第116話 星の銀貨とヨワワ
「それなのにお兄ちゃんは私のために、自分を削った粉を……」
ミルラちゃんが泣きそうな顔をしている。誤解であるのだが、解いたほうがいい誤解なのかやや悩む。
弱々しいのは事実なのだが一応成人男性、見栄は張りたい。
でも実年齢で言うとミルラさんのほうが歳上なんだよなあ。なんだか複雑だ。
「お兄ちゃんって星の銀貨の女の子みたい」
ミルラさんがぼそっと呟いた。
「星の銀貨?」
知らない言葉だった。何かのことわざだろうか。
「あ、あーし知ってる、グリム童話だよね! 優しい女の子が、困った人にパンとか、服とかをあげて、最後寒がってる子に下着まで全部分け与えて、全裸になっちゃうんだけど、それを見ていた神様がご褒美に星を銀貨に変えて女の子に贈った、ってお話!」
「そうです、それです!」
ミルラさんが嬉しそうに声を上げる。ああ、グリム童話か。なる……ほど……?
「俺、そこまで人生をなげうってる気はないんだけど……」
清貧を尊ぶ系の教訓話っぽいけど、俺別にそこまでなげうつ気無いんだけど。
どっちかって言うとお金は好き。諭吉への愛ならここにいる誰にも負けないはずだ。
まあ、ここで諭吉なんて使えないけど。金貨への愛は多分ペリュさんには負けます。俺は金貨よりも紙幣のほうが好きなんだ。
それを聞いていたペリュさんが神妙な顔で呟く。
「なあ、その下着を欲しがった奴ってまともな奴なんか? 普通いくら寒くても下着までは取らないんちゃう? 追い剥ぎやないの、それ」
「えっ……そんな事考えたことがなかった……」
ミルラちゃんは困惑する。確かに言われてみれば下着までもらうのは性犯罪の香りがするな……。
「大丈夫だよ、俺はそこまではしてあげられないから。パンツくらいは履かせてください……」
「せやね」
相槌を打つペリュさんをエルシーさんがペリュさんをすごい顔で見つめているが、ペリュさんは平然としている。ペリュさんは強い女性だな……。良いか悪いかはさておき。
「犯罪はともかく、私はつまり、お兄ちゃんが心配ってことよ」
ミルラさんはそう言って真面目な顔をした。
「美談なんじゃないのそれ!? 神様を信じれば貧しさなんて怖くないって趣旨の話だよね?!」
俺は思わず突っ込んでしまう。
だってその話で読書感想文かいたら絶対それが正解ルートだ。性犯罪者の匂いがして気持ち悪いとか書いたら国語の点数減らされるどころか、先生に親を呼ばれかねない。
「お話はお話、現実は厳しいんだよ! 油断したら全部奪われるし何なら借金持ちになるよ!」
ミルラさんの主張にペリュさんが「うちもそう思う」と同意している。ミルラさんの従者たちも同じだ。酷くない?
そのやり取りを聞いていたメアリーさんが口を開いた。
「どっちかっていうと、キノは……その、ヨワワじゃない?」
「ヨワワ? 何ですか、それ」
これも知らない単語だった。口ごもったあたり、あまりいい意味ではなさそうだが。
しかし皆は知っているようで、「ああ……」とか「確かに……」とか呟いているものの、誰も詳細を言わない。
説明を乞うと、アカシアがしてくれた。
「えーと、ヨワワって動物がいるんですけど、うさぎくらいの大きさで、足が短く顔が間抜けていて、体の色を変えてカムフラージュするしか身を守る手段がなくて……足が遅くて、そのくせ好奇心満々ですぐ罠にかかり、人間を見れば人懐っこくよってくるんですよね」
なんかペンギンみたいなやつだろうか……。
「毛皮はカムフラージュした色に変わるのでおしゃれ用途で乱獲され、肉も美味しいので食べ尽くされて絶滅寸前になっており、今現存するヨワワはティエライネン王がペットとして飼ってる三十匹しかいないという、いわくつきの生き物ですね……うぇひひ……」
どっちかというとカカポやドードーだな。こっちにもいるんだ……。
そして、俺そんな感じに見えるんだ……。ちょっとショック……。
「あー、おったなそんなの。なんで今まで絶滅しなかったのか不思議って言われとるよな」
「俺、外見は一応成人男性なんだけど、そんな弱そうに見える……?」
「見える」
「見えます」
「はい」
「うん」
「せやね」
「申し訳ないっすけど……」
「うぇひ……その……」
「残念ながら……」
怒涛の肯定意見が続き、俺はちょっと心に致命傷を受けた。だ、誰か一人くらいそんな事無いですよってお世辞でも言って欲しい。
「ちょっと、お兄ちゃんはお人好しすぎるんだよね……もうちょっと、人を疑うとかしないと……」
ミルラちゃんが渋い顔で呟く。
「えっ!? 俺、別にお人好しじゃないよ。普通だよ? ですよね、エルシーさん」
「いえ、ソウヤ様は相当なお人好しかと……」
「お人好しっすね……」
「キノっち、ちょっと悪い人おったらすぐカモられそうやん」
「わかるー、警戒心がないよね、キノぴ……」
「キノ、もう少し人を疑ったほうがいいわよ」
俺はまた心に致命傷を受けた。そんな、俺だって人は選んで親切にしているつもりなのに……。
これからはもっと人を疑ってかかるべきなのだろうか、と思うけど俺はこれでも人を疑っているつもりではある。
ただ、異世界すぎて誰を信じて誰を信じないほうが良いのかよくわからない。
現代日本の価値観があまり通じないのだけは理解したのでこれから気をつけます……。
しょんぼりした俺を見たミルラさんが意を決したように口を開いた。
「ねえ、エルシー、ゴムシー、お願いがあるの」
「何でございましょう?」
『何なりとお申し付けを』
沈痛な面持ちのミルラさんに答える真剣な目の二人。
「私はいいから、今まで通りお兄ちゃんを護ってあげて……こんなお人好しのヨワワみたいなお兄ちゃん、世間に出したら根っこの一本までむしられて死んじゃうよ……」
ミルラさんにはどんなに儚い生き物に見えているんだろうか、俺という生き物……。
一応27歳まで生き抜いてきたんだけど?? ねえ、俺一応成人男性なんだけど!?
「お願い、聞いてくれる?」
ミルラさんは泣きそうな顔をしている。
「了解いたしました。命に変えましても」
『承知いたしました』
二人が答えると、パッとミルラさんの顔が明るくなる。
「よかった! お兄ちゃん、ちゃんとエルシーとゴムシーの言うことを聞いて、用心して生活してね!」
「は、はい……」
俺の返事を聞いて、ミルラさんは嬉しそうに頷いていた。
皆、俺に対して儚いイメージを持ちすぎ&過保護すぎないか?
結果としては良かったのだが、なんかこう、もやもやが残る。
その日一日、周囲からヨワワ……という言葉がちらほら聞こえてきた。
解せぬ。全く持って解せぬ。
いつかこの誤解を解きたい。それがいつかはわからないけれど……。
それから二日ほど、俺はエルシーさんやアカシア、マギネと相談をしたり、メアリーさんとミルラさんのお茶会に招かれたり、ミルラさんに変なことをしていないかペリュさんを観察するなどの仕事をしていた。
ペリュさんは、ミルラさんに対しては優しいお姉さんのように、いやらしさのかけらもない態度で振る舞っていた。ミルラさんもニコニコしている。
俺にもああいう態度してほしかったんだけど……。
やさしい関西弁お姉さんってなんかいいじゃん……。
俺もああ言う感じでよしよしして欲しかった……。自分でも認識していなかったがお姉さん系のキャラがツボに刺さるのかもしれない。
そんな事をしつつもティエライネンの王都に行く準備もする。
とは言っても俺が準備するのはドラゴンに乗るときの寒さ対策に作ったコートと礼服くらいであり、俺がしたのはこの短期間で驚くような汚部屋に成長したマギネとアカシアの部屋の掃除であった。
これが思ったより壮絶だったんだ。