第五話 ケツイ
雪が降り続く街の中で、彩と雪村の歩みは静かに、そして確かに続いていた。あの日、雪村が言った言葉が、彩の心に温かく残り続けている。雪が降るたびに二人で歩くこと、それが当たり前のように感じられた。しかし、そんな日常が続くうちに、次第に二人の間に新たな気持ちが芽生えてきたことに気づき始めていた。
放課後、雪がまた強く降り始めた。いつものように、彩は校門で雪村を待っていた。雪が降り積もる中、彼と一緒に歩く時間が、何よりも楽しみになっていた。だが、今日の雪は少しだけいつもと違っていた。どこか冷たく、鋭く感じられる。
「お疲れ様。」その声で、彩は我に返った。雪村が現れたのだ。
「遅かったね。」彩は軽く言ったが、心の中では、雪村が少し元気がないように見えることに気づいていた。
「うん、ちょっと考え事をしてた。」雪村は少し苦しそうに言って、視線を下に向けた。
「考え事?」彩は心配そうに尋ねた。最近、彼があまり笑わなくなったような気がする。それが気になっていた。
「うん、少し大切なことがあって。」雪村は少しだけ沈黙をした後、ため息をついて言った。「実は…これから先のこと、少し迷っているんだ。」
その言葉に、彩の心が一瞬、緊張した。雪村が迷っている?彼の心の中で何か大きな問題が起こっているのだろうか。
「迷っているって、何が?」彩はゆっくりと聞いた。
雪村は顔を上げ、少しだけ真剣な表情で言った。「俺、これから先のことを考えると、君を巻き込むのが怖いんだ。君に、もっといろんなことを知ってほしい。でも、俺のことを知ることで、君が傷つくかもしれない。」
その言葉に、彩は驚いた。雪村がそんな風に思っているなんて、思いもしなかった。彼が何を心配しているのか、少しずつ明らかになり始める。
「傷つく?」彩はその言葉を繰り返し、雪村を見つめた。彼の目は、迷いと不安に満ちていた。
「俺は、君に何も隠さずにいたい。でも、君が知ってしまうことで、君が傷ついてしまうんじゃないかと思って。」雪村は言葉を選ぶように続けた。「俺には、君に話せない過去がある。」
その言葉に、彩は心の中で静かに息を呑んだ。過去…雪村にとって、その過去が彼を縛っていることはわかっていた。しかし、それが彼を苦しめていることに、今まで気づけなかった自分に少し驚いていた。
「私は、あなたの過去を知りたいとは思わない。ただ…今、こうして一緒にいることが大切だと思ってる。」彩は静かに言った。「あなたが過去にどんなことを経験してきたのか、私にはわからない。でも、今のあなたを大切に思っている。それだけは変わらない。」
雪村は一瞬驚いたように黙り込み、そしてじっと彩を見つめた。その目には、少し涙をためたような色が浮かんでいた。
「君は、そう言ってくれるんだな。」雪村はゆっくりと笑い、目を閉じた。「ありがとう。」
その瞬間、彩の心は強く、温かくなった。雪村が抱えている過去の重さは、簡単に解決できるものではないだろう。しかし、今、自分ができることは、彼を支え、共に歩むことだと心から思えた。
「だから、今はただ一緒にいよう。」彩は優しく言った。「雪が降るたびに、一緒に歩こう。それが私の約束だよ。」
その言葉に、雪村は深く息をつき、そして静かに微笑んだ。その微笑みは、雪が降る中で少しだけ輝いて見えた。
「ありがとう、彩。」雪村はそう言って、そっと手を伸ばした。
二人はそのまま、雪の中で並んで歩き始めた。静かな夜の街を、雪がどんどん積もり、二人の足跡が新たに刻まれていく。過去の重さを抱えながらも、今を大切にすること。それが、雪村と彩がこれからも歩む道だと、二人は心の中で確信していた。