第22話 魂の在処
「マギネ、そのお菓子何なの?」
エルシーさんが怪訝そうに聞く。
「砂糖ミツバチの巣蜜を丸めて粉砂糖と混ぜて練って、フラワーシロップで煮込んで、バターで揚げて、煮詰めた加糖練乳でコーティングして、黒砂糖をまぶした私のお手製おやつッす。超自信作!」
「……やり過ぎだと思うわ、それ」
エルシーさんが顔をしかめている。まあ聞くからに過剰な糖分だもんな……。
「まだありますよ、食べるッスか?」
そう勧められてエルシーさんは小さな一欠片を口にしたが、ものすごく辛そうな顔をしていた。
「……無理」
エルシーさんも敗北したようだ。わかるよ、その辛さ……。
男爵はさりげなく被弾を避けようとティーポットの陰に隠れた。
あんなのダンゴムシが食べたら体壊しかねない。正解だ。
「そうですかねえ、頭脳労働をしたあとにはなんか効く気がしますよ、うぇひひ……」
アカシアがマギネを援護射撃して、残った甘味爆弾を美味そうにつまむ。
なるほど、味覚が合うならたしかに二人が一緒にお茶しているわけである。怖い。
この二人のお茶会は今後できるだけ避けるようにしよう。
「なんか今の甘いのでめっちゃ萎れた気がする……」
「確かに葉の色艶が落ちている気がいたしますね……」
「そういや砂糖には周りの水分を奪う力があるからな……」
「そいえばそっすね。ジャム作るときに実感するッス。果実にかけるだけで水が出てしおしお〜」
マギネの言葉遣いは壮絶に雑になっていたがもうエルシーさんも突っ込む気力がないらしい。
『お口直しに肉系や魚系を食べてみるのはどうですかな?』
男爵が助け舟を出してくれた。
確かに昨日お肉を食べたあとは葉っぱが艶めいていた気がする。
あと、心から口直しをしたい。何となく水に甘みが残っている気がしてまだ苦しいのだ。
もうしばらく甘いのは避けたい。チョコくらいなら良かったんだけどな……。
エルシーさんがこの前のワイバーン肉の干したやつを持ってきてくれた。
干し肉ってファンタジーフードだよね。俺はもう干し肉って聞いただけでワクワクしている。
少し厚みがあったので、男爵が前のように槍で薄切りにしてくれる。
槍が残像を残しながら閃くと、干し肉が紙のように薄くスライスされていた。
『程よい硬さがあるから前の焼いた肉より楽ですな』
「まあ、男爵、槍の腕はお変わりないようですね!」
「すっげーッス! 魔王の首をはねた伝説は伊達じゃないっすね……」
「口の中にいれると溶けるように消えますね、お肉の新境地…うぇひひ……」
あっ、アカシアが俺の肉をつまみ食いした。俺の肉なのに……。
それをエルシーさんが恐る恐る砕いて、少なめに水面に散らした。
やはり肉のかけらが着水すると、ピンク色の燐光を放ちながら底につくまでにはすっかり溶けている。
「あー……美味い。滋味深い……」
さっきの地獄のような甘みが消え、身体は優しい肉の旨味に包まれた。水の中に平和が戻ってきた。
その様子をマギネは真面目な顔で観察すると、スポイトで水を取り、部屋から実験道具を持ってきた。
スポイトで取った水に様々な試薬を垂らしたり、紙に水をつけたりして、しばらく考えこんでいた。
「うーん、若君でこれ以上実験するわけにもいかないから仮説なんスけどね」
マギネは予防線を張った。
「本当なら、若君ってまだ土の下のはずじゃないスか」
俺が死体みたいな表現はちょっとやめて欲しい。
「土っていろんな属性の魔力の宝庫なんすよね。土属性っていうくらいだから、土には土属性しかないのかと言うと、地水火風闇聖全部入ってるんすよ、火と風と聖は微量ですが」
「そうなんだ……」
土は土属性だけで出来てると思ってた……。
「人間にも、実は全属性が含まれてるッス。風属性魔法の使い手でも他の属性も微量に持ってるのは普通なんすよ」
あー、話が見えてきたかもしれない。
「それで、あのどんぐりの殻から作ったポーションには強力な聖属性と、触媒の水属性で出来てるっす。本当なら土から微量元素を摂れるはずが、水栽培だと足りなくて、微量属性を補給するために吸収してるのかもしれないっすね」
「栄養の偏りか……。光と水があれば最強の育成ができると思ってたな、俺」
子供の頃口酸っぱく言われた好き嫌いをするな、というのはこういうことなんだな。
「まだ新芽の世界樹に必要な栄養素の殆どが聖属性と水だから、そこまで的外れじゃないんスけどね。それが足りないとそこから先がキツいと思うっす」
「なるほどなあ……でもこれから冬じゃん……」
「春までは今のままで良いと思うっすよ。芽が出ちゃったのはどうしようも無いッスからね。でも、今回みたいにいろいろなものをたまに食べたほうがいいッスね。ワイバーン肉には火属性や闇属性、土属性なんかも豊富ッス」
強くなりたくば喰らえって世界最強の人も言ってたもんな。
「参考になるわね、さすが専門家……」
めずらしく、エルシーさんがマギネを褒めている。
「若君、健康のためにもう一個、手作りお菓子いかがっすか?」
「全力でお断りします」
俺の作戦は基本命を大事にである。
命あってこその最強だと俺は思うのだ。
「お菓子はマギネが自分で食べなさい。せっかく美味しく出来たのでしょう?」
「それもそうっすね!」
そう言っていくつか残っていたあの激甘菓子をお茶もなしに次々に口に放り込んでいく。
俺の致死量には充分届いていそうな量だ。マギネ、恐ろしい子……。
「それでね、シアにもマギネにも聞きたいのよ。男爵の呪いを解呪して人間に戻す方法についてなにか無いかしら」
『……』
男爵は沈黙を保っていた。
「『記録』の中にあれば検索できるとは思うんですけど、そういうのを『記録』に残してあるか、あったとしてどういう言葉で検索するのが良いのか……」
「完全記録の欠点よね……魔法の創始時点からの記録一万年分が全部残ってて、かなりピンポイントに探さないと欲しい情報が見つからないのよね……」
ほんの数十年のインターネット検索でも大分カオスなのに、一万年を人力で探す。そりゃ術者の負担もすごいだろうな……。
「すみません、探してみますが少々お時間ほしいです……」
さっき色々調べてもらったばかりだしなぁ……。無理はさせられない。
「治癒魔法、必要なときは言ってね」
アカシアさんはしょんぼり顔で頷く。
「解呪だけならできると思うッスよ」
マギネが意外なセリフを言う。
「エルシーさんの手の呪いを解いたのと同じように、長時間濃いめの聖属性ポーションにつけておけばいいと思うっす。でも問題があって」
「問題?」
俺の質問にマギネは難しい顔をする。
「人間の魂が200年も別の種類の小さい体積に詰め込まれているのはあんまり良くないんスよね……」
「そうなの?」
「魂って身体の中に別個に収まってるだけの、取り外しのできるものじゃないんスよ。身体の多少の傷は魂には影響しないんスけど、拷問とかに合うと肉体だけではなく魂にも傷がつくッス。それは、なんとなく想像できるッスよね。あと怒られるとお腹壊す子供とか。魂と肉体は基本的には切り離せないんス。基本的には『死が二つを分かつまで』ッス。」
マギネは真面目で深刻な顔をしている。
不穏な予感だけが俺を支配していた。




