第六話 ケツダン
雪が降り続ける日々が続き、彩と雪村の関係は、静かに、しかし確実に深まっていた。雪村が過去のことを話すことを避けていたのは、彼なりの理由があった。しかし、彩はそれを無理に問い詰めることはせず、ただ一緒にいる時間を大切にしていた。彼が少しずつ心を開いてくれる日を待ちながら、共に歩む日々を楽しんでいた。
しかし、ある日、雪村がいつもより早く学校を抜け出して帰ろうとしているのを見かけた。少しだけ顔色が悪く、どこか焦った様子で歩く彼の背中を見て、彩は心の中で何かを感じ取った。
「雪村…?」彩は思わず声をかけた。
雪村は驚いたように立ち止まり、そして少しだけためらった後、ゆっくりと振り向いた。彼の顔には、いつも見せないような不安げな表情が浮かんでいた。
「どうしたの?今日は、あまり元気がないみたいだけど…」
「ごめん、彩。今日はちょっと…大事なことを片付けないといけない。」雪村の声は、いつもと違って少し硬く、どこか遠くを見つめるような瞳をしていた。
「大事なこと?」彩はその言葉に、少しだけ胸が締め付けられるような感覚を覚えた。何か彼の中で、解決しなければならない問題があるのだろう。雪村は、普段自分から深刻な話をすることは少ない。だからこそ、今の彼の態度が彩の心に不安を呼び起こしていた。
「うん…。」雪村は少しだけ間を置き、そして言葉を続けた。「俺、どうしても避けられない過去がある。今、その過去に向き合わなきゃいけない。」
その言葉に、彩は胸がざわついた。過去…。雪村が言う「過去」が、いったいどんなもので、どうして彼がそれに向き合わなければならないのか。
「でも、それって…もしかして、君が言っていた過去のこと?」彩は恐る恐る尋ねた。
雪村は目を閉じて、深い息をついた。「うん。実は、俺が過去にやったことが、今になって大きな問題になってきているんだ。」
その言葉に、彩は驚きと同時に少しの恐怖を感じた。雪村が抱える問題が、予想以上に大きいのだろうか。
「その問題、私にも関係しているの?」彩は震えるような声で聞いた。
「関係しているかもしれない。」雪村は力なく答え、そして彩を見つめた。「だからこそ、今、君に話さなきゃいけない。君を巻き込んでしまうかもしれないことだから。」
その言葉に、彩の心は引き裂かれるようだった。雪村が過去を背負っていることは理解していた。それでも、彼が自分にまでその重荷を背負わせようとしているのか、それが怖くてたまらなかった。
「雪村…」彩は深呼吸をしてから言った。「あなたが過去に何をしてきたのか、私は知りたくない。ただ、今、あなたがどうしたいのか、それだけを知りたい。」
雪村は黙っていた。しばらくその場に立ち尽くし、雪が静かに降り続ける音だけが響いていた。やがて、雪村はゆっくりと口を開いた。
「俺、君を守りたい。」雪村の声は、今まで以上に真剣だった。「でも、このままでいるのが一番いいのか、君に全てを話してから向き合うべきなのか、迷っているんだ。」
その言葉に、彩は胸が痛んだ。雪村が迷っている理由がわかるからこそ、彼の気持ちが痛いほど伝わってきた。そして、自分ができることは、ただ彼を信じて一緒にいることだと思った。
「どんな決断をしても、私はあなたの側にいるよ。」彩は静かに言った。「あなたが過去と向き合うために、私ができることがあれば、何でもする。」
その言葉に、雪村の顔が少しだけ柔らかくなった。無言で近づいてきた雪村は、彩の肩にそっと手を置いた。
「ありがとう、彩。」雪村は静かに言い、そのまま二人はしばらく黙って歩き続けた。雪が降り続ける中で、二人の足音だけが響いていた。
雪が積もる静かな世界の中で、二人の心は確かに繋がっていると感じられた。過去の問題が解決するかどうかはわからない。しかし、今大切なのは、共に歩んでいくこと。そして、どんな困難が待っていようとも、お互いを支え合うことだと、彩は確信していた。