第14話 若葉と子供
後悔しきりな俺にエルシーさんが優しく語りかけてくれる。
「確かにソウヤ様は常識からは外れていらっしゃいますね」
あ、やっぱそうなんだ。知ってたけどちょっと泣く。
「でも、そのおかげで私は救われましたから」
エルシーさんは手を見せた。傷一つない、美しい手の甲。
昨日までは魔王に呪われていた手……。
「聖樹族は旧習と掟を重んじる種族ですが、それでは救われないものもあり、生まれないものもあると知りました。だから、ソウヤ様はのびのび自由にお過ごしください。やったら死ぬような事をしようとしているときは、必ずお止めいたしますので」
「そっか、迷惑だけかけてるんじゃなくてよかった」
俺は心からホッとした。
「わからないことがあれば何でも私や聖樹族の者にお伺いくださいませ。できる限りお答えいたします」
「みんな忙しいのでは……?」
「確かに暇では有りません。でも我らの一番大事な仕事がソウヤ様の育成ですから。一番大事な仕事を放置して副業をする者はおりませんよ」
俺はなんか泣きたくなった。
元勤務先のブラック企業の社長と上司に聞かせてやりたい。お客様や部下よりも大掃除や忘年会を優先させて自己満足していた奴らだ。本当に許せない。
昨年末三徹開けで大掃除忘年会コンボを食らった俺の恨みは強い。
「そっか、じゃあ何がわからないか分かったときに質問させてもらうね」
「はい! いつでもお待ちしております」
こうやって人(?)と楽しく話せるようになっただけでも、転生したかいはあったのかもしれないな。
しかも、話し相手が美しいエルフのお姉さん。
世界一役得を得る木の芽。それが俺だ。
その後、のんびりしているとジェスロさんがあのガラスドームを使った洒落たデザインの水耕栽培の容器を持ってきてくれた。
「かっこいい! おしゃれな金持ちの家にありそう! おれの給料半年分くらいしそうな感じ!」
余りに語彙力がない褒め言葉である。
恥ずかしいが出てしまったのでしょうがない。前世もっと勉強しておけばよかったな。
「お褒めにあずかり恐縮です」
ジェスロさんが解説してくれたところによるとガラスを支えるツタのような物には保温魔法が込められているらしい。
冷えがちなガラス瓶の中でも暖かく過ごせ、かつ割れにくいようにするための保護魔法がかけられているという。
「そんなすごいガラス、俺が使っていいのか……ジェスロさん、ありがとうございます!」
ジェスロさんの作成した容器は機能もそうだが見た目も十二分に配慮されていた。これで春までしのげそうだな。
「過分なお言葉です。それから、若君は私の主ですので……ただジェスロとお呼びください」
「癖なんで、気にしないでください。俺は誰にでもさん付けしちゃうんです」
困った顔をしつつも、ジェスロさんはそれを受け入れてくれた。よかった。
試しに入れ物に入ってみるとさっきのグラスよりも空間が広く、根をのびのび伸ばせそうだ。
その上、葉や茎が水に沈まない工夫がされており、それに加え動かしても角やバリがなく、俺を傷つけないようになっている。ジェスロさんの技術の高さを感じる。
その日の午前は、窓際に置かれたその最高のガラス瓶の中でうとうと昼寝をして過ごした。寝る子は育つからこれも俺の仕事なんだよ。
昼寝してる方がみんなの日常生活の邪魔にもならないし、起きてぼーっとしてるだけでもここでの日常というものを観察できるし一挙両得だ。
俺が午後の日差しを浴びて、二度目のうたた寝をし始めた時だった。
「あー! 若君がかっこいーやつはいってる!」
超音波のような子供の声がないはずの鼓膜に直撃した。
「ほんとだ! がらすのうえきばちだ。きれーい!」
最初の子の声よりは穏やかな子の声が続く。子供二人の声に引かれたのか、他の子も数名やってきた。こうなるともう昼寝どころではなかった。
「ねー若君~、いつ実をならすのー?」
「知らないよ、俺が聞きたいよ」
「あのねー、世界樹の実のねー、だいだい色のやつがめちゃおいしい。あれ生やして欲しい」
世界樹の実はみかん系なんだろうか。
「あたしはあかいやつが絶対においしい! あれちょおつよいもん!」
美味しくて赤くて強い? ビスケットか何かか?
「聖樹様のわかばのお茶、あれにがいからどうにかしてほしい。ジュースみたいにしてほしい。でもおばあちゃんあれすき。もらっていい?」
「俺のまだ二枚しかない葉っぱをもぐのはやめてくれよ」
自分の未来について疑問だけが増えていく。
「ねーわかぎみー、はやくおはなさかせてー?」
「無理言うなよ、俺まだ双葉しか生えてねえぞ」
「おはなねー、めちゃいいにおいする。あとはなびらたべると元気になる」
「何じゃそりゃ。昨日までどんぐりだったんだぞ。咲くわけないだろ」
「うそー! ふたばしかない聖樹様がしゃべれるわけないもん」
「嘘じゃない。俺はどんぐりのときから喋れる」
「そんなのあるー? 他のどんぐり喋らないよ? ほんとはどっかに大きい木かくしてるでしょー?」
「隠してたらワイバーンから逃げたりしないよ!」
「うそだー」
駄目だ。キッズには論理が通じない。
彼らはフィーリングでものを話している。考えずに感じているのだ。
「若君さまおはなあげる」
「若君さまダンゴムシあげる。かっこいいやつだよ!」
子どもたちは摘んできた花を水にぶち込んだり、哀れなダンゴムシを水の中にぶち込んだりする。
俺という新しいおもちゃがあるからだろうか、テンションが上りすぎて俺の制止が効かない。
なんか俺の知らない歌を歌いながら、魔法で水の中で溺れるダンゴムシをぐるぐる回転させたりしている。
巻き込まれて俺も大回転している。ダンゴムシも俺も哀れだ。
「エルシーさぁーーーーーーーん!」
俺は諦めて助けを呼んだ。
一分後、エルシーさんが速やかに登場した。
「あらあら、ソウヤ様は子供にも好かれておいでなのですね」
エルシーさんは嬉しそうに笑っている。
「違う!」
どちらかといえば、子供に弄ばれている。が正解だと思う。
「助けて!」
「大丈夫ですよ、ソウヤ様」
全然大丈夫じゃないよぉ……俺は涙目になっているが多分それがわかるのは俺だけだ。
「みんな、若君様の植木鉢に触ったりいたずらをしてはダメよ」
「してないよー」
「ダンゴムシは明らかに駄目だろ」
「ダンゴムシかっこいいよ!」
ダンゴムシキッズはキレ気味に叫ぶ。子供の頃なら理解できた主張だが今はちょっと無理だ。ちょっと怖いという気持ちが先に経ってしまう。
あれ? 俺は気がついてしまった。
ダンゴムシごときで絶叫していては、樹として生きていけないことに。だって、植物と虫は共生するものだから。毛虫、羽虫、芋虫、ダンゴムシ、蝶々に蛾。
「ああああああ……」
「ソウヤ様?」
エルシーさんは平気そうな顔でダンゴムシを水から引き上げている。
そう、今俺を殺すなら、竜でも魔王でもなく、多分見た目が無理系の虫を百匹も連れてくれば良い。それで多分心臓が止まるはずだ。
「あああああ! 現代人は虫無理なんですよおおお! エルシーさん助けて!」
無様な叫びをあげる俺を、昨日とはまた違う残念そうな顔でエルシーさんは見つめている。
この集落で最弱なのが、俺に決まった瞬間だった。




