【短編】完璧令嬢が間違えて告白したのは第一王子様でした
数ある作品の中から「完璧令嬢が間違えて告白したのは第一王子様でした」を見つけてありがとうございます!楽しんで読んでいただけると嬉しいです。
透明感のあるベージュ色の髪に、何処か神秘的な黄金の瞳。整った顔に浮かぶ、大輪の花を思わせる輝かしい笑みに、玲玲とした美しい声。そして、試験を受ければ首位を取る程の優れた頭脳。
どこを取っても完璧な彼女の名はエルティス・ルクシアリー。国で最も有名な令嬢と謳われている彼女だが、爵位が一番低い男爵家の出身で、実家は裕福とは言い難かった。そのため、エルティスが領地経営を手伝いをする事も多かった。
「……でも、問題があるのよね」
昼休みに、エルティスは学園のギリギリ敷地内という所にある長い廊下を歩きながら呟く。
(卒業すれば本格的に領地経営を行えるけれど、それだけではあまり変化は期待できないわ)
時折独り言を呟きながら熟考するエルティスは少々不気味だが、幸いこの辺りに生徒が来ることは滅多にない。
「おや、ルクシアリー嬢。このような所で何をしてるんだい?」
……滅多にないはずなのだが。
廊下の角を曲がり、再び現れた長い廊下に足を滑らせていた時、後ろからかけられた声にエルティスは足を止め、振り返る。
こんなところに、もはや常連と化したエルティス以外に生徒が来るとは……。明日は季節外れの雪が降るかもしれない。
――そんなことより、目の前の麗しき令息だ。
彼の名はロメルス・ダリア。ダリア侯爵の一人息子で、地位と輝かんばかりに整った容姿から多くの令嬢を虜にしてきた罪深きお方だ。
優しく光を弾くような銀髪が風に舞う様子も、優しさと温かな光を宿した緑の美しい瞳に映る景色すらも芸術品の一部のようだ。
勿論、完璧令嬢たるエルティスは、クラスメイトとして彼とそれなりに仲が良いが決して地位や容姿に惹かれて近づいた訳では無い。
「あら、ロメルス様。わたくしは友人と待ち合わせを。――ロメルス様こそ、どうしてこのような場所に来られたのですか?」
何事もないかのようにさり気なく嘘をつき微笑むエルティスは流石完璧令嬢と言わざるを得ない。
「僕は……コイツについて来ただけだよ」
言われて気づく。ロメルスの後ろ――先程エルティスが曲がった角の辺りに一人の男性の姿があることに。
ロメルスがコイツ呼ばわりした相手。それは――。
「……!殿下」
艷やかな銀髪に赤眼の男性はこの国の第一王子だった。
月の光を閉じ込めたような銀髪と、冷ややかな赤の瞳に形容しがたい薄暗さを湛えた彼からは仄暗さを感じ、何処か儚げだった。
存在に気づいていなかったとはいえ、第一王子への挨拶を怠るなど由々しき事態だ。
エルティスは左足をすっと後ろに引き、右足を曲げて腰を落とす。
ドレスの裾と艷やかな髪をふわりと揺らしてカーテシーを取るエルティスは天使のように美しかった。
……内心は大慌てなのだが。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。わたくしはルクシアリー男爵家のエルティス・ルクシアリーと申します」
「――いや、気にしなくていい。偶然通りかかっただけなのだから」
「……?そうでございましたか」
学園の外れの廊下を偶然通るということがあるのだろうか、とは思いつつも声には出さない。
「ではな」
そう言って王子ははエルティスを追い越し、歩き去っていった。
「何かごめんね。アイツ、昔から言葉が少なくて誤解されてばかりなんだよ」
「いえ、全然気にしておりませんわ。それより、追いかけなくてよろしいのですか?」
なんだかんだで仲が良さそうだったので、エルティスは自分が邪魔をしてしまったのではないかと心配する。
「ん〜……別に問題ないけど。――あっ、そういえばご友人と待ち合わせしてるんだっけ?邪魔したら悪いし僕はこれで」
そう言うとロメルスは先程の王子のように颯爽と去っていった。
「……そうでした。わたくし友人と待ち合わせだなんて嘘をついていたいたのでしたわね。自分で設定を忘れてしまうとはわたくしもまだまだですわね」
再び一人になり、エルティスは長い独り言を言う。
「――そんなことよりも、領地の話だわ。どうしたらもっと豊かになるのかしら……」
最近ではルクシアリー男爵領での経営は悪くなっていく一方だった。エルティスが必死に策を講じてきたにも関わらず、だ。
(やはり資金は必要よね。)
だが、今のルクシアリー家には財力も十分には無い。
無いなら作ればいい主義のエルティスだが、資金に関してはそうも言ってられない。
斯くなるうえは……。
「――財力のある家に嫁ぐ」
口からでた言葉は、突拍子もないことだった。けれど。
「いけるかもしれない」
にやりとエルティスは完璧令嬢らしからぬ笑みを浮かべるが、ここには誰もいないので知ったことではない。
エルティスが目をつけたのは……。
「ロメルス様。彼は婚約者がいなかったはず……」
彼は侯爵令息で、縁談も引く手数多なのだが……いかんせん数が多すぎる。 多すぎる故に、侯爵夫妻は恋愛結婚を認めているとかいないとか。
つまりはエルティスと同じように婚約者がいないのだ。
と、思ったところで気づく。
「あっ、一ヶ月後に卒業パーティがあるじゃない!」
告白の舞台は整えられた。ならば――。
「そうと決まったら即行動ね!」
決意を確かめるように口にするとエルティスは切り替えるように息をつき、足を動かした。
――廊下に隠れていた者の存在に気付かぬまま。
「ああはいったものの……私、女性として見られていないのかしら……」
翌日もいつも通り件の廊下に来ていたエルティスはため息とともに戸惑いを露わにする。
話は数時間前に遡る。
「ロメルス様。その……」
エルティスが考えたこと。それは、物理的にも心理的にも徹底的に接近することだ。少しずつ、的確に距離を詰め、告白する。
(絶対に成功する流れよね!)
エルティスは殆どのことに於いて完璧だが、妙なところが抜けていた。
「ロメルス様。よろしければお昼ご飯ご一緒にしませんか?」
「ん〜……ごめんね少し用事があって。今日は無理かな」
クラスメイトが内密に見守る中、エルティス困ったように眉を下げながらロメルスに振られた。
「そうでしたか。ご用事があるのなら仕方ないですわね」
エルティスはクラスメイトに用事があったから振られただけだということを表すようにわざと声を大きくしながら言い放つ。
「やっぱりエルティスさんがロメルス様の婚約者になるのかな……」
「でも振られていたじゃない」
「いえ、ロメルス様にご用事があったからだそうですわよ」
「どうせ、そんなの負け惜しみでしょう」
予想通りの影響を与えられた反面、予想外の感想を持つ者がいたことにエルティスは顔が青ざめるのを感じる。
「失礼いたしますわ」
エルティスは無理やり笑みを貼り付け、優雅に一礼するとその場を素早く立ち去った。
……そうして今に至る。
(あんなにきっぱりと断られると傷つくわね)
「はぁ〜」
エルティスは今日、何度目かわからぬ溜め息をつき、手すりにより掛かる。
(もしかしたら振られないという確信があったのかもしれないわね……)
エルティスは自分が傷ついたことで自分がどれだけ不遜であったかに気づき、そのことに呆然とした。
「でも、ここで諦める訳にはいかないわ!」
宣言通りエルティスは翌日もロメルスに声を掛けた。無論、声を掛けただけではない。
「ロメルス様!1週間後に私の友人の実家のフズリー侯爵家でお茶会が開かれるのですけれど同伴してくださいませんか?」
気のせいだろうか。クラスメイト――それも女生徒がこちらに向かって目を光らせているのは。
「ん〜……茶会かぁ。予定は無いはずだけど……。ん〜……」
「あっ、大事なことを忘れていましたわ。出席していただけるのなら対価をご用意致します」
エルティスは一歩ロメルスに踏み込んで笑みを深め、囁くようなから声音で言った。
それに対しロメルスは目を細め、妖しげな微笑みを湛えるとエルティスの耳元で囁いた。
「――いいよ」
「えっ、ほ、本当ですか!?」
エルティスは女生徒からの悋気や羨望の視線を知らぬ振りをして躱し、ロメルスに向けて無邪気な笑みを浮かべた。
「フフっ。元はといえば君から誘った事じゃないか」
「それはそうですけれど……。でも、とても嬉しいです!私婚約者がいないので、ああいった場はどうしても居心地が悪いので……」
その言葉に男子生徒までもがエルティスに目を光らせるがエルティスはそのことに気づかず目の前の会話に集中する。
今回の茶会はパートナー同伴という条件は特に無いが、多くの人が、婚約者と出席するだろう。夜会や茶会では婚約者と出席することがこの国の風習だからだ。
「フフ。それは僕もわかるよ。婚約者は時に邪魔だけど、会に出る時は必要だな、って思うんだよね」
「ですよね!私もとてもわかります!――というか対価のことを訊かないのですか?」
「ん〜。訊いてほしいのなら訊くけど……?」
「もう!そういう言い方で言われると言いたくなくなりますわ。……でも特別に言いますわね。――薔薇水ですわ」
「……!それって――」
「それでは1週間後はよろしくお願いしますね」
ロメルスの追求から逃げるようにしてエルティスはその場を去った。
(彼とはやっぱりわかり合えるわ……)
件の廊下へ向かう中、エルティスは微笑む。
何と言っても彼が誘いを受けてくれたのだ。上機嫌になってしまうのも仕方がない。
今回のお誘いを受けてもらう鍵となった物はやはり薔薇水だろう。
薔薇水とはその名の通り薔薇の香りの香水だ。特別な薔薇の香りのするこの香水は貴婦人に人気があり、ロメルスが大切にしている、彼の母もこの香水を愛用していた。
しかし、今年は天候が悪い日が多く、低質な薔薇ばかりが生産されたため、薔薇水も世に出回らなかった。
が、薔薇水を販売している会社に〝貸し〟があったエルティスは難なく手にすることができていた。
(私もお母様もあまり香水は使わないし、丁度良かったわ)
家で放置されている香水達を思い出し、エルティスはなんとも言えない表情を浮かべた。
◇
夜が深まり月が空高く昇る頃、2人の青年が秘密裏に会い、言葉を交わしていた。
「公務を怠ってまで侯爵家の茶会に出るだなんて正気かい?ソアルト」
柔らかな美貌を兼ね備えた青年は、豪奢な椅子に腰掛ける青年、ソアルトに問いかけた。
「フッ。正気だ。お前こそ、此処にこうして報告しに来るあたり律儀に過ぎるな」
椅子に腰掛ける、氷を思わせる鋭い美貌を持ったソアルトは見た目と違わぬ冷ややかな声で答えた。
「まぁね。僕は架け橋だから。……にしても僕のこと頼りすぎじゃない?薔薇水、欲しかったんだけど……」
「……もう直ぐ終わる事だ。我慢しろ。薔薇水なら俺から贈ってやる」
「あー。はいはい」
青年はやさぐれた様にそう言い、整った顔に不満を浮かべる。
「ま、僕も暇じゃないんで。じゃあね」
「あぁ」
ひらりと手を振り部屋を出る青年を一瞥し、一人になった部屋で残されたソアルトはひたすら手を動かし続けた。
◇
(まだかしら。そろそろ約束の時間なのだけど)
早いもので一週間が経ち、エルティスは、ロメルスが乗った馬車が家に停まるのを待っていた。
間もなく、エルティスの待つ庭に、一台の馬車が到着した。
「え……?」
……したのだが。馬車にロメルスの家紋はなく、何故か華やかな王家の家紋が馬車にはあった。
「――驚かせたな。実はロメルスに急用が入って、代わりに俺が来た」
馬車から現れた見目麗しい男性。彼の正体は――第一王子だった。
(……代わりにしては大物過ぎるわよ)
「そ、そうでしたのね。それでは今日はよろしくお願いします」
「あぁ」
エルティスは内心止めどなく冷や汗をかきながらも平静を装い、王子が伸ばした手に自分の手を重ねた。
1時間ほどの堪え難い――ゴホン、手持ち無沙汰な時間を馬車で過ごしたエルティス達は漸く侯爵邸に着き、パーティ会場である庭園に向かった。
爵位の低い者が侯爵家などに出入りすると難癖を付けられるが、ソアルトの顔パスがあったため不快な思いをせずにすんだ。
――ガシャンッ。
――恙無く進んでいた茶会でそれは起こった。
ティーポットを運んでいた使用人が何かに足を取られ、転倒したのだ。その拍子にティーポットは地面に打ち付けられ、紅茶を辺りに散らした。
「きゃあっ」
令嬢たちの悲鳴が重なる中、エルティスは使用人に手を差し伸べ、立ち上がらせた。
「申し訳ありません……」
「大丈夫よ。これくらい」
「ですが、その……ドレスが……」
その言葉に視線を下ろすと、美しい刺繍が施されたドレスの裾に紅茶の染みができていた。
「気にしなくていいわ」
(本当は一張羅のドレスだけれど……)
すると、傍から見ていたソアルトが立ち上がり、エルティスの側に跪いた。
(え……?)
戸惑うエルティスを余所にソアルトはハンカチを取り出し、紅茶の染みを優しく叩いた。その直向きなソアルトの目にエルティスは目が釘付けになっていた。
「あっ、あの、ありがとうございます。もう大丈夫ですから」
そう言うエルティスをソアルトは完全に無視し染みが薄くなるまでその行為を続けた。
「ドレスの事もあるし、我々は先に帰らせてもらう。いいな?」
「も、勿論でございます」
やがて立ち上がったソアルトは主催者に軽く挨拶をし、エルティスを連れて会場をあとにした。
エルティス達は夕暮れ時の道を走る、夕日に包まれた馬車の中に居た。
会話の続かない絶望的な状況に、現実逃避していたエルティスは茶会での出来事を思い出し、自然と笑みを浮かべていた。
「どうかしたのか?」
「いえ、今日はとても楽しかったなと」
(跪かれた時には驚いたけれど、とても格好良かったわ……なんて、言えないけれど)
「……っ。そうか。ならば良かった。――ところで、ソアルトと呼んではくれぬか」
「はぇっ!?」
斜め上の切り返しに完璧令嬢でありながらも奇妙な声を出してしまう。
「深い意味は無いし、嫌ならばそれで良い。……それに殿下は他にもいるからな」
(第一王子様に嫌と言える人なんていないでしょう!?)
エルティスは慌てるあまりソアルトがボソリと言い訳のようなことを言っている事に気が付かない。
「い、いいえ。嫌などではありません!ソ、ソアルト様、と呼ばせていただきますね」
(……な、名前で呼ぶだなんて緊張するわねっ)
焦りを落ち着けられないエルティスは、王族だからという理由以外で緊張……いや、照れている事に気が付かないのだった。
◇
――一ヶ月後。
学園は煌煌と輝きを放ち卒業パーティの真っ只中だった。その中、壁際に立つ影が一人。
(人が多すぎるわね。これでは告白どころではないわ……)
エルティスは卒業パーティを二の次にしてロメルスの動向を探っていた。
だが、人気者の彼は沢山の女生徒に囲まれていて中々話しかける事ができなかった。
エルティスがロメルスを監視……見守り始めてからかなりの時間が経過した頃、ロメルスに動きがあった。何かを周りの生徒達に告げて歩き出したのだ。エルティスも後を追うようにそっと動き出した。
(何をしているのかしら……?)
ロメルスは不可解なまでに蛇行を繰り返し進んでいた。そのため、何処に向かっているのか見当もつかなかった。
やがて、人気のない所に来たエルティスは、ロメルスとの間隔を広げた。
(もしかして庭に向かっている……?)
庭園に繋がる廊下をロメルスが曲がったところで、エルティスは自分の予想があたっていることに気がついた。だが、それと同時に足を止め、顔を俯ける。
(誰か来る……?)
予想と違わずエルティスが曲がろうとしている角から人が現れ、一瞬視線を感じた後、何事も無かったかのように去っていった。
「ふぅ……」
(何だったのかしら……。っていけない。追いかけなければ)
そうして、庭園に着いたエルティスは真っ直ぐにロメルスのもとへと向かった。
「――あの、貴方様に申し込みたい事がございます」
エルティスは空に浮かぶ月の光を集めたような銀髪の持ち主の背中に声をかける。
緊張のあまり顔を合わせる事ができないが、足元がこちらを向いたことを確認し、エルティスは告白した。
「家格が釣り合わないことは承知の上ですが、私と婚約していただけませんか」
バクバクと脈打つ心臓の音が聞こえてしまうのでないかと思える程静かな庭で、エルティスは相手の返事を待った。
思い返せば僅かな時間だったが、その時は途方もない時間のように感じられた。
「あぁ」
「……っ!」
待ち望んだ答えが聞こえた瞬間、エルティスは今までにない幸福感と達成感――そして違和感を感じた。
「……?」
違和感が確かなものになる前に、エルティスは顔を上げた。
「……えっ……?」
エルティスは呆けたような声を出してしまった。
――だが、それもそのはず。
エルティスを捉えて離さない宝石のような瞳は、温かなエメラルドではなく、冷ややかなルビーだった。
「……どうしてソアルト様が……?」
――そう、エルティスが告白した相手はこの国の第一王子、ソアルトだった。
「俺は元からここにいたが?」
「えっ……?……そ、その申し訳ございません、人違いでございました。忘れてくださいっ……」
人違いで告白してしまった恥ずかしさから頬を真っ赤に染めたエルティスは、一刻でも早くこの場を立ち去ろうとお辞儀するとすぐにソアルトに背を向けた。
……のだが。
ソアルトは腕を伸ばすと、何故かエルティスの手首を優しく掴んだ。驚きと共に振り返ると、ひたむきな瞳と視線があった。
「俺はそなたとの婚約を了承した。何ら問題はないと思うが」
(――あぁ、そうだわ。声も口調も雰囲気もロメルス様と違うのだわ……)
「ですが……」
「――よろしくなエルティス」
言い逃れを封じる様に微かに笑ったソアルトに、目眩を覚えるエルティスであった。
◇
「ソアルト、首尾はどうだった?」
僕――ロメルスは見知った背中を見つけ、声をかける。
「知ってるだろ」
ロメルスと良く似た、けれど彼にはない貫禄をまとった青年――ソアルトは眉根を寄せ、短く答えた。
ソアルトは卒業パーティの最中に完璧令嬢エルティスとの婚約を発表していた。
勿論ロメルスは発表を聞いていたが、本人に詳細を聞きたいのだ。
「でも、僕には感謝してほしいよ。わざわざ死角に入ったタイミングで入れ替わってあげたんだから」
恥ずかしがっているソアルトから詳細を聞く事は難しいと判断したロメルスは肩をすくめ、恩着せがましく言う。だが、其の実からかっているのだ。
「わかってる。……だが、後悔していないだろうか」
ソアルトは薄く染めた頬を誤魔化すように話題を逸らす。
「う〜ん……大丈夫じゃない?それとなくソアルトの気持ちも伝えといたし」
「そうなのか?」
「うん。アイツ言葉足らずだから、ってね」
「……それだけじゃ気持ちは伝わらないだろ」
「そうかな?〝完璧令嬢〟ならわかるかもよ?」
「いや……彼女は妙なところが抜けてるからな」
「ふぅん、そうなの?……流石良く知ってるね」
「……。……ん」
ニヤニヤと嫌らしい笑みをわざと浮かべると、ソアルトは不機嫌そうに鼻を鳴らすとロメルスに何かを押し付け、去っていった。
「全く……。2人も僕を頼るだなんてね……」
静けさが戻った庭園にロメルスの独り言が響く。
彼のその手には、エルティスから貰うはずであったあの香水瓶が握られていた。
◇
「……くしゅんっ」
(何だか無駄に気を張り過ぎたわ……。でも、ソアルト様に対してであればあれくらい当然かしら)
伯爵家の自室に入り、一人きりとなったエルティスは大きな溜め息をつく。
「〝王子様〟と婚約してしまうだなんて……。ふふっ夢見たいだわ」
突然の展開に困惑はしたが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。あるのはこの、胸で疼く甘い気持ちだけ。
「今夜は幸せな夢を見れそうだわ」
小さく呟き眠りについたエルティスは、この夜この世で一番幸せな夢を見た。
その後結婚式を挙げ、4人の子宝に恵まれた2人は幸せに暮らしたという。
End
最後までお読みいただきありがとうございました。