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第18話 戦友との再会



 大々的になぜか響く俺の腹の音。


『ふむ。若君様もお腹が空いておいでですかな?』


「空いてます……。でも、流石に食べ方がわからなくて。あと植物の俺が食べても良いのかなって」


 男爵は少し考えていたようだが、更に槍を閃かせた。細切れだった肉が、ひき肉のようにみじん切りにされた。


 みじん切りになった肉をひとつかみすると、男爵は槍を支点に一気にガラス容器の上まで飛び込んでくる。


 いくら元の体重が軽いからとはいえ、あまりに身軽だ。

 もし人間ならオリンピックの体操選手とか、いけるんじゃないだろうか。そのレベルだ。


 男爵はガラス容器の上に器用に立つと、みじん切りになった肉を鯉の餌のように水面に投げ入れた。


『これならどうですかな』

 水面に肉が着水するとみじん切りになった肉を薄くピンク色の燐光が取り巻き、底に落ちきる前にシュワッと溶けていく。


 なんじゃこれ……。と思ったときだった。

 俺には口がない。もちろん舌もない。なのに。


「う、う、う」

『う?』

「うっまあああああああああああああああ!!!!」


 身体に、全身に「旨味」が駆け巡るような、衝撃の感覚が広がる。


「なにこれめっちゃ美味しい!」


 和牛と鹿肉と高級豚肉を足して三で割らないような、強烈な旨味の感覚が全身を刺激する。こんなに美味い物があって良いのかと思うほどにうまい。中毒になってしまう……。


『美味しいものも、人と食べれば更に美味しく感じるものですからな』


 男爵はさもありなんと頷いている。


 そういえば、同期の吉田さんと行ったファミレスのハンバーグも、感動で後日同じものを注文したのに、一人で食べると味が全然違ってがっかりした。

 一人じゃない食事って良いものだな。何ヶ月ぶりだろうか。


『でも確かにこの肉は美味い! よく処理されており臭みもありませんな!』

「わかる、焼き加減もいいよね! 冷めてるけど!」

『我ら焼き立ては食べられませんからなあ!』

「確かにー!」


 二人で声を合わせて、大笑いした。


 この世界に来て、初めてまともに楽しい食事をしたかもしれない。

 どんぐり汁も(原料を考慮しなければ)美味しかったけど、聖樹族エルフの皆様に見守られつつ一人でちゅーちゅー吸ってるだけだった。

 楽しいってのとはちょっと違うんだよな。


 そうして、男爵と俺は朝が来るまでワイバーンの肉をじっくり堪能したのだった。




 気がつくと眠り込んでいたようで、深夜だったはずの部屋は爽やかな朝の光に包まれていた。


 なんか、お腹いっぱいになったあと爆睡するのって謎の気持ちよさがあるよな。

 そんな事を思いながら、ふと何かを感じ視線を向けた。


「ソウヤ様」


 あっ。エルシーさんがすごい顔をしていらっしゃる。


「おはようございます」


 俺はしらを切り通す作戦をチョイスした。


「おはようございます」


 素敵なお返事をいただいたが、表情は変わらずすごい。怖い。

 原因は薄々理解している。気がする。


「お肉、見るだけじゃなかったんですか?」


 皿の上には四分の一に量を減らしたワイバーン肉が盛り付けられている。


「それがですね、そのぉ……お客様がいらしてですね……」

「お客様?」

「あちらのお客様です」


 根っこで指し示した先には、昨日のダン・ジャック・ゴムシー男爵が油断しきった様子で眠っている。

 あまりにすやすやころころ眠っていて、野生で生きていけなさそうでちょっと心配になるな……。


「……ダンゴムシですか?」


 エルシーさんはダンゴムシを恐れない。ひょいとつまみ上げる。


「ずいぶん大きいですね」


 怪訝な顔をするエルシーさんの視線をうけて、やっと男爵が目を覚ました。


『おはようございます!』


 男爵は今日も朗々と声を張り上げている。


「きゃっ! ダンゴムシが念話を!?」


 あ、この世界でも喋るダンゴムシは異端なんだ。俺はそっちの方に驚いたよ。

 それにしてもエルシーさんのびっくりする顔は初めて見た。男爵はいい仕事をしている。

 褒めたい。びっくり顔も可愛い。


『おや、其処なるエルフ殿』


 つままれたまま、堂々と男爵は声を掛ける。


『もしや御身はエルシー・リーファス・リュクス殿では?』

「えっ」


 エルシーさんが更に目を丸くする。


「はい、そうですけど……。ダンゴムシさん、貴方はどなたかしら」


エルシーさんは明らかに動揺している。


「ごめんなさい、ダンゴムシの知り合いには心当たりがなくて……」


『この身でお会いするのは初めてですな』


 男爵は華麗に一礼する。


『ティエライネン王国騎士団団長、男爵ダン・ジャック・ゴムシーにございます。200年くらいぶりにございますな、エルシー殿』

「えっ、男爵……!? 何故そんなお姿に?」

『話せば長くなりますな』


「エルシーさん、男爵と知り合いなの!?」

「はい、男爵には命を助けていただいたことが何度も……」


『魔王と戦ったときにご一緒したのですよ、若君』


 男爵は昔のことを話してくれた。




 二百年以上前、男爵は人間であったと言う。

 槍を極め、下級貴族から槍の腕一本で騎士団長に上り詰めた。

 ティエライネン国王の覚えもめでたく、国は平和だった。しかし、魔王侵攻が激化してからは対魔王戦の最前線に立ち続けていたと言う。


『二百数十年前のこの世界では魔王とそれ以外との最終決戦が繰り広げられており、私は騎士団長として戦っておりました。なんとか、皆の努力の甲斐あって十年をかけて魔王を追い詰めることに成功したのです』


 しかし、一筋縄では行かなかったようだ。


『魔王は死にかけたフリをして、エルシーと世界樹様を特別の呪詛で狙ったのです』


 そういえば、エルシーさんの手の呪いも二百年前に受けたって言ってたな……。


『避けろ、と叫ぶ手も考えました。しかし、魔王の呪詛に気がついていたのは私だけ。叫んで理解させるにはあまりにも時間が足りず……私は説明を諦め伝家の槍を持ち、魔王の首を切り捨てました。魔王は首をはねただけでは死にませんが、時間稼ぎにはなりました。そして呪詛の狙いは外れ、エルシー殿と世界樹様に降り注ぐはずだった呪詛は、無事私めに直撃したのでございます』


 俺はびっくりして、しばらく黙りこくっていた。ようやくのことで、疑問を口にする。


「本当にすごい勇者だったんですね、男爵は……しかし、なぜダンゴムシになってしまったんです?」


『魔王の呪いはこうでした。"虫けらに生まれ変われ。お前の愛するもの全てが苦しみ果てるのを何もできず虫けらの身体の中から見続けるがいい"そして私はダンゴムシに変えられてしまい……誰にも気が付かれずに二百年以上が経っておりました』


 幸い、エルシーさんの荷物に紛れ故郷に近い今の土地に流れ住んだ。

 二百年以上の間、土地の精霊以外の目に止まることもなく、土地の精霊のお世話になりつつダンゴムシとして過ごしていたらしい。


 そんなとき、世界樹の若君が生まれたという話をエルフの子供が喋っているのを聞いた。


 『かっこいい虫あげたい! ダンゴムシとか絶対にかっこいい!』


 そう叫んでいるのを聞きつけて、運を天に任せ子どもの手のひらの中に飛び込んだという。


 そして、あの薄めたどんぐり汁には解呪の力があった。

 水流の中で一時は死を覚悟したが、引き揚げてもらって治癒魔法を掛けられた時に掛かっていた呪いの一部が解けていた。


 森にそっと戻された後、弱いけれども、念話も出来るようになっていたという。

 



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