第115話 身を削る(物理)
数分遅刻してミルラさんの世界樹本体の修復について意見がほしい、とのことで世界樹本体に着いた。
扶桑さんほどとは言わないけれど、ちょっとした塔ほどの大きさの世界樹がそこにあった。建物換算で5,6階くらいだろうか……。
ミルラさんの本体の樹は、まるで雷にでも打たれたかのように中央部に割れ目が刻まれており、炭化した部分などもあり痛々しいものだった。
そこで、なにかいい修復方法はないか……と相談されたので、俺は考えた。
そういえばあれが使えるんじゃないだろうか。
「あ、いいものがありますよ。パテを作りましょう!」
みんなが首を傾げる。
「ソウヤ様、パテってなんなんですか?」
「こういうヒビとかを埋める粘土みたいなやつをパテっていうんだけど、ほら、有りますよね。この前のあのおがくずが……」
そう、俺は以前呪詛をかけてもらうためにジェスロさんにやすりで削ってもらったおがくずと木くずを(マギネのカバンに突っ込んで)持ってきていたのだ。
「マギネ、なんか聖属性と相性の良い粘土とかネバネバ系の素材無い?」
「えーっと、ちょっと探してみるっす……」
マギネがゴソゴソとカバンをあさると、白い粉のようなものを差し出された。
「これ、水を入れて練ると10倍に膨れてネトネトしたゼリーみたいになる粉なんスけど、これでどうっすか?」
「お、いいな」
まさに今回の目的にぴったりだ。
「マギネ、これとおがくずと、ゼリー混ぜて粘土作ってよ」
「おお、いいアイディアっすね! 流石若君ッス!」
ミルラさんとその守護者達が俺達を不安げに見守る中、俺とマギネは楽しく粘土遊びを始めた。
粘土遊びはどこから? 粘土を作るところから! うーん、楽しい。ひと手間かけるのが大人の遊びだよな!
浄化魔法をかけたバケツに水を入れ、更に浄化魔法をかける。そこにゼリーの粉を入れ、隠し味にどんぐり汁と聖属性触媒を一滴。
よく練って、ネバネバと光るスライムになったところで、おがくずを入れてよく練ると、うっすら光るパテの出来上がりである。
「ええなー、面白そうや! うちも作りたいー!」
と叫んだペリュさんだったが、エルシーさんのひと睨みで一瞬にして着席した顔になった。かわいそうだが自業自得である。
「とりあえず、この量だと傷口は塞げるくらいかな……」
ミルラさんの守護者に渡して、ミルラさんの本体の傷口に塗ってもらうことにした。
「これ、原材料は何なんですか?」
ルシアーネさんが当然の質問をする。あんまり言いたくないけど、気になるよな……。
「俺の樹皮です」
「は??」
「え?」
「じゅひ……?」
うーん、いい反応が帰ってきた。もううちの集落の皆は慣れてるからこういう反応をしてくれないんだよな。新鮮で大変よろしい。
「以前諸事情で俺の樹皮を削ったことがありまして、その時に出たおがくずを取っておいたんですよね。同じ世界樹の材料、しかも親は同じ扶桑さんですし。多分適合するんじゃないかなと!」
「え? お兄ちゃん、削られたの……!?」
「まあ、色々あったんです」
ジェスロさんと俺とのことは、俺の集落の外に出してはならない。なぜなら俺が羞恥で死ぬからである。
特にミルラさんには絶対に知られたくない。普通のお兄ちゃん(もしくは弟)のままでいさせてくれ。
「そんな大事な材料を、いいの……?」
ミルラちゃんは驚いている。
「怪我をしたままだと心配だしね。扶桑さんだって直せるならそうしたと思うよ」
「私、お兄ちゃんに貰ってばっかりで」
「夢の中の話だから実際は何もあげてないし、何も減ってない。だから大丈夫」
俺は、ミルラさんの守護者の人たちにパテを押し付け、行動を促した。
「ほら、早く塗ってみてください。これで効かなかったら別の方法を考えましょう」
「キノっち、本当にこういう時頭回るんよなぁ」
「うふふ、そうでしょう。でもあげませんよ」
エルシーさんは自慢げに、でもやや攻撃的な笑顔を浮かべている。
「減るもんやないやろ」
「だめです」
エルシーさんとペリュさんが楽しい会話をしているが、俺は聞かなかったことにした。減るか減らないかで言うと減ります。何かが。
ルシアーネさんが本当に効くのか? と言わんばかりの顔で魔法で空を飛びながら、手で光るパテを傷跡全体に広げるように塗り拡げていく。
全て塗り終わると、ミルラさんが心臓のあたりに手を当てた。
「なんか、すごく胸が暖かい!」
塗られたパテが明るい光を発し、じわじわと傷跡が塞がっていく。
数十分もすると、もうわずかに跡が残るだけで、傷跡はほぼ完治した、と言ってもいいくらいまで回復した。
惜しみなくおがくずを使ったから、もう残りはちょびっと剥いだ皮のかけら数グラムしか無い。
でもこれでミルラさんも健康に戻るだろうし、これ以上俺の身体を切り崩す必要もない。一安心。やりきった気持ちだ。
伝家の宝刀たるどんぐり汁がさらなる進化を遂げた。
これはかなりいい感じなのではなかろうか。外用薬という方向性も生まれた。ケガとかに良さそうだしなんか考えよう。
これで扶桑さんとの約束も果たせたと言っていいだろうし、満足できる結果だ。
「うーん、成分濃いめだとやっぱ効くなあ」
俺は人ごとのように感心して、すっかり治ったミルラさんの本体を満足げに見つめた。
そんな俺を、呆然として見つめるミルラさんやその従者たち。
数秒の後、ハッとした顔でルシアーネさん以下従者の全てが俺の前に跪く。
「木野様、ミルラ様の危機をお救いいただいたこと、守護者一同心より感謝申し上げます」
ルシアーネさんの礼に倣って全員が一礼した。
「いや、良かったです。何となくで思いついたことですけど思ったより効果がありました。何でも取っておくべきですね!」
マギネが頷く。
「そうッスよねえ。まさかおがくずがこんな便利な修復材になるなんて……普通ならゴミですもんねえ。私も見習うっす」
「因みに、なぜ自らをヤスリにかけるなどという蛮行を?」
酷い言われようである。その蛮行で救われてるのに……。
「えっと、どうしても写し身をすぐしたかったので、その関係でちょっと……」
穏当な表現を選んで、できるだけまろやかに、事実でありつつ包み隠すように言った。
「写し身にヤスリがけは必要ないかと存じますが」
冷静なツッコミだ。聞かなかったことにしたいが出来ないだろうな。
「写し身の時にほら、質量が有るといいって言うから、俺細くて小さかったから太る魔法かけてもらったんですよね。その時に抗魔力がありすぎて魔法が通らなくて、削ってもらったんですよね。でも今はすっかり元通りですよ!」
巻き添えを出さないように呪詛ではなく魔法ということにした。
「なるほど、そこまでの魔力をお持ちなのは素晴らしいですね! 弟君は、他にどんな魔法を習得なさっておいでなのですか?」
ルシアーネさんの質問に、俺は少し困惑した。
そういえば、魔法使いなんだっけ。そりゃ興味があるよな。でもどうしよう、困った。
「写し身と……写し身と……写し身ですね……」
「……」
従者の皆さまが黙りこくってしまっている。
「天候操作は……?」
「あ、ちょっと出来ます! んんんんん! そぉい、雪ぃ!」
俺は眉間に青筋が出来るくらい気合を込めて、魔力を手に集める。そして、晴れ渡る空が曇天になり雪を降らすイメージをする。
フワ……とうっすら俺の上空が枕1個分ほど曇り、チラ……と数粒の雪が降った。
俺はぜぇぜぇと息を切らしつつ「出来ました!」と報告する。
「………」
誰も何も言わなかった。想定はしていたが沈黙が重い。
数分間沈黙が続いた。せめて誰か俺を褒めるべきでは。言い出しっぺは責任を取れ。
ようやく、ルシアーネさんが口を開いた。もうちょっと早く責任を取ってほしかった。
「エルシーお姉様、実は弟君には隠された力があるとか……?」
「いえ、これが大体全部ですね……」
エルシーさんは沈痛な面持ちをして、ルシアーネさんはそれに沈黙で応えた。
なんか本当に期待外れですみません……。
産まれたての2ヶ月ちょっとの世界樹だし、こんなもんだろ、という気もしなくもないが。
俺に過大な期待を抱きすぎな人が多い。辛い。それともみんなそんなに生まれてすぐ魔法を使えたんだろうか……。