第19話 性格の悪い呪い
ダンゴムシには声帯がない。身ぶり手ぶりか念話しか方法がなかった。
そして、念話にはある程度の魔力が必要であり、呪われた上に小さな身体ではその魔力を出すことができなかった。
小さな体から発せられる魔力には限界があり、小さな身体の生き物は小さな体の生き物としか会話も念話も出来ないのだと言う。
どんぐり汁に洗われ、治癒魔法をかけられた結果、ちょっぴり大きくなり生前の魔力の一部を取り戻すことが出来たらしい。
『念話が出来たことに気がついたときには本当に嬉しゅうございました』
森のリスに念話で話しかけると、俺のいる家のことを教えてくれたらしい。
ちなみに念話は高位の術師には傍受されることもあるらしいがしないのがマナー。
ある程度以上の魔力を持った生き物には念話は通じるらしい。すごいな、異世界。
解呪のおかげか体も少し大きくなったので急ごしらえで装備を整え、俺にお礼を言いに来たのだという。
「魔王の首を跳ねたあと、急に消えてしまった男爵を私達もずっと探していたのです。ごめんなさい、私、男爵達を見つけられなくて……誰とも意思疎通できないまま、不自由なダンゴムシの姿で人間が二百年以上も過ごすなんて、どれほどお辛かったことか……私には想像もつきません」
『なに、おかげで魔王が倒された世界でエルシー殿とお会いできましたからな』
ダンゴムシとしての生活は辛かっただろうと思うのだが、男爵はそれをおくびにも出さなかった。
「でも、ご家族ももう……」
平均寿命が五十年の世界での二百年。子孫が残っていても、もう誰も男爵のことを覚えていないかもしれない。
それは千年を超える時を生きるエルフには想像もできない孤独な世界だろう。
『良いのです。子孫が一人でも残っていれば……いや、ティエライネンの民が一人でも生き残っていれば、我らの勝利といっても過言ではないでしょう』
「でも私、魔王が嫌なヤツってわかってたのに。魔王ならそのくらいの呪詛を放つって想像できたっておかしくなかったのに……」
泣き崩れるエルシーさんの気持ちも、泣き崩れるエルシーさんを優しく労る男爵の気持ちも、うっすらとは想像できるがそれ以上にはわからない。
二人の間に、同じ戦いを生き抜いた者同士の絆があるのが、少し俺には羨ましかった。
『こうして再会できたのも、若君のおかげですな』
「そうかもしれませんね」
しみじみと二人が語り合っている。よし、今だ。
「そういうわけで、二人で出会いの記念にお肉を食べたんですよ、エルシーさん。美味しかったです!」
「なるほど、そうだったんですか……」
「って通ると思いますか!?」
「本当にすみませんでしたぁー!!」
俺は双葉を思いっきり下げ気持ち的にスライディング土下座をし、エルシーさんが許してくれることを天に祈るのだった。
「もう、ソウヤ様はなんで事前に相談したり起こしたりしてくれないんです!?」
「いや、だって。男爵は悪気のあるダンゴムシに見えなかったし……」
「悪気のあるダンゴムシだったら今頃この世にいないかもしれないんですよ!?」
悪意のあるダンゴムシ、そんなにいるか? と思ったが火に油を注ぐであろうことが目に浮かんだので言及は止めておいた。
「あとエルシーさん、ゆっくり夜眠れるの久しぶりっぽかったから、ゆっくり寝かせてあげたくて……」
俺の言葉にエルシーさんは一瞬で顔を真っ赤にし、何かをゴニョゴニョ言いつつも、なんとか凛々しいお顔に復帰させることに成功。どっちもかわいいので俺的には問題ないです。
「ソウヤ様はそういうことを気にしなくていいんです!」
その後、色々お説教されたが俺の耳にはエルシーさんが可愛い心配症お姉さんという情報しか入ってこなかった。
ブラック企業で得たお叱りを聞き流すスキルが生きたな……!
『まあまあエルシー殿、若君に肉をおすすめしてしまったのはわしですから、わしにもその責の半分はあるといえましょう』
男爵も俺を弁護してくれた。いい人だな……。
「男爵の呪いもどうにかせねばなりませんね」
『わしのことはお気になさらず』
「いいえ、男爵が元のお姿に戻れればティエライネンへ凱旋もできるでしょうし、子孫の方とご面会も叶うでしょう」
『ふむ、それは別に……』
わからんでもない。もう誰も生きてる知り合い、いないだろうしな……。俺も、異世界にいる理由、それに近い感じだしちょっとわかる。
「それに、魔王は封印されただけなのです。まだ、私達はあいつの息の根を止められていないのです……」
心苦しそうな顔のエルシーさん。
『なんと……』
驚愕する男爵。
『わしが言うのもなんですが、なんとも生き汚い……』
エルシーさんが簡単に男爵がダンゴムシに変えられたあとの話を説明する。
魔王はその首と四肢を切り離しても死ななかったこと。エルシーさんに呪いをかけたが心臓だけは潰しても焼いても復活し呪いを放ち続けたこと。そして、ティエライネン王国が守護していた若い世界樹の種二つをどこかに隠したまま行方不明な事……。
『わしがいない間にそんなことが』
男爵はがっくりと膝を落とす。明らかに俺が声をかけられる雰囲気ではない。
「ですが希望があります」
エルシーさんは男爵に強い口調で語りかける。
「扶桑様の若君、ソウヤ様は生まれながらに類まれなる力を持ち、種……どんぐりの頃から言葉を発しておいででした」
『おお、なんと……!』
そういう褒め方にも慣れてきたが、男爵も驚いていた。
やっぱりどんぐりが喋るのはやべーんだな。いい方にとらえてもらってるからよかったけど、一歩間違えば魔女裁判みたいになってたかもしれない。そうならなくて本当に良かった。
「そして若君のお力で作られたポーションのおかげで、私と男爵の呪いも解けたのです」
あのどんぐり汁にそんな力があるの、今でも信じられないんだよなあ。
俺はふと、マギネを思い出した。どんぐり汁の作者であるマギネなら、何かいい感じの手がかりを持っているのではないか。
「マギネに聞いてみたらどうかな」
全会一致で三人でマギネの元に向かうことになった。