第15話 植物と虫
「虫やだあああああああああああああ」
俺の残念な絶叫が、集落に響き渡っていた。
昨日はものすごい無様な様子を大勢に見せてしまった。
でもどうしようもない。
人間の魂に刻まれている虫嫌いがそんな簡単に直るわけがないのだ。
ちなみにあの後、ダンゴムシを水にぶち込んできた子供は
『あれは若君のご飯でお布団なのよ? あなたはベッドとスープにダンゴムシを入れられたらどうするの? 嫌でしょう? 』
とエルシーさんにすくい上げたダンゴムシを目の前に突きつけられて叱られていた。
もちろん花びらを入れまくった子も叱られていた。
確かにあの水は俺の寝床でもあり、食事でもあるもんな……。
ダンゴムシ定食、秋の終わりの花びらを添えて。
そんなメニューが思い浮かんだけど、1ミリも食欲はわかない。
ちなみにあのダンゴムシは、一匹も死なずに無事生き延びたらしい。
良かった。あれで死んでたら若干寝起きが良くないもんな。
翌日はさすがに多少平和になって、ダンゴムシキッズ──シオンという名前らしい──が今度は玉虫を持ってきた。
子供ってなんで虫が好きなんだろう。
昨日のダンゴムシウォーター事件に比べれば、見た目がきれいな玉虫を一匹二匹見せられるだけなら全然平気だ。経験は人を強くする。
こちらの玉虫色は様々な色をしているらしく、中でもシオンのお気に入りは『ルリオーロラタマムシ』という。
薄い水色から青、青緑に変化する構造色が美しい。
そういえば、子供の頃の家族旅行で玉虫厨子を見た記憶がある。
「へー懐かしいな玉虫」
「若君さまも玉虫好き?」
「いや好きでも嫌いでもない。でも綺麗だよな羽とか」
「わかる! 剣みたいでかっこいい!」
「俺のいた国では厨子に使われてたな」
「ずし?」
「大事なものをしまう箱だよ」
そんな他愛もない話をしながら、なんとなく玉虫厨子という和風な単語を口にして、ふと扶桑さんの事を思い出した。
日本のこと扶桑って言い換えるファンタジー作品、結構あるよね。
「エルシーさん、扶桑さんのことについて聞いて良い?」
「はい、私の分かる範囲でよろしければ」
ひゅん、と俺は自由に動かせるようになった細く長い根っこのうち、一つを水によくつけて、テーブルに水で字を書いてみせた。
『扶桑』
「これ、読める?」
「……いえ、初めて見る文字ですね」
この世界に漢字はないのか。
「これは、俺の生前住んでたの国の文字で『ふそう』って読むんだけど……あんまり、こっちの国になさそうな単語だよね。扶桑さんってどこから来た人なのかな、って」
「なるほど。そういうことですか」
エルシーさんは納得しながら教えてくれた。
「扶桑様は一万年ほど前に、こちらにおいでになった聖樹様です。元々はソウヤ様と同じ国においでだったのだそうで、元々の国でも御神木、と崇められていたそうですが、お城を作るということで切られてしまったのだそうです。しかし別の世界樹がその力を惜しみ、この世界にお招きしたと聞いております」
一万年か、気が遠くなる程遠い時間の話だ。
「しかし、俺のご先祖に関係がある、といってたけど一万年前かあ」
「一万年前にこちらの国にいらしたときには、すでに二千歳を超えていたとお聞きします」
「うーん、じゃあもっと前かあ……歴史の教科書にも残ってないほどの、とんでもない昔の話なのか。そんな昔に、俺の先祖が何をしたんだか……」
「扶桑様にお会いしたときに聞いてみると良いと思いますよ」
「そうする」
でも俺はふと思い返す。
一万年前に、日本で、樹齢二千年を超えるような樹を使う城、どうやって建てたんだ?
日本史を真面目にやってなかったから覚えてないけど、卑弥呼の時代より前じゃないのか?
トンデモ陰謀論雑誌とかだと、日本の超古代文明!とかやってるけど、それにしても一万年以上前は盛りすぎではないのか。
うーん、色々考えたけどわからん。もうちょっと日本史真面目にやっておくべきだったろうか。
やってたとしても俺の先祖が日本史に出てくるような人物だとは思えないんだよな。お祖父ちゃんの代までは立派な庶民で林業とか農業やってたらしいし。
考えてる最中に、またシオンがやってきた。
「若君! そのずしってやつ玉虫を何匹くらい集めればつくれるの?」
ああー、綺麗だもんなあ。
作ってみたくなる気持ちはわかる。俺も子供の頃作りたい!って考えて調べたことあるの思い出したわ。
「何匹だったかなあ。六千匹とかだったような気がする」
「……そんだけ多いときもち悪くない?」
シオンの言うことに、全く反論できなかった。
いくら綺麗とはいえ、なんでそんな何千匹も虫を捕まえたんだろうな。
「そうだね、謎だな」
玉虫の話はそこでおしまいとなり、エルフの子供が何をして遊んでるのかを聞いたりした。
普段は花を摘んで魔法でちらしたり、かけっこや鬼ごっこ。花冠を作ったり、花の蜜を集めて舐めたりしているらしい。弓矢ごっこもしたいが、まだ親に止められているそうだ。
魔法と弓矢以外は田舎の小学生みたいで微笑ましいな。
エルフの集落には同年代の男の子供はシオンしかおらず、少し年上の兄と女の子が三人いるらしい。
なので、シオンの好きな遊びより、他の女の子に合わせた遊びばかりしていたようだ。たまには彼も、自分の望む方向の遊びをしたかったのかな。
「だからさー、おれ、若君がきてうれしかったんだよね」
なるほど、たしかにそれは、嬉しさで大事なダンゴムシあげよう! とか言う気持ちになるのもわかっちゃうかもしれない。でもダンゴムシはやめてほしい。
「虫の話とかできるのうれしい」
シオンの兄は虫の話を好まないらしい。
「俺もあんまり詳しくないけど、昔は虫取りとかもしたからね。すこしは話できると思うよ」
「やったあ!」
シオンは満面の笑みを浮かべた。挙動が子供らしくて可愛らしい。
「まだおれ、にじゅうはちさいだから、今まで集落で一番ちいさくて、自分より年下の友だちができたのはじめてかも!」
「にじゅうはちさい」
俺は思わず真顔で復唱してしまった。
俺の享年は二十七と十ヶ月でした。
人間と、エルフの年齢差、えっぐいなあ……。
「エルシーさん、言いたくなかったら良いんだけど、聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「聖樹族の人たちって、寿命どのくらいなの?」
こういうのは割とセンシティブな問題な可能性があるので気をつけて聞くことにした。
「うーん、個人差が大きいですからねえ」
返ってきた反応は微妙なものだった。
「個人差?」
「はい、聖樹族は聖樹にお仕えしている影響で、通常よりも長生きすることが多いんです。なので、二千歳とかになる人もいますね」
「にせん」
俺の語彙力はまた低下した。そんなの紀元元年からミレニアムになっちゃうじゃん。
二千年あったら日本が古墳時代から現代になっちゃうよ……。
「聖樹にお仕えしていないエルフ族は1000歳ほどですね」
「それでも、せんさい」
俺の小さな双葉では処理しきれない時の流れに、俺は思わず空を見上げた。
「ち、ちなみに人間とかも長生きするの? ドワーフとか人間もいるんでしょ?」
「人間はすぐ死んじゃうんですよね……。50か60年くらいですかねえ。長生きな人でも百歳とか。聖樹の近くに住んでる人でも120歳とかですかね」
あ、やっぱり人間は儚いんだ……。でもなんか親近感あるな。
「ドワーフは500歳くらいです」
エルフのでたらめな寿命に比べればまあ普通に見える。いや500年? 普通に長いよ。
江戸幕府が余裕で始まって終わるし、明治時代もおまけに付けられる……。
「聖樹の周りにいると長生きになるのはなんで?」
「聖樹が成長した後、周りを歩いて100日以上の範囲は、天候操作魔法の範囲で……神の加護とも言われておりますが、とにかく天候が安定してるんですよね。だから食べ物とかにも不自由せず、魔獣なども出没しにくく、樹からでる聖属性の空気のお陰で浄化されて病気にかかりにくいんですよ」
成長した俺、なんかすごいらしい。成長できれば。
「ちなみにエルフの成人年齢って何歳くらい?」
「百歳くらいですかねえ。特に決まってはいなくて、四捨五入して百を超えたうえで、成人と自分で決めれば成人なんですけど」
百歳。そりゃあ俺がキッズに仲間扱いされるわけだよ……。
「俺さぁ、享年二十七だったんだよね……」
「お若いのにしっかりしておいでなんですね!」
そこ、褒めポイントなのかなあ……。
褒められたのだから、喜んでおくべきか。
「そういやシオンが自分よりも年下で嬉しいって言ってた」
「シオンは他の子より十歳くらい年下で、年の近いお友達がいなかったからなおさら嬉しいのでしょうね。ソウヤ様、よろしければシオンと仲良くしてあげてくださいませね」
あの子達、同じくらいの年齢だと思ったら十歳も違うのか。それはシオンもさみしいだろうな。
俺も子供の時、夏休みに親の実家に遊びに行ったら、年上の親戚しかいなくて遊び相手もおらず、山や川で一人で遊んでいた記憶がある。
あれはあれで楽しかったけど、共有できる相手がいればもっと楽しかっただろうな。
「わかった、子供の頃を思い出して頑張ってみる」
エルシーさんの顔がぱっと明るくなった。よかった、喜んでもらえて。
エルシーさん、俺のお世話の他にも昼間も村の仕事を手伝ったり、他の村の人とやり取りをしてるのに、集落の子供のことも気にかけているの、すごいよなあ。
俺なんか社畜だった頃、自分のことでいっぱいいっぱいだったよ。
すこし見習って、ちょっとは俺も社交的になっていきたい。
そしてもうちょっと陽キャになり子供の無茶振りも、笑ってスルーできるような……いや、ダンゴムシはきつい。
思わず正気に返ってしまった。
自然の中のスローライフ、虫という敵がいるの、すっかり忘れてたなあ……。




