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ようやく一息吐いた所で、開口一番、耳をつん裂く様な大きな声が、
若い番頭・鼓一郎:「御主人、もう止めてください!」
自分には声が掛からなかったものの、噂は聞いていた鼓一郎。仕事で鍛えた足腰に、すっと整った面構え、誰もが見惚れる男でございました。
斯く言う主人もその気はございませんでしたが、素直で快活な気質に惚れ込み目をかけて、丁稚小僧の頃から番頭にまで育て上げた逸材。まるで自分の子供の様な秘蔵っ子に、恥ずべき痴情の始末は任せられる訳がないものだから、
赤城屋主人:「何だい、呼んでもいないお前さんの出る幕じゃございませんよ。というか、お前さんが気にするには勿体無い様な、大した用事ではないのですよ」
と、やや焦った様子でございました。
しかし、ところがどっこい、
若い番頭・鼓一郎:「でも、私は本当に女将さんを愛しているのです!」
と、番頭さんがまさかの告白。これにはびっくり仰天。皆の目が丸くなってしまいました。
赤城屋主人:「やい、手前!こんな大年増の何処が良いって言うんだい⁉︎」
赤城屋主人、狙い通りだというのに何故だか釈然としない。やはり、長年連れ添った女房に、いや、手塩にかけて育てた愛弟子に、いずれにしましても、男の嫉妬などというものは犬も食わない訳でございまして、
女将:「何だと、この出っ腹爺い!」
と、女将ももう頭から湯気が出る程にカンカンで、全く調子が良いのは番頭の鼓一郎だけでございまして、するりと女将を太い腕で抱き止めますと、
女将:「あらん、厭だ。よく見たら苦味走った良い男じゃない。しかも、見る目まであるだなんて」
と、まあ、やや強引な力強き若獅子に女将さんはもうメロメロ。元々気にしていた腹をさすりながら、主人はポカンと開いた口が塞がりません。
女将:「やい、古狸!あんたなんかもう用済みだよ!」
甲高く叫ぶ女将に、こいつは困った。最近は番頭の鼓一郎に全て任せきりで、遊び呆けていたのが祟ったようで、客の廻りが分からないから、再び商売を始めようにも、どうにも首が回らない。よくよく考えてみれば、自分も同じ番頭上がり。婿養子だというものですから、くるりと立場も入れ替わり、下手をすれば番頭どころか丁稚小僧からのやり直し。齢五十の小僧などというものは誰も見たくはない訳でございまして、道理で私、聞いた事がございません。縁を切られた暁には路頭に迷うのは明白というもの。主人はすっかり参ってしまいました。
三行半で、店を干されて、無一文。哀れ商人、女房質入れ、無一文。
女房と参った思い出が、にっこり微笑む泰平に、
赤城屋主人:「こんな事なら、金なんか一文も持たなければよかった」