食べて大丈夫っすか?」
「食べるのは俺じゃなくて、半透明さん」
あわてて、エルシーさんが詳しい経緯を説明する。
そうだ、半透明さんじゃ何も伝わらないよな……。
「ははあ、なるほど。祝福地の精霊にっすか。そういや子供の頃、私も行ったことあるんすよね」
意外な情報だった。シオンは解かるけど、こいつがかぁ。
「うろ覚えなんすけど。子供好きのいい人だった気がするッスよ。大人になって思い出して、行こうとすると行けなかったンすよね。だから、久々に再会するの楽しみッス!」
あれ? 俺お菓子制作は頼んだけど同行は頼んでないぞ?
何でお前も行くことになってんの?
マギネの自由さに困惑しているとアカシアも。
「うわー祝福地の精霊しゃま……しかも若君が名付け親だなんてしゅごい……うぇひ……絶対私も行きます……」
誰も俺の話を聞いてないのでは?
俺は訝しんだが、あえて気にしないことにした。
ツッコミを入れ続けていては体力が持たない。
「それでアカシアさんでもエルシーさんでもいいんだけど、この世界での祝福地の名付けという概念について説明してくれ」
こういう重要なことはできるだけ情報を集めて挑んだほうがいい。
万が一地雷を踏んでしまった場合、どんな目に遭うか分からないからだ。
「ではソウヤ様、僭越ながら私が。シア、足りない所があれば後で補足してちょうだいね」
エルシーさんがによると、祝福地の名付けは地名の名付けでもあり、その土地の精霊、土地そのものの思念体の個としての二重の名付けであり、名付けた者との契約であるという。
地名をつけることにより、祝福地の位置座標が確定、思念体は半透明を卒業しつけられた名前にそった外見を得ることができる。
つまり、ゴリラとかティラノザウルスとかつけるとクソ強人外みたいな外見になる可能性があり、植生もそちらに偏りがちになるという。
南国とか裸子植物溢れる世界も悪くはないが住みやすさはなさそうだ。
「めっちゃ重要すぎんか、何で俺?」
思わず言葉が崩れてしまった。そんな重要なネーミング、任されるの超困る。
ゲームの自キャラはデフォネーム派であり、デフォネームのないゲームを始めるときは三日間悩む。
そんな俺に、あまりにも厳しい試練すぎる。
「なあそれってさあ、自分で決めてもらうわけにいかないのか?」
「いかないんですよねえ……」
アカシアさんがため息をつく。
「自分で着けると『自称』の概念が付着して、名付けの意味が数ランク落ちるんですよねぇ……下手するとマイナスになるんですよ、ふひひ……」
「名前くらい自分でつけても良くない?」
「ソウヤ様、自称『世界最強の剣士』と他称『世界最強の剣士』、どっちが強そうだと思いますか?」
「あ、なるほど……」
そういう意味まで含まれてるのか。これは生半可な名前をつけるわけには行かないな。
責任重大すぎる……。