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話は変わりまして、此処にも一人。厄除祈願にと、ちょっと名の知れた仏閣に、金に卑しい商人が奥方を連れて願掛けにやって参りました。
通りすがりの人:「商売繁盛祈願ですか?」
会う人、会う人、皆そう尋ねる。廻船問屋「赤城屋惣兵衛」と言えば少しは名の通った銭下馬で。自業自得と悪い噂も数あれど、流石に嫌になってくるというもの。久しぶりに会った旧友ですら、参拝の理由を
赤城屋主人の旧友:「商売繁盛祈願かい?」
と問うものだから、こいつは面白くありません。しかし、人の裏をかくぐらいでないと商人というものは務まらない上に、お金は皆大好きな筈で、それを突き詰めては何故いけないのかと思う次第でございました。愚痴は全部返すから、代わりに要らない金をくれと、ぐっと堪えて笑顔を作れば、
赤城屋主人:「ほら、巳之吉さんの所が押し込み強盗に遭ったろう。それで、この世の泰平を願っていたという訳だ」
とまあ、赤城屋主人は得意顔。
因みに江戸中期から後期にかけてましては殺し強姦を含む武装強盗が多発しておりまして、酷いものになりますと、店の人間を全て含めた一家皆殺し、果ては火まで付けていきますと、仁義の欠片も無い凶賊が蔓延っていたのでございます。意味も無い残虐な蛮行という理由から、仲間の賊は全員市中引き回しの上に打首獄門か火焙りに処されると、当時は厳しく取り締まられておりました。
火付盗賊改方という専門の役職もあった程でございましたから、流石に洒落にはなりません。引き合いに出すというのも私はどうかと思いますが、そんな手段を選ばない御主人と致しましても、やっぱり女将には敵わないようでございまして、
女将:「おや、珍しい事もあるものですね。しかし、御前さん。いつも神棚に向かってもぞもぞと、金のなる木がどうとかと、願掛けをしているではございませんか」
と、チクリと一刺しやられれば、思わず口を尖らせまして、
赤城屋主人:「う、五月蝿い。他人様に金のなる木が降って来ますようにって、そういう事だい」
と、まあ、こんな感じで、いつの時代も決まり切ったやり取りが繰り返される訳でございます。
やはり、夫婦というものは通じ合っていると言いますか、こう、一つ屋根の下で暮らしていますと、大体の事は分かってしまうものでございます。
しかし、神様の前で見栄なんか張るものではございませんね。壁に耳あり障子に目ありと言います様に、まさに油断大敵。聞いている人は聞いているものですから、神も仏もそれに例外ではございません。