第21話 家族の歴史
時間が間違っていたとはいえ、現代に近い方向に間違っていたのだから、何らかの痕跡はあって良いはずである。
男爵が生まれる前の情報ならともかく、男爵になったあとの家の情報が出てこないのはおかしい。家族がいたのなら遺族の話が出てくるはずだろう。
「わかった!」
俺は叫んだ。全員が俺を凝視する。
「検索ワードの問題か」
マギネに先程の検索ワード、ゴムシー男爵家。これが間違っていたんだと思う。
「検索する言葉が間違ってたんだと思う。もっと短い単語で、もっと長い期間を検索すれば良い」
「ソウヤ様、お言葉ですが、検索する言葉が短いほど、検索期間が長いほど術者に負担がかかるのです」
なるほど。やっぱりWeb検索みたいな感じだな完全記憶。魔法も完全じゃないっぽい。それなら、こうしよう。
「ティエライネン王国歴820年、9月以降から825年9月までを、ティエライネンの公的情報の中からゴムシーで検索してくれ」
「む、それなら楽そうですね……」
アカシアもそれで納得してくれたようだ。
「検索開始──」
アカシアさんの目がサイバーパンクに光り、水晶に光の渦が生まれる。
「──ティエライネン王国歴820年12月。国王ユーミル十二世の命令により、騎士団長、ダン・ジャック・ゴムシーの国葬が執り行われる。ティエライネン首都大聖堂において、参列者数万人を超える同国史上最大規模の葬儀となった」
先程までの陰ボイスとは違う、機械的な音声が流れる。
それを聞いた男爵は身を震わせていた。
『わが王……!』
男爵はそれしか言わなかったが、俺にはわからないくらいの大量の気持ちがこもった一言だったんだろうな。
アカシアさんのアナウンスのような検索は続く。
「──ティエライネン王国歴821年五月、国王ユーミル十二世の勅命により、ゴムシー男爵の生前の活躍の褒美として、新たにゴムシー伯爵家を設立。ゴムシー男爵夫人をゴムシー女伯爵として遇することを宣言する」
その後も、情報は続いた。ゴムシー伯爵家は名門として続き、ゴムシー女伯爵は死ぬまで慈善活動に励んだという。
もちろん、ティエライネン王国も、国王は七代変わったが、まだ現存している。
『王国も我が家も、まだ続いていたのですな……』
ダンゴムシに涙腺はないと思うが、なんとなく男爵は泣いている、そんな気がした。
男爵の事を誰も忘れていなくて、本当に良かった。
「これからは伯爵とお呼びすべきかしら?」
『いや、男爵で構いませんぞ』
「うふふ」
「いやー、やっぱ魔王殺しは伊達じゃないっすね! すごいっすね!」
良い空気感が流れた。よし、このまま解散に持ち込みたい。
俺はあえて何も言わないでいる戦術を選んだ。
「あ、忘れてたわ」
エルシーさんが急に素に戻った。
「そういえばソウヤ様、お肉、どうやって食べたんですか……?」
「肉!?」
「若君様が!?」
マギネとアカシアもドン引きしている。
そうだよな、俺は一見するとガラス瓶で水耕栽培されてる草だからな……。世界樹が実は、肉食植物でした! とか言われたら怖いよな。
でも肉美味しかったんだよ。
イイハナシダナー、で終わってほしかった。
忘れててほしかった。
沈痛な空気が漂っている。
俺に原因が八割位あるのでお叱りが発生するのはどうしようもない。
慣れてるとはいえ、綺麗なお姉さんの顔を修羅に変貌させるのは心が痛むものだ。
数分間沈黙が場を支配していたがそれを終わらせたのはエルシーさんだった。
「それでねマギネ、ソウヤ様がお肉を食べたらしいんだけど、それで変な影響が出てないか、調べられるかしら?」
「そもそも、どうやってお肉食べたんすか? 口も歯も手もないじゃないッスか」
マギネは半信半疑の顔をしている。
「ソウヤ様、ご説明を」
有無を言わせぬ口調のエルシーさんに、俺は逆らう事など出来なかった。
「ええと」
俺は昨晩のことを白状した。男爵にお肉をみじん切りにしてもらい鯉の餌宜しく水(どんぐり汁入り)に撒いてこと。
すると肉がピンク色に光りながら溶けてそれが猛烈に美味で、腹がが満たされるまで男爵と二人で肉を貪り食った事を。
「肉が、光る……?」
「そもそも細かく刻んだとしても溶けますかね……?」
マギネとエルシーが怪しい通販広告を観るような顔で俺を見ている。
嘘じゃないもん。ほんとだもん。
「やってみれば良いんじゃないですか? 一口くらいなら入れても大したことにならないんじゃないですかね……」
アカシアの一言で、実験をしてみることになった。
「とりあえずこれでいいッスかねえ。ただのお菓子だし、大丈夫でしょう」
マギネは雑にさっきのお菓子の食べ残しをつまみ、ぱらぱらと俺の入っているガラス容器の水面にちらした。
昨日が鯉の餌なら、今日は金魚の餌だな。
お菓子のカスが、水面に広がり水を吸って底に沈んでいく。
すると、ふわっと黄色の燐光がお菓子のカスを包み、底につくまでにはお菓子のカスは消えていた。
「あっ……」
なにか全身を包む衝撃に思わず声が出る。
「やはりお体に障りましたか!?」
俺はあまりの衝撃に、二の句を継げなかった。
全身に衝撃が走り、全身が反応をストップし、数秒経ってやっと言葉が出てくる。
「あっっま! 甘すぎ!! 甘すぎて根に沁みる! コーヒー、コーヒーください!」
急に苦しみだした俺に、全員が怯えている。
体全体に、甘味が染み渡るという生前一度もなかった体験。
海外の容赦のない甘いお菓子を歯と舌と脳ににぐりぐりと塗り込まれていくような、あまりの強さに苦しみと勘違いするほどの暴力的な甘味だ。
練乳をかけた砂糖を体中の神経に塗り込まれたらこんな感じで苦しみを得られるかもしれない。
「ぐああああああ! 甘い、甘い、甘い!」
水の中で、逃げ場を求めて俺の根っこが不気味に蠢いている。
「うわあああああ、助けてくれええええええ、甘すぎるううううう!」
叫んでないと、甘みに精神が持っていかれそうなのだ。
なにせ体の神経全てを甘い水で包みこまれている。
「そんな甘いッスかねえ、美味しいと思うんスけどねえ」
残りカスをペロペロ舐めてマギネが呟く。
「俺は甘いものはコーヒーがないと無理なタイプなんだよぉ!」
いや、このレベルはコーヒーがあっても無理かも。多分無理。
「コーヒーってなんですか、ソウヤ様!」
「コーヒーないのかこの世界! じゃあお茶! あるなら苦いやつ!」
エルシーさんは慌てて眼の前のお茶をこわごわ注ぎ入れた。
茶色いお茶が注ぎ込まれると緑色の燐光を放ち、無色透明になりガラス容器の水と同化していく。
「はー……落ち着いた……」
俺はやっと息を付いた。お茶の味で大分甘味の刺激が紛れて助かった。
甘味のショックで死ぬかと思ったのは生まれて初めてだ。まだ根っこがゾワゾワする感じは残っている。
「助かった……」
俺は今生きていることに感謝する。
甘すぎてショック死とか、想像したことがなかったけどかなり辛い死に方だ。
あのお菓子があとちょっと多かったらあり得たかもしれない。
心臓があったら止まってたと思うレベルだ。
……本当に植物で良かった。




