第12話 どんぐり卒業
どん卒! どん卒!
それは超嬉しい事象である。どんぐりを卒業するということは、もうどんぐりでないということである。
この状態、なんていうんだろう。双葉状態?
なんか幼稚園生みたいな気分になるな……ふたば組の年長さん(アラサー)。木野草也です。よろしくお願いします。
「一日で根が生えて、葉まで生えてしまうなんて!」
エルシーさんはニコニコしている。
もちろん言うまでもないが、笑顔も最高に可愛い。
エルシーさんはそっと俺を手のひらの上に乗せ、声を上げた。
「皆ー! 若君が少し育ったわよ!」
その声に引き寄せられてわいわいと聖樹族の皆様が集まってきた。
「うわっ! まだ秋よ!?」
「本当に葉っぱ出てる!」
「すごいわ、さすが若君ね」
葉っぱが生えただけなのに、皆が俺を褒め称えている。
褒められることに、正直慣れていないのでこういうときの対応はいつも悩ましい。
「ありがとうございます」
俺が褒められてるけど、褒められるべきはこんな高性能スペックのどんぐりに魂を詰め込んでくれた扶桑さんなのである。
あとは、どんぐり粉をあんなとんでもポーションに仕上げたマギネさんか。
扶桑さんには後でお礼を言うとして、マギネさんにもお礼を言わないといけないな。
「エルシーさん、そういえばあのポーションの残りはどうしたんですか?」
「あれですか? 流石に危険すぎるので、聖属性の光を吸収する性質の遮光瓶に移し緩衝材と暗黒樹の箱に厳重に保管させていただきました」
「よかった……」
でも暗黒樹ってなんだろう。後で教えてもらおう。
「でも、お風呂に一滴入れただけでまさか魔王の呪いまで解けるなんて……」
それなんだよな。あのどんぐり汁一体何者?
「あの残り湯どうするの? あのまま捨てていい奴?」
「うーん……」
エルシーさんは考え込んだが結論が出ないので、マギネさんから聞き出すということになった。
マギネさんを呼びに行くと、マギネさんはベッドの中で苦しんでいた。どう見ても二日酔いである。
「おげっ……吐きそう……またあとにお願いしましゅ……ぷぇえ……」
昨日のポーションが出来たあと、皆におだてられて果実酒を二瓶一気飲みしてしまったらしい。
マギネさんは酒に弱いのに酒好きらしかった。会社にもこういうポンコツお姉さんいたな……そう思うと一気に親近感が湧き始めてきた。
「エルシーさん、そういえば、あの残り湯」
「ああ、ありましたね……」
「俺の勘ですが飲用できるんじゃないかと」
「……マギネで実験ということですか?」
「毒にはならないと思うんだけど……」
「でも、外用であの強さですしね……」
聖属性は何でも治療効果があるかというとそうでもなく、病気への治療は対応した属性や原因に応じた対応が必要らしい。治癒魔法だけで済むのは昨日のワイバーンのような単純な傷に限るそうだ。
聖属性、もっと夢があると思ってた。
吐き気と頭痛に苦しむマギネさんの横で討論をした結果、昨日実験したどんぐりに白羽の矢が立った。
俺のことではなく、聖樹でもなんでもない、ただのどんぐりである。
「植物は割と毒物に反応することありますからね……」
そうだよな。除草剤とか結構早く効くもんな……俺はエルシーさんは絶対知らないであろう自動車販売店の事件を思い出してしまった。
昨日、俺のどん卒実験に付き合うために拾ってこられたどんぐりたちは、俺より先に双葉を生やして、俺が植えられるはずだった植木鉢に鎮座している。
なんだか、俺の先輩みたいだ……俺のほうが先に植えられたはずだったのに、謎の悔しさがある。
エルシーさんは昨日の残り湯をコップ半分ほど汲んで来て少し乾き気味の土に浴びせていった。
十分程で、効果が出始めた。
にょろ。
にょろろろろろろろ……
にょろりとしか言いようのない挙動で、どんぐりの苗達が急速な成長を始めた。
十五センチほど伸びて、縦方向の成長が止まったと思うと、今度は横方向に葉を増やし始めた。
土のほうが多いほどだった植木鉢の表面は、今や緑のほうが多いほどだった。
「……もうちょっと薄めて飲ませましょうか」
「うん……」
あの残り湯でもこの効果。薄めずに人に飲ませたらどうなるのか? 想像するのがちょっと怖い。
結局、更に倍に薄めて飲ませた。
うっすらと発光する怪しい液体を、マギネは疑いもなくごくごくと飲み干した。
「っかー! 効っくぅー!」
飲み干したマギネさんの声がおっさん臭い。
吐き出した息の酒臭さはかなり改善していたのが唯一の許せるポイントだった。
顔は幼気で可愛いのに、挙動が限りなくおっさん。
俺は大変残念な気持ちになった。本当にポンコツだよ、このエルフは。
「あ゛ー本当に沁みるっす……」
マギネは残り湯の二杯目をおかわりしたが、その頃にはすっかり昨日のような元気な姿に戻っていた。
「これすごいっすねぇ! 私呑んだ翌日は翌々日までだいたい二日酔いで死んでるんですけど、一発で回復しました! なんのお茶なんすか?」
マギネはニコニコして質問してくる。答えにくい……。
「残り湯」
「えっ」
「俺が一晩浸かった残り湯……」
「えっ…………」
マギネさんはショックを受けた顔をしている。
本当に申し訳ないとは思っている。
「大丈夫だよ、ほら……ええと、材料的にはただのどんぐり茶だよ……」
俺は原材料をアピールする方向に訴えることにした。
「うーん、そうっすかね……」
ただのどんぐり茶ならおそらくマギネも普通に飲んだだろうが、俺が一晩浸かったってのがなぁ……。
「でも、マギネ。あなたが作ったポーションを自分で試すことが出来た、とも言えるのではないかしら」
「そうかな……そうかも……」
「じゃあ二日酔いに戻ります?」
「いえ、有り難くいただきます。ありがとうございました!」
マギネは手のひらを高速回転させた。本当に面白いなこいつ……。
「それにしても、風呂にあのポーション一滴入れてそれを更に倍に薄めても二日酔いが一発で治るのヤバいっすね」
マギネはもう敬語を忘れている。まだエルシーさんは怒らないでいてくれるが、これ以上雑になれば危ないだろう。
エルシーさんが怒るところは正直見たくない。なぜなら笑ってるほうがエルシーさんは可愛いからだ。
しかし、マギネが変な顔してるのは面白いのでたまには道を踏み外して怒られて欲しい。そういえば俺も、マギネにさんをつけるのを忘れてしまっている。まあいいか。
俺はちら、ちら、とエルシーさんに視線を送る。
「マギネ、あのポーションの入ったお湯、あれすごいのよ。一晩で私の手の呪いが消えたわ」
そうさらっと告げると、マギネはポカーンと大口を開けた。
「え? え? あれ扶桑様でも導師さまでも解呪出来なかったやつっスよね!?」
「そうよ」
「ええええええええ!?」
エルシーさんが手を見せると、マギネはエルシーさんの手を両面くるくる返しながら何度も見返し、やおらベッドから飛び起きるとボサボサの頭で寝間着のまま、風のように飛び出してデカい道具箱を持って返ってきた。
ルーペ越しに観察したり、銀色だのガラスだのの棒で肌を撫でたり、何らかの液体を垂らして呪文を唱えたり……数十分様々な実験を繰り返していたが、ようやく結論が出たようだ。
「完璧に呪いは解呪されてますね……すごすぎる……おめでとうございます!」
「ありがとう、マギネ」
美女とぽんこつ美少女の並びは大変目の健康によろしい気がする。
俺、目ないけど。それはそれとして、俺は突っ込まねばならない。
「で、その解呪したのがマギネの作ったどんぐり汁の残り湯っぽいんだけど。お風呂のお湯全部流しちゃって平気?」
「あっ」
エルシーさんとマギネが声を揃えてあげた。
すっかり残り湯問題を忘れていたようだ。




