第11話 昔話
三百年ほど前、エルシーさんはとある扶桑さんではない世界樹の守り人をしていた。
その世界樹は若く(とは言っても樹齢千年近かったらしい)、己の力を過信しているところがあったらしい。
実際に、強い力を持っており実らせる果実は万病を癒し、存在するだけで世界を温め、潤し、生き物に活力を与えた。
幼い姿をしていたものの豊富な知識で聖樹族たちに魔法を教え、それを経由し他種族にも魔法は広まり、人族や魔族、ドワーフまでもがその恩恵に預かった。
それほどの天才的な力の世界樹だった。
中でも雷雲を操ることが得意でどんな魔物も一撃で仕留めることができるほどの技量だったそうだ。
だから、皆が油断をしていたのだ。
この世界樹は天寿を全うしうる大きさまで育つだろう。そうして、世界を支えてくれるだろう。聖樹族の皆は、そう思っていた。
そんな折、若い世界樹は初めての種を実らせることになった。
それも同時に複数。これも過去に殆どない出来事だった。
慶事に聖樹族は喜び、他の世界樹もそれぞれのお抱え聖樹族の使いを送るほどだった。
しかし、天敵が現れる。魔王である。
とは言っても普通の魔王ではなかった。どんな生き物をも貫く雷も、魔王には通じなかったのだ。
若い世界樹とエルシーさんや聖樹族一同は、もちろん魔王と勇敢に戦った。
しかし、魔王には不思議なほどの魔法耐性があり、じわじわと戦いは押されて行く。
そうしてついに、魔王が世界樹へと到達してしまった。
魔王は、世界樹を倒そうと思って襲ったわけではない。
魔王の狙いは世界樹の種。
つまり俺と同じ存在だ。ただし、その時の種は喋らなかったらしい。赤ちゃんだもんな。
『おねがい、返して! 私の種!』
種を奪われた世界樹の悲鳴が、エルシーさんは今も忘れられないのだと言う。
世界樹は多くの実をつけるがその殆どは大地の恵みを他の生き物に与えるための偽果であり、果実の中にある種に見えるそれは世界樹の苗木に育つことはない。
真果を扱うことが許されるのは世界樹本体と、世界樹の下僕である聖樹族のみである。
千年、二千年に一度しか実らない、しかもそれとて稀に発芽しなかったり、成樹になる前に襲われて食われたり、なによりも聞いた中で一番恐ろしかったのだが……人間の王がテーブルを作りたかった。世界一のテーブルを作ると言って成樹になる前の世界樹を切り倒してしまったことすらあるのだと言う。
そのテーブルは現存せず、その王は謎の病で苦しみ果てて死んだらしい。怖い。
俺は人間の王の事は知らなかったが、その話は我が身のことのように恥ずかしかった。共感性羞恥ってやつだろうな。
そういう様々な事情があり、世界樹の種をどんなに頑張って育てても、半分も成樹になれば御の字だと言う。
そして、その魔王が、よりにもよって二つもその種を奪ってしまったのだ。二つとも食べてしまったのである。
昨日、マギネさんがしたような属性化処理をする前の世界樹の種は無色に近い魔力リソースだった。
リソースとして使えば死にたてであれば数千人の死者を蘇らせることもできる強大なものだ。
無論、魔王を強化することなど簡単にできてしまう。
魔王は、ついに望んでいた翼と強大な魔力、太陽への耐性を得ることが出来てしまった。
魔族は太陽の光に弱く、地下で暮らしていたのだ。
そこからは悲惨だった。今までの魔王の攻撃だけでも苦戦していたのに、翼と強大な魔力を得た魔王は他の世界樹をも切り刻み、ドラゴンの支配する空を奪う。
人の支配する平原を燃やし、ドワーフの支配する山をいくつも崩した。魔族の支配する地下世界に水を引き込み沢山の魔族を殺した。
魔王は魔族の王のはずだったが、同族すら滅ぼそうとした。
世界の終わりみたいな時代が数十年続いた。
しかし、世界の全方面に敵を作った魔王は二百年前、ついに崖っぷちまで追い込まれる。
ドラゴンに魔族の天才魔道士、人間の国の騎士団長、エルフの弓手。そして、世界樹である扶桑さん。
元は敵対関係にある者も多かったが、世界にある種族の多くが力を合わせ、ついに魔王を封印した。
本当は存在自体を亡き者にしたかったのだが、どうしても呪いを放つ心臓だけは止めることが出来ずに封印したらしい。
その時に、どうしても誰かがやらなければならかったのは魔王の心臓を掴み取り、壺に入れ封印すること。
しかし、それは封印したものが絶対に呪いを受けるということを意味していた。心臓だけとなっても魔王はその心臓を掴む者に呪いをかけた。
『我を害するもの全てに災いあれ。命は枯れ、子孫は生まれず、末代まで苦しみあがけ。夜あるところでこの痛みを永遠に共有するべし』
心臓を封印したのは、弓手として戦ったエルシーさんだった。
若い世界樹を守れなかったのはエルシーさんだったから、せめて、責任を取るべきだとその時思ったのだそうだ。
かけられた呪いの大部分は魔道士と、扶桑さんが解呪してくれたと言う。
それでも解呪に一年かかった。それでもなお魔王の血を直接べったりと受けた手の呪いだけは何かの烙印のように消えなかった。
夜になるたびにジクジク痛み、夜も眠れば悪夢を見た。
魔法医に見てもらったところ、子供にも呪いは引き継がれ、苦しむ人間が増えていくタイプの呪いだった。
聖樹族の名家の中でも特に優秀であるエルシーさんには婚約者がいたが、破談となり家を継ぐのは妹ということになった。
それは全然構わなかった。
痛いことより、結婚が出来ないことより、家を継げなかったことよりも、エルシーさんを苦しめていることがあったと言う。
「夜になると、呪いの痕は針を刺すように痛むのですが、それはいいんです。それよりも辛いのが、眠るたびに見る、私がお仕えしたあの頃の聖樹様の夢でした。『返して! 私の子供を返して!』『私の子供を何故殺したの』って、聖樹様が、私に泣きつくんです。それが呪いの悪夢だとわかっていても、とても、辛くて……」
片手で顔を覆い、横を向き隠していたが、涙が溢れているのは当然のようによくわかった。
「……」
ここまでずっと聞いていたが、あまりにも辛い話だった。
知らないとはいえ、俺には今まで配慮がなさすぎたことを知った。
「エルシーさん、本当に、本当に、本当に、すみません」
俺に今できることは謝罪しかなかった。
「ソウヤ様、どうぞ頭をお上げください」
でも俺はどんぐりの状態だけれども頭を下げることしか出来なかった。
何も知らないとは言え俺は自分を焼けと言ったりワイバーンごときに怯えて死んでしまいたいなんて無配慮なことを言ってのけたのだ。
万死に値する。が、俺がするべきは自死ではない。
「俺は絶対死なないし、家具にもならないし、世界樹に絶対なります」
エルシーさんは涙をポロポロこぼしている。
「はい、必ずや、そこまでお護りいたします」
「俺にできることは何でもしますから、だから、エルシーさん。泣かないでほしいです」
ここで、俺は扶桑さんの言いたいことがわかってきた気がする。
俺は絶対にエルシーさんを護らねばならない。そのために、力を手に入れねばならない。
俺の、今できてしまった大事な何かを護るために。
スローライフは確かに欲しい。だがそれは心の安寧あってのスローライフだ。エルシーさんが苦しんでいる横で、スローライフをエンジョイできるほど俺の心は強くないのだ。
「聞いて下さい、ソウヤ様」
「うん?」
「今日見た夢は違ったんです」
「どんな?」
「若い聖樹様が泣き止んでいました。真面目な顔で『エルシー、あのときは守ってくれてありがとう。あのね、エルシー。私の種、まだ生きてるみたいなの。お願い、助けてあげて』と」
「どうやって……」
「わかりません。ただ、聖樹様の本体は滅多なことでは夢に出ないのです。聖樹様のお告げは一族の者には絶対です。ですので、普段の夢には見ないようになっておりますし、夢に見たといえば真実なのです」
ちなみに聖樹のお告げを捏造したものは、ありとあらゆる刑罰を受けた末、四肢をバラバラにした上で火山か毒沼に投げ込まれるのだそうだ。
ファンタジー世界の刑罰、怖すぎる。
若い樹は扶桑さんのように自由自在に写し身を使いこなすことが出来ないため、念話と夢を会話手段にすることはよくあるのだと言う。だから、それなのだろうと。
エルシーさんはうつむき、ぎゅっとまぶたを閉じる。
「まだ、生きておられるなら、なんとか力になりたいです」
「そのお母さんの樹がそう言うなら、きっと生きてるんだと思うよ」
俺はエルシーさんの言葉を信じた。二百年見た悪夢が、急に変わったのだ。
きっとなにか根拠があるのだ。どんぐりとしての勘が俺にそう教えている。
「きっとソウヤ様が育てば、そのきっかけは見つかるかと存じます」
涙で少し目の周りが赤い。それでもエルシーさんの表情は明るくなっていた。
それを見た俺は、何かが頭に開く感触がした。
ぽん、と音がしたような気がする。
気になって、スッと立ち上がる……立ち上がれる?
気がつくと、俺に根が生えていた。根が、足のように体を動かしている。
「エルシーさん! 鏡見せて!」
エルシーさんは目を丸くしながら、近くにあった手鏡を見せてくれた。
鏡の中の俺の頭には、立派な双葉が開いていた。
「どん卒だーーーーーーーー!」
根っこが生え、双葉が生えた。もうこれはどんぐりを卒業したと言っても過言ではない。俺は喜びの雄叫びを上げた。
「おめでとうございます」
俺の絶叫を、エルシーさんは微笑ましく見つめていてくれた。




