第16話 肉食系の若葉
三日目の午後は穏やかに過ぎた。
俺のガラス瓶が置かれている窓の前の広場では、この前の残り湯をマギネがポーションにするための作業をしている。
ポーションを作るために小分け瓶に入れていくだけでふわっと光が広がる。
まだまだファンタジー世界に慣れていない俺には瓶詰めだけでもエキサイティングな光景だったが、見慣れている子どもたちはつまらなさそうに手伝いをしていた。偉いなあ、子どもたち。
俺も手足があれば手伝うんだが……。
その更に向こうでは、初日のワイバーンを解体する作業が行われていた。
遠目なのと、血抜きは終わっているのとで思ったほどグロくなかった。良かった。
「解体が終わったら、食べる分を残して人間やドワーフの村に売りに行くのですよ。ワイバーン肉は栄養があって、干し肉とかにすると冬食べるのにいいんです。あと、皮はドワーフが買ってくれますし、骨は矢じりに出来たりして捨てるところがないんです」
「エルフって肉、食うんだ」
ちょっとした驚きだった。
俺の知ってるファンタジー創作のエルフは草食が多かった気がする。
「はい、食べますよ。昔は食べなかったんですけど、千年くらい前に聖樹族もたまには肉を食べたほうが健康になる、という研究をした学者がおりまして。確かにたまに食べると、風邪や貧血、虚弱体質で寝込む者が減ったんですよね」
ファンタジー世界のエルフもやっぱりタンパク質はあったほうが良いのか。人間に近い形してるもんなあ。
「味は果物や野菜の方を好む者が多いんですけどねえ。子供なんかは嫌がってお肉食べなくて、親は怒ってでも食べさせたりしてますよ」
まるっきり人間と逆で面白い。人間の子供は逆に野菜を嫌がったりするもんな。
俺も子供の頃はピーマンが嫌いだったりした。今は好きなんだけどな。
「俺は人間だった頃、肉が好物だったんだ。食べられるのが羨ましいよ」
心からの本音でそう言った。
「そうなんですね。覚えておきます。大きくなって、写し身を出せるようになったら食べられるかもしれませんね」
「早く大きくならないとなあ……」
結局はそこに尽きるんだよな。
早く大きくならないと、何一つ自由にならない。
わかってたことだけどちょっと辛い。この辺の子どもの辛さは、長寿になることによりさらに辛いのかもしれないな。子供期間は楽しいけれど、不自由なことも多い。
その点では人間も悪くないかもしれないな。
日が落ちて夕食の時間になった。
エルシーさんの今日の夕食はワイバーンの肉を焼いたものと、野菜のスープらしい。
肉が焼ける匂いの蠱惑性は、種族の壁を超える。
「めちゃめちゃいい匂いがするよぉ……匂いだけでお腹が空く……」
どんぐり汁入りの温水に、お昼の間の温かな日差し、そしてエルシーさんが倉庫から出してきてくれた魔法のランタン。
これだけあれば、植物の育成としては問題がないはずである。
しかし、肉の香りは生死の壁を超えて俺の魂を刺激する。
「エルシーさん、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから、お肉食べたい!」
まだふたば組さんも卒業できていないのに、俺は肉を所望する獣と化していた。
口も歯もない。どうやって食べるのかもわからない。だが魂がそれを求めている。
「いけません! これはソウヤ様の食べ物ではございません!」
「だって匂いが!」
「なんで双葉のソウヤ様に嗅覚があるんですか!」
エルシーさんはド直球の正論で俺を攻める。俺にだってわからないよ……。
なんで嗅覚があるんだよ……助けて、扶桑さん。
「わかんないよおおおお、でも、肉うううううう」
例えるなら、空腹のおっさんの前に並べたタレ付きカルビ焼肉with白飯。それを食べさせないという拷問。
そんなの絶対我慢できないに決まってるじゃん。今の状況はそんな感じだ。
焼肉の匂いを嗅ぐと、無いはずの腹がぐうぐうと鳴る幻覚すら感じる。
どんぐり汁や光では、俺の魂は満足しないのだ。
「肉、肉、肉うううううううう!!!!!」
俺のみっともない叫びが、夜更けの集落に広がるが、エルシーさんはそれにも負けず俺が肉を摂取することを拒否する。
「じゃあせめて…一晩だけでもいいから目の前にお肉置いておいてください……せめて目でお肉愛でたい……」
肉への予想外の執着を見せる俺に、エルシーさんもやや引き気味だ。
「はぁ……仕方ありませんね……」
エルシーさんは少しだけ折れて、あきれつつも一切れのお肉を小皿に乗せて保管魔法をかけてくれた。羽虫や腐敗の害からお肉を守るためだ。
「今晩だけですからね!」
そう強く念押しされる。
でもお願いを聞いてくれた。
エルシーさんは世界樹の守護者だ。未成年の俺よりも立場は強いだろう。体に影響がありそうなことならなおさらだ。
駄目です! と言い切って全部食べてしまったり、捨てることだって出来たはずだ。
でも、しなかったのだ。
「ありがとうございます」
俺は心からの感謝を伝えた。
ランタンの明かりを豆電球位の明るさに落とし、俺とエルシーさんは眠りにつく時間になった。
俺は寝るときに少しでもいいから明るくないと寝付けないタイプなのでお願いしている。
エルシーさんはどこでも寝られるタイプらしく、すぐにすやすやと安らかな寝息が聞こえてきた。薄明かりに浮かぶエルシーさんの寝顔は安らかでほっとした。
薄暗がりの中で、俺はワイバーン肉の切れ端を眺める。
よく焼きの表面に何かのハーブのようなものがかかっている。味は想像できないがすごく美味そうだ。
俺は肉には色々な思い出がある。
高校の合格祝いに両親と祖父母そろってちょっといい焼肉に行ったこと。
祖父母の家でバーベキューをしたこと。
母が誕生日の時に俺の好物の唐揚げを揚げてくれたこと。
(もう肉も食べられないんだろうな……)
ハンバーガーの肉いっぱいバーガーを学生の頃の悪友と食べたり、学生同士の忘年会(大人になったからやってみたい!という動機だった気がする)でしゃぶしゃぶをしたり。
社会人になって自炊する元気もなく、毎日栄養ゼリーと栄養クッキーで食事をすませ死んだ目をしていた時、同期の吉田さんに誘われて食べたファミレスのハンバーグで生き返るような思いをしたこともある。
節目ごとに肉はいつも俺のそばにいて、俺の生活を支えてくれていた。
俺にとって肉は、楽しい日常の象徴だったのかもしれない。
今までの肉への感謝を込めて、俺は心のなかで手を合わせた。
(ありがとう、肉……!)
俺が食べられないのは残念だが、きっとエルシーさんが朝ごはんにすると思う。
俺に食われるより、エルフのお姉さんに食べられたほうが、肉も本望だろう。
肉となったワイバーンが成仏するように、俺は祈った。異世界に成仏という概念があるかは怪しいが。
(そろそろ俺も寝るか、もう何もないだろうし)
絵画のようなエルシーさんの寝顔を観ながらうとうとしている、その時だった。




