第101話 疲労回復と自己の再認
「あの、ルシアーネさん。よかったらこれ、馬にも多分効くと思うので……」
イロイロナオール錠を4粒取り出し、ルシアーネさんに手渡した。
イロイロナオール錠は手の中で薄っすらと光り輝き、ほのかに温かみも感じた。俺の体温が移ったとかではないと思う。多分。
「ちょっと、何よこれ!」
光る錠剤とか、現代人から見ても怪しいもんな。ウランとかラジウムみたいで……。チェレンコフ光じゃないので安心してください。
「俺が考案してここにいるマギネが作ったポーションを、手軽に錠剤で飲めるようにしたやつです」
ルシアーネさんは、錠剤を睨みつけるように検分している。
「この材料って、もしかして……」
「はい、俺です。気持ち悪くてすみません……で、でもかなり効くんですよ!」
おぞましい化け物を見るような目で、ルシアーネさんは俺を見つめて絶句していた。
「お姉様、これ、材料が世界樹様本人ってどういう事なの……! まさか、お姉様まで世界樹不要論に頭をやられて……!」
慌てた様子のルシアーネさんに、エルシーさんは遠い目をして答える。
「違うの! そうじゃないんだけど、話すとね、すごく長くて色々あって……」
「色々じゃわかんないわよ!」
うーん、ルシアーネさんとの形勢が逆転している。たしかに色々じゃなんにもわからんな。
「本当に色々あったのよ……。無理やり剥ぎ取ったとか、切り取ったとか、そういうのじゃないから安心していいわ。効果は原初の祝福地様のお墨付きだから……」
「へ? 祝福地様? しかも原初の? お姉様、もしかして私に生まれて初めて嘘をついていらっしゃいます?」
「いえ、本当です。俺自ら、というか、従者の皆様にお願いして、どんぐりのときに自分を水耕栽培しようと思ってどんぐりの皮をヤスリで削ったことが有るんですよ。そのときの俺から出た粉が原料です」
ささやかながら俺も助け舟を出してみた。
「自分の殻を削る!? 自分の粉!? 水耕栽培!?」
ルシアーネさんが、今までのコケティッシュな美貌を全部どこかに置き忘れて目と口を全開にして絶句している。
改めて他人に言われると、なんかちょっと異常さが理解できてくるな……。
自分を削って肥料にして水耕栽培するどんぐり。うん、どう聞いても頭がおかしいとしか思えない。
「それで、その粉。なんかドラゴンが食べに来るくらい栄養有るじゃないですか。だからポーションにして自分を育てようと作ってもらったら、なんか思ったよりもいい感じのものになったんですよね……」
「そうそう、そうなんス! 手のひらサイズから、世界樹を生み出す神授の力の籠もった粉っすからね! 気合い入れてポーションにしたら、マジでいい感じになったんスよ! 最高傑作っす!」
マギネが自信満々で解説する。
「そんな恐れ多いものを、馬に食わせろ、と……? 世界樹様のご本体ってことですよね……?」
言われるまで気が付かなかったな……確かに、そうとも言える。
「売るほど有るんで……」
俺は言い訳をしたが本当に売るほど有るからな……。
今後も自力でどんぐりを生産できたら材料にしようと思っているし、ゲーム中のエリクサーくらいの気持ちで気にせず使ってほしい。
ちなみに俺はゲームのエリクサー、一個も使わずにクリアするタイプの人間です。
「じゃ、じゃあ畏れながら、1個だけ……」
井戸から水を汲んできて、それを桶に入れて溶かし、数百倍に薄めた。どんぐり汁原液ほどではないが、新月の夜だとはっきり分かる程度には発光している。
飲ませてみると先程まで疲れていた様子を見せていた馬が、まるで競馬の直前の馬の様に蹄を鳴らし、いななき、やる気をアピールし始めた。
「一粒で十分みたいね……」
「あ、聖樹族の人たちにも効きますよ。お疲れでしたら是非」
「あ、はい……。言いたいことはいっぱいあるけど、今は受け取っておきます。お姉様も是非」
「そうですね、ソウヤ様、ありがとうございます」
エルシーさんは俺に頭を下げ、俺の手から採ったイロイロナオール錠をお茶で飲み下し、それを見てからルシアーネさんも同じ様に飲んだ。
エルシーさんの様子を見てから飲んでるあたり、あまり信用されてないな……。俺も薬も。
「やっぱり、これ、効くんですよねえ。不思議です。冷え切った体が温まりますし、体も軽く感じます」
エルシーさんが嬉しそうにしてるので俺も嬉しくなってしまう。俺が直接役に立てることはこれしかないからな。役に立てて嬉しい。
「うーん、複雑な気持ちだけど、純度の高い聖属性製剤だものね……。効くわ……」
さっきまで何度も息を吹きかけながら手を温めていたルシアーネさんはそれをやめ、少ししょぼついてた目元も出会ったときのような力強い目に変わった。
御者をしている聖樹族の人にも飲んでもらったが、同じ様に疲れはとれたようだ。
「ミルラ様の弟君とはいえ、後でお叱りはせねばなりません。でも今はその時間がないのです。食事は終わりましたね? とりあえず、行きましょう」
俺達はまた馬車に乗り込み、ルシアーネさんの光魔法を道標に前に進み始めた。
結局、夜が明けるまでに更に追加で十回ほどの野盗や魔獣を撃退したが、俺達にはなんの影響もなく過ごすことが出来た。道や山野に転がるけが人や魔物の死体はあとで守護者の人たちがどうにかしてくれるらしい。
とにかく、無事に着けた。エルシーさんとルシアーネさんには感謝しかない。
夜が明けてすっかり明るくなった頃、ようやく目的地についた。
扶桑さんほどではないが、ちょっとしたマンションほどの高さの樹が生えており、その周辺に街と城壁が広がっていた。
その城壁を通過し、もちろん門番も顔パスで真っすぐ進んでいくと小さな二階建ての可愛らしい洋風の一戸建てが建っている。その家の周辺には、数頭の馬が止めてあった。
「ここがミルラ様のお宅です。まだ眠っていらっしゃると思うので、どうかお静かに……」
ルシアーネさんが音を立てないようにドアを開けると、そこには先客がいた。
『キノ! もう着いたの?』
念話を送ってきたのは、もうしばらく後に来るはずだったメアリーさんだった。そして、その奥にいるアルビオンさんが俺に目礼する。
『メアリーさん、もういらしていたんですね』
『ええ、一昨日までに気合でやることを終わらせてきたわ。キノ、着いたばかりで悪いんだけど、少し話したいことが有るの』
俺はルシアーネさんに少しその場を離れることを伝えて、メアリーさんの言うままに家を出て、家の裏のベンチに一緒に腰掛けた。
「どうしよう、あの後、アルビオンにこちらにも宝石商がいないか調べてもらったら、いたのよ。でももう廃業してて、後も追えなくて……。それで、さっきミルラに会わせてもらったの。そしたら、思ったよりも具合が悪くて、そして、やっぱりおそろいの指輪とブレスレットをしてて……それで……えっと……」
メアリーさんは、事態の悪化に混乱し、パニック状態になりかけている。少し冷静になったほうがいい気がする。
「メアリーさん、落ち着きましょう。落ち着けないのはわかりますが、一つずつ、重要なことから解決しましょう。まず、大事なのは宝石商より眼の前のミルラさん。違いますか?」
「……違わない。そうね、そのとおりよ」
「それは俺がなんとかします。というより、俺の従者がなんとかしてくれると思います。それでも足りなければ他の人の手も借りる準備があります。もし力が足りなければ、メアリーさんの手もお借りします。だから、それまで少し待っていてくれませんか?」
沈黙が少し続いたが、メアリーさんは頷いた。
「うん、わかった。キノ、メアリーをお願いね。天候操作の時間は午後からだから、それまで一緒にいても良い……?」
「もちろん、大歓迎ですよ」
さっきまで泣きそうだったメアリーさんの顔が少し明るくなった。そんなことでいいなら何よりだ。
大事な友だちの危機に、一緒にいられないのは辛いだろうからな……。




