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第110話 夕方のグーテンモルゲン


 俺の叫びにペリュさんが応えた。


『行け、ジンメン君! そいつを全部食うんや!』

「うぃーっす!」


 気楽な声がして、天井からドロドロとした液体が落ちてくると、途端になにかの形を取る。


「導師ソレニアの契約呪霊。この偉大なる悪霊たるオレが、お前を食い殺してやろう」

『キノっちは無理やろから、ミルラさまに応援してもらうよう頼んでや!』

『はい!』


 しょうがないよな……俺何の魔法も使えないんだもん。


「ミルラさん! あの真っ黒いだけの方を応援してあげてください!」

「わかった!」


 ジンメン君は、真っ黒な騎士に姿を変えて、ミルラさんだったなにかに斬りかかる。

 それを触手で絡め取り、偽者が強い瘴気を放つ。が、元の魔法抵抗が高い俺達にも、瘴気そのもので出来ているジンメン君にも効かない。他の相手にはこれで一発だったんだろうな。


 ミルラさんがジンメン君に強化魔法をかける。

 真っ黒いのに、なんか光る謎の存在になったジンメン君。


「いいじゃねえか、おら、喰らいな!」


 ジンメン君は腕を6本にして、その全てに剣を持ち斬りかかる。

 防戦一方の偽者。おそらく、飲んだくれて死んだただのおっさんというジンメン君はものすごい強い呪霊なんだろうな……。素人の俺から見ても戦い慣れている。


「クソが! 二本足に使われてる分際で!」


 口汚い言葉を吐く偽者だが、明らかに劣勢であり、強がりだった。


「オレはよぉ、お前みたいな『自分は殺る方であってやられる側じゃありませーん!』て顔した雑魚を食うのが好きでなぁ! ヒャハハハハ!」


 ジンメン君、武闘派だったのか……言ってることが物騒だが、頼りになるな。

 強化魔法が加わって偽者はザクザクと切り倒されていくが、まだ倒れない。


「うるさい! うるさい! 何も知らないくせに、この愚か者どもが! 死んだほうがマシだって泣き叫ばせてやる!」


 偽者は切られた部分を一つに集め、瘴気があふれるそれを槍のように射出する。


「死ね!」


 ジンメン君が俺達の前に立ち塞がったが、あっさりと貫通する。ミルラさんも障壁を張るがそれも破られた。


「うわあああああ! 誰か、誰か助けてー!」


 叫んだ瞬間、短く鋭い金属音がした。

 偽者の槍が止まり、カラカラと音を立てて床に転がる。


「おまたせいたしました。若君、ミルラ様。遅ればせながら参上いたしました」


 俺達の前に立っていたのは、身長二メートルにはなろうかというフルアーマーのヒゲの老人。


「ダン・ジャック・ゴムシー。参る」


 魔法の槍を構えた、俺の見たことのない男爵が現れたのだった。

 男爵ってダンゴムシになる前こんなだったんだ!?


 突如現れた大男の男爵に俺は困惑するが、そういえばこれは俺の夢でありながら、ミルラ……アンナちゃんの夢でもあるのだ。

 アンナちゃんが記憶している男爵は、こちらなのだろう。


 フルアーマーを着ていると思わせない、機敏な動きで男爵が偽者に迫る。

 偽者も応戦しているが、往年の姿で、フルスペックを発揮する男爵が圧倒している。押されている偽者は、男爵に語りかける。


「おい、お前、ずっとその姿でいたくないのか? 私の要求を飲むならお前を人間の姿に、何なら若い二十代の頃に戻してやることも出来るのだぞ!」

「不要」


 一言で切って捨てて、一番大きな目を槍で突き刺す。

 大きなパーツを潰された偽者は、突き刺された穴から汚泥を垂れ流し、うめきながら体をもっと粘り気の有りそうななにかに変えた。


 粘り気のある泥は槍にまとわりつき、徐々に槍を黒く染め、全体を絡め取ると絡め取るとポキン、とあっけない音を立てて真っ二つに折った。


「どうする? もう一度だけチャンスをやる。ミルラを私によこせばお前だけは助けてやる。騎士団長に戻り、誉れ有る英雄と呼ばれたくはないのか? 武器ももう無い。諦めて降参せよ、お前は殺すのには惜しい男よ」


 偽者は体だけでなく言葉までネバネバし始めている。言ってることがバレバレでみっともない。

 絶対言うなりになってもなんか罠の有るやつじゃん。俺はそういうのをアニメで一万回見たから分かるんだ。


 しかし、たしかに槍がないのはまずいな……。


「おい、ジジイ! 俺を使え!」


 俺たちを庇っていたジンメン君が腹部分に空洞を開けたまま喋りかけた。


「あいつはなあ、よえーんだよ。だから時間稼ぎなんかしてやがる、逃げる為にな。俺が槍になってやる。行け、ジジイ。本当ならオレがりたいが、お前のほうが強い。あいつを殺せ!」


 ジンメン君は六腕の騎士から、まるで青龍偃月刀のような、禍々しい真っ黒な武器に体を変えた。


「かたじけない」


 迷いなくジンメン君を手に取った男爵は、偽者に切りかかった。俊敏な動きで泥を避けつつ、鋭い切っ先で薙ぐように片っ端から目を潰していく。そして、逃げようとした目はジンメン君が槍から触手を伸ばして片っ端から食べていく。


「ぐああああああ!」


 体を切り刻まれて激痛に襲われているのか、叫び声を上げる偽者。あんな不定形の生き物でも斬られれば痛いんだな、やっぱり。


「ゴムシー、頑張って!」


 ミルラさんが強化の魔法をかけると、男爵の技はさらに冴え渡り、速度とキレを増す。偽者は目が潰される度に、力が弱まり、鈍っていく。


 やがて、最後の一つを男爵は遠慮なく潰し、ジンメン君はそれを咀嚼した。とりあえず、勝ったのかな……?


「クソ、クソ、クソ……! 次は絶対にお前も、その世界樹共も殺してやる……! この世の全ての生き物よ、呪われろ……!」


 よくある捨て台詞を残して、残り僅かな泥も消えた。

 ……ようやく、静寂が帰ってきた。





『若君、片付いたようやね。起こしてもええ?』

『ちょっと待ってくれません?  具体的にはろうそく一本分くらい』

『ええけど』

『ありがとうございます』


「男爵、そんなお姿だったんですね」

「ゴムシー!」


 ミルラさんはフルアーマーの男爵に突撃し、男爵はそれを軽々と受け止めると、肩の上にミルラさんを乗せた。


「左様、懐かしい風景にございますな。ミルラ様、急にお別れもせず辞することになり、ご心配をおかけしました。今は先程見たダンゴムシの姿ですが、まだ息災にしております。ご心配なきよう」

「あの虫さんのゴムシーも可愛かったわ!」

「ありがたきお言葉」


 二人は楽しそうに語らっていてそれを見ているオレまでもがなんとなく嬉しい気分になる。

 本当に、再会できてよかった。そして、ペリュさんは最初に言っていた。この世界は夢である。そして夢なのだから、自分の好き勝手に改変ができるのだ、と。


「ちょっと外に出ませんか」

「お兄ちゃん、何かあるの?」

「お楽しみですよ」


 ミルラさんが住んでいた家のドアを開けると、見渡す限りの花畑の中に、観覧車やメリーゴーラウンドなどの遊具がキラキラと回転し、乗客を待っていた。

 売店には飲み物やお菓子があり、ピエロが曲芸を披露している。楽しい音楽も聞こえて、それを楽しむ人々がたくさんいる。これが俺の想像力の限界だ。


「うわああああ! すごい綺麗!」


 ミルラさんは素直に感動してくれた。よかった、喜んでくれて。


「男爵、ちょっとの間ですけど、ミルラさんと遊んできてください」

「承りました」

「ミルラさんも、ほら。夢から覚めるまでの間だけですけど、男爵と遊んできてください!」


 すると、ミルラさんが俺の手を引っ張る。


「お兄ちゃんも一緒に行こう!」


 ついていく気はなかったのだが、男爵も頷いているし、俺は袖を掴まれて遊園地に連行されていく。


 メリーゴーラウンドに乗ったり、売店でソフトクリームを買って食べたり。コーヒーカップを高速回転させたり。まるで血のつながった家族の様に俺達は楽しく遊んだ。古風なジェットコースターも楽しかった。

 遊園地には沢山の人がいて、皆楽しく遊んでいる。まるで現実の遊園地のようだ。


 しかし、楽しい時間はすぐに終わりを迎えた。

 観覧車から見るこの世界は、チカぴさんの籠に揺られてみた世界と、俺の記憶の日本とが混じり合っている。おそらく、もう二度と見られない景色だ。


 最後に残ったアップルパイを三人で分けて食べつつ、観覧車からの景色に見とれる。

 夢の中で食べるアップルパイは、現実のものよりも不思議に甘く、美味しかった。


 夕暮れが近づき、家々に明かりが灯る。観覧車もそろそろ地面につく頃だ。


「そろそろ起きる時間ですね」

「……もっとここにいたいな。ずっと遊んでたい」


 ミルラさんの気持ちはちょっとわかる。


「ずっと同じ遊びをしてたら飽きちゃいますよ」

「起きたら、楽しいこと有るかな?」

「ありますよ。やっぱり、嫌なことも有ると思うんですけど、その後には楽しいことがあります。もし無かったら、楽しいことを作っちゃえばいいんです」

「楽しいことってなんだと思う?」


 哲学的な問いだなあ、と思うが口には出さない。


「何が楽しいかは人それぞれですから。それを少しずつ探していくのが、人生なんだと思います」


「そっかあ、そうだね……。お兄ちゃん、またお話してくれる?」

「目が開いたらすぐに横にいると思います、驚かないでね……」

「うん!」


『ええ加減起きる時間やで』


 遠くからペリュさんの声がして、俺は休息に眠気を感じ、ゆっくりと眠りに落ちていった。

 起きた時、ちゃんと話をできるだろうか。

 そう思いながら意識が遠のいていった。



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