第100話 夜間行軍
ルシアーネさんのしれっとした言葉に
「そう? ならいいんだけど……」
いまいち信頼してなさそうな顔のエルシーさん。妹がいるとは聞いていたが詳しくどんな人かは聞いたことがなかった。
こんな人だったら、確かにあまり言いたくないかもしれないな……。
「ただ、あまり時間は有りませんの。私が馬に魔法をかけ、光魔法を使って道を照らしますから、夕食を食べたらすぐ出発していただいて宜しいですか? 馬車の中で寝ていただいて構いませんので」
ルシアーネさんは、急に真面目な顔になってまともなことを言った。
この世界では夜の移動は禁忌とされている。まず、野盗が出る。魔物も湧く。そして、暗さで崖に落ちたり、轍を踏んで馬車ごと倒れたりする可能性があるからだ。
ドラゴンも同じく、夜は狩りの時間なので乗用目的の場合まず飛ばない。他のドラゴンに襲われて危険だからだ。
そして、明かりをつけて走ったとしても、明かりは良い的になる。
それでも、夜に進みたいということは余程の事情があるのだろう。夕食は諦めて、早めに出たほうが良いだろうな。
「なにか軽いものを作ってもらって夕食は馬車の中で食べましょう。すみません、今から出るので軽いもので構いません、馬車の中で食べられるものを持ってきてもらえませんか?」
ルシアーネさんに怯えていた衛兵の人に声をかけて、軽食を用意してもらうことにした。
「アカシア、悪いけど今日から暫く別行動だ。頼んだ調べ事が終わったらお前の好きな本読んでいいからな」
本当にアカシアを一人にするのは心配なんだけど、マギネとエルシーさんは連れて行かないといけないのでどうしようもないのだ。
アカシアもれっきとした成人なのでそこは頑張ってほしい。
アカシアには記憶スキルと速読スキルがある。実際に俺たち全員でやるより一人でやらせた方が効率的なはずだ。
「うぇー……不安だけど了解です。無事に帰ってきてくださいね、若君」
「調べ物に関してはお前が頼りだからな、頼むぞ」
「うぇひひ……そこまで頼られると、従者冥利に尽きますね!」
ペリュさんに、王都にいて時間のある時だけアカシアの面倒を見てくれるように頼んでいると、先程のゴムシーさんが、慌てて3人分のお弁当と飲み物を持ってきてくれた。
「お手数をおかけします、助かります。あと、申し訳ないんですがアカシアの調べごとにお金がかかる場合、建て替えてやってもらえませんか」
「畏まりました。ルシアーネ様、皆様をよろしくお願いいたします」
「ええ……任せておいて。明日の朝には着きたいところだけど、どうかしらね……」
ルシアーネさんが窓の外を見ると、扶桑さんのいた場所や俺達のいた集落より大分早い時間なのに深い暗さの闇が空を包み始めている。街灯がない世界の夜は本当に暗い。
そのうえ、今日は新月だ。月明かりも期待できない。
無事に着けることを祈るしか無かった。
ルシアーネさんの用意してくれた、なんだかごつそうな車体の四頭立ての馬車に乗り込む。中は広くて、たしかに俺が横になるくらいのスペースはありそうだった。座席もソファーみたいだし。
「お姉様は私と一緒に馬車の上でデート…♡じゃなくて、敵を警戒してもらってもいいですかぁ?」
腕を抱きしめながらくねくねするルシアーネさん。
こ、こわい。エルシーさんそっくりの美貌なのに行いがトンチキなだけでこんなにも人に恐怖感を与えるというのか。
真面目なシーンなのかそうでないのか、極端な振れ幅が続いて俺は徐々にメンタルが疲弊してくるのを感じる。
「わかったわ。だから、その気持ち悪い行動をおやめなさい。ソウヤ様が怯えております」
そう言われたルシアーネさんは、チッと舌打ちしてすごい顔で俺を見た。本当にこの人、エルシーさんの妹なのか?
「はいはい、じゃあ行きますよ……」
途端にやる気をなくしたように、ルシアーネさんは軽々と馬車の上に飛び乗った。馬車の屋根の上2メートルくらいはあるんだが……。
馬車の上にはかろうじて柵があるだけでとても人が乗れるようには見えないのだが、メインウェポンが弓と魔法なことと、空からの襲撃にも備えないといけない関係上2人は馬車の屋根にそのまま乗り込んで進むようだ。
馬車の屋根に、サーチライトのような巨大な明かりが灯る。これはルシアーネさんの魔法らしい。
まるで車のハイビームのように視界の先数百メートルに明るい空間を生み出している。これならば道由来の事故は減らせるだろう。
御者が手綱を操り、馬車が出発した。思ったよりも揺れるが、マギネによるとこれは大分抑えられている方らしい。
王都を出るまではもちろん何の問題もなく進んだのだが、王都を守る城壁をでてからがさらなる試練が待っていた。
「さっむ!」
城門を出た瞬間に一気に空気が冷え込んだ。気のせいかと思いきやそうでもなく、マギネも寒がって備え付けの毛布にくるまっていた。
「そうなんすよね、城壁に守りの魔法がかけてあって、あれでも大分寒さが抑えられてるんすよ……」
「俺もその守りの魔法覚えたいなあ」
「エルシーさんが簡単なやつなら使えるはずっすよ。ペリュも使えるはずッス。教えてもらうといいっすよ」
「お前は使えないの?」
「ポーションと魔道具以外専門外ッスね」
想定内の答えが返ってきた。俺もそろそろまともな魔法の一つくらい習得したいところだ。
しばらく経って冷えた空気にも慣れてきた頃、急に馬車が止まり天井から叫び声が聞こえてきた。
「野盗ども! よく聞け! この馬車を護るのは守護者エルシーなり!」
えっ。イベント発生してる?窓ガラス越しに外を見ると、確かに遠くにたいまつがチラチラと揺れている。しかも十人は余裕で越える。
「命惜しくば今すぐ逃げ出せ。さもなくばわが弓の餌食となろう!」
ギギギギ、と弓を引き絞る音がして、一瞬の後にそのへんの木に当たる。哀れな樹は幹の半ばを轟音とともに木端微塵に粉砕され、上半分がドサリと倒れた。
「鬼のエルシーだ、マジかよ、逃げろ!」
「くそー、お貴族様の馬車、襲いたかったー!」
そんな悲鳴が遠くから聞こえてきた。
「最近の野盗は根性がなくて助かるわ。矢を無駄にせずに済むもの」
「そうですね、お姉様。まだまだ先は長いですから」
そう言うと、また馬車は走り出した。
「お姉様、左上方にワイバーンが」
遠くから聞き覚えのあるワイバーンの叫び声が聞こえてきた。エルシーさんは口を開かずに、ただ弓を引き絞る音だけが響く。矢が弓から離れた音がすると、数秒置いてワイバーンの断末魔の声が遠くに聞こえた。
「妹さん、なんかドレス着てたけどあれ、破れたり、汚れたりとか寒さとか大丈夫なのかな?」
ふと気になってマギネに質問した。
「攻撃系の魔法使いは皆服に金と手間をかけるんすよ。あの刺繍とか、布、ボタン飾りも全部魔法の品ッス。自作でどれだけ凝った服を着てるかが魔法使いの力の目安になるんスよ。ほら、ペリュも呪詛を使うときは高そうな服着てたっすよね。あれ、魔法の力が込められてるんすよ」
俺はてっきり杖に金をかけるんだと思ってた。全然違うようだ。
「その割に、お前そんなボロい服なの?」
「私はその材料を作る方っすからね。刺しゅう糸に魔法の力込めて売って本代や機材費を稼ぐんすよ」
意外に、マギネも涙ぐましい努力をしてるんだな……。どんぐり汁が軌道に乗ったら給金増やしてやりたいな。酒に使わないなら。
しかし、本来なら整備されているはずの道にヒビが入り、ところどころに大きい穴が空いている。
あれは光魔法がなければ避けられないだろうな……。確かに夜の移動は危険なようだ。
「あの穴は、気温差で中にはいった僅かな水が凍って、路面の石が割れてしまうせいで空いてるんすよ。本来なら、この時期は雪が積もるので穴が開く前に雪が穴が空くのを防いでくれるんスけど、雪が降らず、異様な低温なのも事態に拍車をかけてるっぽいんすよね」
マギネが穴が空いている理由を説明してくれた。そりゃ、ガタガタと揺れるのも仕方がないのか。
幸い、前世と違って乗り物酔いはしていない。マギネやルシアーネさん、御者さんは大丈夫だろうか……。エルシーさんはなんとなく大丈夫な気がする。
その後も、数十分に一回魔法の詠唱や弓矢の音が聞こえたり、どうしても避けられない段差で馬車が大揺れしたりなどの小さなトラブルはあったが、大きなトラブルもなく一度馬を休ませるために、井戸が有る場所の側で馬車を止めた。
焚き火をつけて、騎士のゴムシーさんが持たせてくれたお弁当(サンドイッチと魔法瓶に入った温かいお茶、干し肉のセットだった)をみんなでつまみつつ、馬に水を飲ませたり、馬に疲労軽減の魔法をかけたりしていた。
「本当は馬も一晩休ませたいんだけど……」
と、苦い顔で魔法をかけるルシアーネさん。そういえば、疲労回復に効いたよな、あれ。
俺は珍しくいいアイディアを思いついた。とそのときは思っていた。




