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第1話 天然記念物になりたい



 これは、俺が死んでどんぐりになり、木になったと思えばまたどんぐりにもどる、そんな異世界の思い出話である。

 

 その日、気がつくと俺は自分が何か小さい物体になっていた。

 誰かの手のひらの上にいて、聞き慣れない言葉で俺がやり取りされているのだけはわかった。

 俺はぼんやりとその光景を見ていたが現実味がない。俺は自分のことなのにまるで他人事のように眺めていた。

なんでこうなったんだっけ…………俺は記憶をたどることにした。





 晩秋の平日早朝、俺はいつものように通勤していた。

 ただし、いつもと違うこともあった。異様に体調が悪かったこと。それと横断歩道のど真ん中に植木鉢を発見したこと。


 今は通勤時間真っ盛りなので人も車も多い。ここで倒れたら絶対に怪我をすると思うのだが誰も植木鉢に気がつく様子がない。


(幻覚かな……)


 小学生が植える朝顔の鉢植えほどの大きさの鉢植えに誰も目をやらないのも不自然だ。 かなりの確率で幻覚の気がするが、危ないので一応拾って歩道に移動させた。

 小学生が置き忘れたのかもしれないしな。触れたということは幻覚じゃないのかもしれないが、今となっては確認のしようもない。


 ここ二ヶ月ほど終電に合わせ退勤し、朝五時に起床、一時間半かけて七時半に出社という生活が続いている。

 幻覚が見えてもおかしくはない。


 心臓もバクバクだし、頭も痛い。体もだるい。目もしょぼしょぼする。睡眠が足りてないんだよな、睡眠が……。わかってはいるんだが時間がない。


「はぁ……」

 俺は天を仰ぐ。なんでこんな目にあっているのか。俺が会社選びを失敗したからだ。


 予定では必死に働いてお金を投資し四十代でFIREして地方都市に引っ越して資金運用の利益で細々趣味を楽しむ生活をできれば……なんて、割とよくある夢を抱いていた。


 しかし仕事は激務で、募集要項とは似ても似つかぬ給料と待遇。

 この数年定時で帰れたこともなく、おかげで生活は荒れ、交友関係も薄っすらと消滅しかけており職場と自宅アパートの往復になっている。


 そんな生活をどうにかしたいのだが、先立つものが貯まらずどうにも出来ないまま、謎の植木鉢に出会ってしまった。



 植木鉢はいくつかの間隔を開けて並んでおり、俺はなんとなく通勤のことを忘れて植木鉢が導く方へとふらふらと足を向ける。


 ふと、大きく育った街路樹が目に入る。


「木はいいなあ」


 思わず口に出る。

 そう、俺はずっと木のことが羨ましいと思っていた。

 地面に植えてもらえばあとは地面から養分を吸い上げすくすく育つだけ。必要なものといえば適度な雨と、たくさんの日差しだけ。


 その上数千年も生きれば神木として祀られて天然記念物として悠々自適の毎日が待っている可能性だってある。


 天然記念物でなくても高級盆栽に生まれれば一生お金持ちの家で資産として左うちわで過ごすことだって出来るだろう。

 木ならそれこそ光と水だけで百年以上生きていけるだろう。労働とも無縁だ。

 とは言え街路樹に除草剤を撒く自動車販売店とかもあったし一概に安定とは言えないだろうが。


(あー来世はなんか植物になりてー、できれば、でっかい木)


 大きく育って高いところから、定命の人間たちを見守ってのんびり長生きしたい。

 もっと要望できるなら温暖な土地でぬくぬく病気もなく育ちたい。

 さらにいうならチヤホヤもされたい。そう思いながら、謎の植木鉢の並ぶ裏通りで俺はなんとなく大きな街路樹を見上げていた。


 多分疲れていたんだろうな。始発に乗って終電で変える生活を繁忙期とは言え二週間以上続けている。

 今月に入って休みを取った記憶がない。そりゃ疲れもするだろう。



 ふと足元を見下ろすとやはり植木鉢は並んでいる。


(俺もあんな感じの朝顔植えたっけ)


 小学生の時、学校から頑張って持って帰ってきて、数日分まとめて観察日記を書いたりしていた。そう、この朝顔と同じ青い花だったな。


 鉢植えには、名札が刺さっている。風雨のせいで消えかけているが、どれだけあそこに放置されていたのだろうか。それとも小学生の忘れ物だったのだろうか。ふと、名札の名前を見る。


 きの そうや


 消えかけているが、それは、俺の名前だ。



「えっ」


 どうして? と思った直後、激しい痛みと共にそこで意識は一度途切れた。





「目が覚めましたか?」


 何処かから女性の声がする。

 ここはどこだろう。見回すと、勤務先のビルほどの大きさの巨大な樹が見える。

 温かな木漏れ日と、都会には似つかわしくない爽やかな風。見渡す限りの草原に俺は立っていた。

 声の主を探すが見つからない。


「どこですか?」


 見覚えのない場所を不安に思いつつも、丁寧に語りかけてくれている人に失礼のないように問いかける。


「ここですよ」


 木の根元に女性の姿が見えた。女性は長い黒髪に、十二単や巫女装束に似た白い着物を着ていた。

 千年前のお姫様と言われても信じてしまいそうな不思議な高貴さがある。


「ここは……?」

「ここはあなたの住む世界ではない場所、いわゆる異世界でございます」


 うーん、小説の読み過ぎだろうか。過労で倒れた俺が自分に都合の良い夢を見せているのだろうか。

 夢なら覚めないでほしいし現実なら狂ったのかもしれない。


 さて、どちらなのだろうか。




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