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第112話 宴の後



 前世の照明のように明るい屋内を見たのは久々だった。

 さすが世界樹の写し身のために作られた家、そのへんはケチられてはいないようだ。


 鏡を覗き込むと、目がまだ赤かったのでどんぐり汁を垂らして目元をマッサージした。すると、目元はすっかりもとに戻っていた。便利だなこれ。だいたいなんでも思ったように使える。料理で言うところのめんつゆみたいだ。


 ドアを開けると、不安げな顔のエルシーさんが立っていた。


「大丈夫ですか、ソウヤ様?」


 その気遣いも、今はちょっと辛い。


「大丈夫です。とりあえず、ペリュさんたちにお礼を言わないと。急いで来てもらいましたから」


「ソウヤ様、何か無理をなさっていませんか?」

「……大丈夫ですよ、ちょっと夢の中で色々あって疲れただけですから」


 エルシーさんは異変を感じたようだが、これはこれ以外に言いようがなかった。


「ペリュさんたちがお食事を一緒にいかがですか、とのことです。どうされますか?」

「行きます」


 何かしている方が、気が紛れるだろうからな。やることがあれば積極的にやろう。




 案内されたドアの中に入ると、ペリュさんやメアリーさんたちが楽しく宴会をしていた。


「見て欲しいっす! ほら!」


 マギネがコップに入れた酒を飲もうとするとコップから酒が逃げ出し、その酒がペリュさんの手の甲にあるジンメン君に吸い込まれるという新しいネタを披露していた。

 こいつ、本当に人生に前向きですごいな……。


「っッかー! この酒うめええええ! 他人の酒を奪って飲んでると思うとなおさらうめえ!」

「わかる! 他人の金で飲む酒がいっちゃん美味いねん!」

「アハハハハハ! あー面白すぎるっす! もっかいやるっすよー!」


 酒を奪われて爆笑するマギネにダミ声で叫ぶジンメン君。そしてお金持ちとは思えないセリフを叫ぶペリュさん。

 マギネはあれでシラフなのだ。信じられない。行動が酔っ払いのソレなんだが。


 でもまあ、沢山働いたのだからマギネ以外酒くらい好きなだけ飲んでほしい。

 この費用くらいは、ティエライネン王に持ってもらってもいいだろう。


「あははは、何それ、すごーい!」


 メアリーさんも、メアリーさんの守護者たちもチカぴさんも爆笑している。

 お仕置きのはずが、ただの持ちネタに昇華されている。マギネは本当にメンタルが強い。


 アカシアは何をしてるのかと思えば、酒を飲みながら歴史書をつまみに解釈の討論会をミルラさんやメアリーさんの従者と繰り広げていた。


「だからぁ、カミル三世は、前28年に暗殺された説を私は推すんですよねぇ!」

「いや、オレは病死だと思う、資料的にもさぁー!」

「いや、そこ王妃が怪しくね!?」


 なんだかわからん世界だけど、楽しそうだから良し。なんかああいう考察バトルを見てるとSNSのレスバを思い出してほほえましい気持ちになる。

 いや、レスバは別に微笑ましくないか……。


「ミルラさんはどうしたんですか?」

「さすがに、はしゃぎ疲れてお休みになっています。ルシアーネが側におりますので大丈夫ですよ」

「流石に、体力回復は時間がかかりそうだからね。ゆっくり休んで直してもらわないと。もう悪化はしないだろうし」


「ソウヤ様、ミルラ様を助けていただいてありがとうございます」


 エルシーさんは改めて頭を下げた。


「うーん、実質、何かをしたのはジンメン君とペリュさん、あと男爵だからなあ。俺はいつもどおり、適当に話したり買い物したり、逃げ回ってただけだよ」

「それでも、感謝申し上げます」


 俺はなんと返していいかわからず、黙って料理に手を付けた。ティエライネンの名物だというチーズ料理がとても美味しかった。

 飯が美味しいと思えているうちは、俺のメンタルはきっと大丈夫だ。

 本当にメンタルが死ぬと飯の味もわからないからな……。



「ペリュさん、チカぴさん、いきなり無理を言って来ていただいて、ありがとうございました。おかげで助かりました。あとジンメン君も。」


 食後、俺はペリュさんにお礼を言う。


「ええねん、困った時はお互い様やで。次うちが困ったことあったら助けてくれな。あと、聖樹族エルフの果実酒とイロイロナオール錠の取引に色つけてくれたらもっとええな!」

「わかりました、考えておきます」


 そう言うと、ペリュさんは困ったものを見るようにため息をついた。


「若君は素直すぎるで! そこはもっと値下げは無理どすって食い下がらなあかん!」

「ええー……」


 言ってることが滅茶苦茶だ。感謝してるからこそ多少の言うことは聞こうと思っていたのに。


「ジンメン君が強化出来た上に、魔導師としての経験が積めたから、ほんまは金払う方はうちの方なんやけどな。でも値引きしてもらえるなら喜んでしてもらうで!」


 チカぴさんが無茶苦茶を言うペリュさんに、てい!とチョップを食らわせた。


「キノぴ。ペリュぴを甘やかし過ぎちゃダメ! 調子に乗って葉っぱ一枚まで全部むしられちゃうよぉ!」

「それは厳しいですね、気をつけます」


 突っ込まれて笑うペリュさんとチカぴさん。


「それで、キノっちは明日からどうするねん」


 痛い質問である。正直逃げ出したいが、そうも行かない。


「どうしますかね、調べ物も有るので王都に戻ろうと思っています。ペリュさんが戻る時にご一緒できると助かるのですが」

「ええよ、でも三日後やけどええ?」


 少し迷った。本当はすぐ離れたい。でも、仕方ないか。


「大丈夫です、よろしくお願いします」

「ミルラ様が本当に安定したか、もうちょい診なあかんからな。経過観察ってやつや。キノっちのことも診たらなあかんしな」


「え?」


 別に俺はなんとも無いんだけど。本当になんでもないんだけど。


「魂に直接かける術は危険なんや。特に、世界樹の人らは写し身の体がそのまま魂やからな。なんか傷があったり、形が歪んでいないかよく調べなあかん。キノっちのこともきっちり調べるで」


 俺はちょっと疲れているくらいで別になんでもないんだけどなあ。


「俺は大丈夫だと思うんですけど……」

「だめなやつほど大丈夫っていうねん! あかん、明日ちゃんと調べるで!」


 そんなもんかなぁ……。まあ、専門家の言うことだ。一応ちゃんと聞いておこう。


「わかりました……」


 ペリュさんにされることといえば、ホラー系が多いのでちょっと不安だ。でも気が紛れるし、いいか。

 この判断が間違いだった、と解かるのは翌日のことである。




 宴も終わり、全員疲れてぐっすりと眠っている。俺は夕方まで眠っていたせいか全然眠くならず、なんとなくコートを羽織り、魔法のランタンを拝借して外に出た。


 外に出るともう雪はやんでおり、見渡す限りの星空が広がっていた。凍えるような屋外で見る星空は、暖かい季節よりも更に輝いている気がする。

 前世は夜に空を見上げてもそんなに星がはっきり見えた記憶がない。人生で一番美しい星空かもしれない。


 ミルラさんの家の裏のベンチに積もった雪を払い、座って空を見上げる。


 よく見ると、白い星だけではなく、青みがかった星や緑がかった星、赤い星などもちらほらある。なるほど、ここはやはり異世界なのだ。あっちの世界でこんな色の星を見た記憶がない。肉眼に限らなければあるだろうけれど、肉眼でそう見えるのだ。


 幸い、この体は本物の肉体ではないので寒さは感じる。しかしそれが原因で風邪をひくなどということはないらしい。安心してここに居続けることが出来る。吐く息は白いが、あまり気にしないでおこう。


 俺は未来の予定を考えることにした。今までエルシーさんと男爵がいることを前提にこれから先の予定を考えていた。

 困った時はエーリュシオンさんにも頼れると思うけど、全部を頼れるわけではない。


 うーん、扶桑さんとか、ユージェニーさんと相談して、物理的に強い守護者を探すしか無いのかな。新しい人と俺が上手くやれる自信もないが、そこは俺が頑張って合わせていけばいいだろう。


「いつスローライフになれるんだろ」


 やることが多い。

 歴史を調べ、現地調査をして、植物についての勉強、魔法の勉強、常識の学習……。せっかく木に転生したんだから木らしく何も考えずにいたかった。

 何を思っても、自分の選択の積み重ねの結果だ。もうどうしようもないのだ。


 サク、サク、と雪を踏みしめる音がして、顔を上げるとそこにはエルシーさんがいた。冬服を着たエルシーさん。冬服もとても似合っている。でも、今はちょっと会いたくなかった。


「ソウヤ様、どうされたんですか?」


 エルシーさんは怪訝そうな顔で俺に声をかけてきた。



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