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所変わりまして、神仏とは縁も所縁も程遠い、色茶屋とは気楽なもの。若い男に仕事を放り投げては、手前は若い娘としっぽりと、というものですから、大店の主とは大層恵まれた境遇でございまして。まあ、人足寄場などというものが大々的にございましたから、今と違って日雇い労働者も多い訳で、「宵越しの金は持たない」なんて輩が持て囃される時代でございました。そういった調子でしたから、仕事もしないで昼間から酒を掻っ食らっている奴なんて、そこらじゅうに転がっている始末。旦那衆というものは客としては上の上。特上を超えて、まさに神様仏様でございました。
そんなこんなで、相手が大店の主人とあっては、全くと言って良い程に待遇が違います。女将になれれば玉の輿、妾止まりも大繁盛。と、まあ、こういう処の男女の仲というのは実に現金なものでございまして、小娘達も我先にと寄って来るはで、選り取り見取りの選び放題なのでございます。
「おだてられれば木に上る」というのは本当の事でございまして、赤城屋主人もその一人。気になる娘を手当たり次第に呼びつけて選びに選んでは、何とも厭らしい噺ではございますが、じっくりねっとりと見定めて、一人に絞り込んでは、事の他入れ揚げておりました。
色茶屋の小娘:「旦那、私を身請けしてくれはございませんでしょうか。他の男の物になるのは、辛くて仕方がございません」
幾度も幾度も通って来るものですから、勿論、店の娘も期待は膨らむものでございまして、商売柄、嫌でも食べる為には仕事を選ぶ事が出来ない訳でございます。誰かと祝言でも挙げまして、狭い長屋暮らしでも、今より幾らかばかりは幸せであると、何とも可哀想な身分でございますよ。そんな気持ちを知ってか知らずか、しこたま飲んで飲まされ気分の良くなった御主人は、小娘の胸元にすっと手を回すと、
赤城屋主人:「嗚呼、当然ですとも。この赤城屋惣兵衛、金の事なら有象無象、任せておいておくんなましって」
と、まあ、こんな感じで、事はどんどん複雑な方向へ複雑な方向へと流れていってしまいました。
最終的には、
色茶屋の小娘:「大旦那様、私を女将さんにしてくださるの?」
なんて、言い始める始末。すると、主人も調子に乗って、
赤城屋主人:「この世の皆様のご要望を叶えるのが商人でございますよ。女の一人や二人を幸せに出来ずに、何が商人ですか」
と、鼻の下を伸ばしきって、自信満々のしたり顔。
しかし、大丈夫なのでしょうかね、この様な事を言ってしまって。まあ、奥方は居ないは、酒は手伝うはで、色茶屋の小娘に手を出してしまったのだから仕方がない。言わずと知れた銭下馬ですから、金の方は何とか工面出来るとして、問題は女将さん。いつも尻に敷かれているものですから、こう、ついつい思い詰めた方向に考えてしまう。
けれども、意外と真面目に商売に励んできた性分が邪魔をして、人を殺める覚悟は持ち合わせていない。それならば、自分だけ不貞であるのが悪いという事で、店の若いのを二三人程見繕っては女将に宛がって、逢い引きの証拠を掴んでしまえば此方の物と、何とまあ、姑息で汚い算段を立てた次第でございます。