第26話 祝福の地
ミニチュアの一輪挿しのようなガラス容器に水耕栽培用の液体をいれ、その瓶に俺が収められた。
ガラス容器には紐をかけられるくぼみがあり、俺はエルシーさんの胸元にペンダントのように鎮座している。
出来るだけ、前を向いて下は見ないように心がけよう……。
男爵はシオンの頭の上に乗り、シオンはご機嫌そうである。
その中で、唯一不満げな顔をしているのがシオンの姉(兄?)リオネちゃん。
「はー……エルシーお姉様と二人っきりだと思ってたのに……」
うわ、めちゃめちゃ機嫌悪そう。可愛い顔が歪んでいるが、また別の愛らしさはあった。
「でも、おれがいないと、あそこいけないじゃん」
「そうだけど。別の用事だと思ってたのよ、もう!」
エルシーさんは、そんなリオネちゃんの様子を見ても表情を変えるでもなくニコニコしている。
この人、基本メンタル強いんだよな……。
「じゃあ、手をつなぎましょうか、リオネお嬢様?」
そっとお姫様に対する騎士のように手を差し出すエルシーさん。
今日は歩くのが決定しているので、ズボンをはいており男装の麗人といった風情だ。最高に似合っている。
「ふぁい!!!!!」
エルシーさんがリオネちゃんの手を取ると、リオネちゃんの顔がみるみる耳まで赤く染まる。プルプルと震える手。かわいいねえ。
まるで、王子様とどこぞの令嬢のかわいいデートのようにも見えなくもない。
エルシーさんはスタイルが良いので、何を着ても似合う。胸のペンダントが俺じゃなければもっと最高だと思うが、俺の役得でもあり判断は難しいところだ。
エルシーさんの首から揺られて、そんな妄想をしているうちに森の奥までやってきた。森の木々が薄くなり、小高い丘が開けているが草は枯れ、木々の葉も落ちてしまっている。
いつでも虫取りが出来て、花が摘めるといってたけど、そんな様子は微塵も見受けられない。子供特有の勘違いか何かか?
と思っていた矢先。
「こーんにーちはー! シオンだよ、あーそーぼー!」
シオンが叫ぶと、ゆらり、と何かが揺れる気配がした。
「こっちだよ」
シオンが走り出す方向に、俺達は慌ててついて行った。
ある一点にほんの少しの抵抗があり、それを超えると視界が一気に茶色から緑色に変わった。
「まあ……なんて素敵……!」
「そうでしょう? ここは素敵な場所なのです」
エルシーさんの感嘆に我が事のように自慢するリオネちゃん。
小高い丘の一面に緑と花。四季の花全てが咲いていると勘違いするほどに様々な花が咲いていた。
薄曇りだった空は晴れ渡り、ここには雲一つもない。その上少し肌を刺すような乾いて冷たい風がここにはなかった。
暖かく、日差しも春のような柔らかさだ。
蝶が飛び交い、足元にはバッタが飛んでいる。
わずかに見える地面には、蟻の姿もあるし、木の根元には男爵のお仲間であっただろうダンゴムシもいた。
『おお、ここは……若君にお会いする前に、私がいた場所ですな。懐かしゅうございます』
シオンの肩の上の男爵が感慨深そうに周囲を見ている。
エルシーさんと俺はきょろきょろと周辺を見回している。
それを面白そうに見守っているのがリオネちゃんとシオンだ。普段と構図が逆転していた。
「これが祝福地なのですね、私、初めて実物を見ました」
「そうなんですか?」
意外だ。エルシーさんは入ったことがあると思っていた。
「祝福地に入れるのは、祝福されたもの、憐れまれる者、そして愛された者だけです。誰でも入れるというわけではないのですよ」
エルシーさんだったら、愛される者とか、祝福された者、なれそうな気もするんだが。そういう問題じゃないのかな。
「ねー、あそぼー」
シオンが声を掛けると、ゆらり。陽炎のように空気が揺れ、薄っすらと透けて見える女性のような何かが現れた。
半透明の人は、銀色の光を撒き散らしながらゆったりと空を飛びながらシオンに近づく。
「よくきたね、シオン。虫取り?」
「うん、あと、見て!ちょうつよくなったダンゴムシのだんしゃく!」
シオンが頭の上に乗った男爵を指さして紹介する。
「おやおや、男爵。声を取り戻せたのかい?」
『精霊殿お久しゅうございます、色々ありまして声は取り戻せてございます』
「ふふ、よかったねえ……それでシオン、今日はなんの虫を探したいんだい?」
「えっとねー、タマムシでしょー、カマキリでしょー」
「いいね、君の選ぶ虫はセンスが良い」
「でもだんごむしにはじまって、だんごむしにおわると思うんだよねー、虫は」
「なるほど、一理あるね。奥の深い言葉だ……」
和気あいあいと雑談をする三人。
薄々感じ取ってはいたが、男爵が精霊と呼ぶ謎の存在は、シオンと男爵の存在以外をガン無視している。
「お花摘もうっと」
そう呟くリオネちゃんの顔をちらりと見たが、めちゃめちゃ嫌そうな顔をしていた。だが、邪魔まではせず黙認のようだ。
「お花摘むの駄目なんですか?」
思わず俺はうっかり質問してしまった。
謎の存在はそれには答えなかった。
「シオン、あまり人を連れてきてはいけないと前も言っただろう?」
「ごめんね、でもこれもらったの」
シオンがポケットから何かを取り出す。あ、マギネのあの圧縮甘味爆弾だ。
黒砂糖まみれのあれをポケットに直に入れてるなんて、お母さんが洗濯の時にマジ切れしそうだな。
ティッシュよりはマシだと思うが……。
「ふむ」
半透明の存在は、マギネのお菓子をつまみとると口に放り込む。
「美味い」
半透明なのに、お菓子は口と思しき場所に入った瞬間一瞬で消えた。
どういう原理なのか気になるけど、聞いたら絶対怒りそうだよな。
「でしょー、だからきみにもたべさせてあげたくて。これね、おれのいえのまわりで人気のおかしなんだよ!」
シオンの笑顔に悪意は一ミリも感じられない。
真心から食べさせてあげたかった顔をしている。
「シオンはいい子だね」
半透明の存在は嬉しそうに笑う。相変わらずこちらを向く様子はない。
俺達ってそんなに存在感無かったっけ?
俺はともかく、エルシーさんには華やかな存在感があると思うんだけど。
『エルシーさん、エルシーさん』
俺は最近練習している念話で頑張って語りかけた。
『はい、なんでしょうソウヤ様』
『俺達、無視されてません?』
『されてますね……』
『なんか俺、やっちゃいましたか?』
このセリフを文字通りの意味で使う日が来るとは思わなかったよ。
『わかりません、でも祝福地は気難しいという話は聞いていました。本当のようですね……』
気難しいを通り越して面倒くさく性格が悪いというレベルに達している気はしなくもない。
本人には絶対に言えないが。
「で、男爵はどうなの。ご奉公とやら、うまく行ってる?」
『できておりますぞ、精霊様の長年のご加護合ってのこと。このゴムシー感謝しております』
「うんうん、わかってるなら良いんだよ」
満足げな半透明の存在。
『ダンゴムシの皆は元気ですかな?』
「元気だとも。僕が護っているんだ、当然だろう。困ってたらいつでも戻ってきていいからね」
そんな中、鼻歌交じりでマイペースに花冠を作るリオネちゃん。
いくつもの花を組み合わせて、まるでウェディングドレスに合わせるかのような冠を作っている。器用だなあ。
『リオネちゃん花冠作るの上手いですね』
『そうですね、それにお花を選ぶセンスも良いです。聖樹族の女の子はみんなお花遊びが好きなんですよ』
昔を懐かしむようにリオネちゃんを優しく見つめるエルシーさん。エルシーさんにも花冠作って喜ぶ時代が合ったのかなあ。
めっちゃ見たい。絶対かわいい。写真とかある世界なら良かったのに……。
もし写真のアルバムがあったら諭吉数人なら出せます。
「ここはお花いっぱいあるから好き!」
楽しそうに花を摘むリオネちゃんのその一言に、苦虫を噛み潰したような顔をする謎の半透明。
しかし、俺達には何も言わない。
『困りましたね』
『これじゃソウヤ様を植えさせてくれなんて、言い出せませんね……』
いや全然そんな事無い、俺的には渡りに船。
これでこの冬はエルシーさんと一緒にいられることが確約されるのだ。全然問題ない。
エルシーさんの思惑に反するのが、若干心苦しいが。
よし、じゃあ帰ろう、と言い出そうとした時だった。
「なんなんだ、お前らは。厚かましいにもほどがある! これだから僕は女のエルフは嫌いなんだ!」
半透明の存在は急にキレ始め、俺達はただ困惑するばかりだった。
急に一体何なんだ。




