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通院日和

作者: てんころ

 11月になった。雪はまだ降らないものの、肌寒い季節になった。

 私はグループホームというまだ社会に上手く出られない人が支援を受けながら共同生活を送る施設で生活を送っている。入居して半年になった。

 今日は6時に目を覚ました。カーテンを開けて窓を少し開けた。冷たい空気が部屋に入ってくる。朝食は7時に揃って食べるのでまだ時間がある。スマホで英語の勉強をすることにした。



「おはようございます」


「はい、おはようございます」


 パジャマのままリビングに入って世話人に挨拶をした。現在自分を含めて4人の利用者で成り立っている。全員寡黙な人間だ。シェアハウスという呼び方も出来る環境だが皆常に黙食だ。

 食事を済ませ、歯を磨く。ひげを剃る。顔を洗う。さっぱりしてから私服に着替える。9時頃に施設を出るので、それまでにまた英語の勉強をした。

 

 時間になったので施設を出た。自転車に乗って町へ向かった。

 私はB型事業所という所に通っている。ここは、一般就労の難しい人が労働の訓練をする場所である。

 駐輪場に自転車を止め、事業所に向う。大きな交差点を渡り雑居ビルに入った。すると反対側の入口から事業所の利用者が歩いてきた。


「おはようございます」


「おはようございます」


 特に話す事も無くエレベーターのスイッチを押した。

 6Fまで上がり事業所の扉を開けた。中には15人程が机に座っていた。私の席は一番前の左側の席である。

 10時になり朝礼を済ませ、午前の作業が始まった。

 私はパソコンを使って家の見取り図を書き、手すりを取り付ける場所を示す。という作業をしている。また、業者との間に事業所の職員が入り双方とコミュニケーションを取る。見取り図は現調シートという下書きが送られてくるので、それを清書していく。

 送られてきたメールを開き現調シートを取り出した。


「何だこれ。何が書いてあるのか分からん。」


 思わず声にしてしまうくらい雑な現調シートもある。下書きなのでしょうがない部分もあるが、アラビア文字は勘弁してほしいところだ。職員に電話をして確認を取った。


「すいません。このトイレの横にあるのは何ですか?…ああこれ洗面器ですか。デカいですねぇ。お風呂かと思いました。」


 ほぼ毎日このようなやり取りがあった。


 

 昼休みになったので少し離れた所にあるイオンに行く事にした。散歩にちょうどいい。20分程歩けば着く。

 空を見上げると快晴であった。道中サラリーマンや学生とすれ違った。私は一般就労をしていないがこうして外を歩いていると区別がつかないような気がした。

 イオンの食品売場でチョコモナカアイスを買った。ワオンの電子マネー決済は楽だ。小銭が散らからない。

 フードコートで座席を探した。昼は客で埋め尽くされており、何とか空いた席に座った。

 モナカを食べながらスマホをいじっているとメモ帳に今日が通院日であることが書かれていた。すっかり忘れていたのである。大体一ヶ月に一回通院している。

 事業所に戻り早退の許可をもらった。気がつけば早退は久しぶりだった。半年前の体調ではこうはいかなかった。

 駐輪場から病院までは15分程だった。

 病院に着くなり、診察券と保険証を出した。この病院は予約制ではない。院内は既に患者で溢れていた。


「すいません。今日は自分何番目になりそうですか。」


「う〜ん…10番目くらい?…」


 受付の女性は困ったような笑顔を浮かべた。


「じゃあ1時間散歩してきます。」


「あっ、10分前には戻って来て下さいね。」


「分かりました。」散歩はいつものルーティンだった。

 

 病院を出て散歩を始めた。この周辺は何だかのんびりした空気が流れている。そういう場所では昔の事を思い出したりする。

 昔幻聴が酷かった時には身内に病院まで送迎してもらっていた。しかし、車の中ですら幻聴が聞こえるのだからみるみる精神を病んで疲れ果てていた。このまま社会に復帰出来ないのではないかと半分諦めの気持ちがあった。今でこそ過去を振り返る余裕ができてきたと言える。

 散歩から戻ってもう一度受付で何番目か確認した。すると次だという。座って待つことにした。

 

「鈴木さ〜ん」


「は〜い、失礼します。」


 ドアを開けると初老の主治医と目が合った。通院して1年半になる。


「鈴木さんどんな感じ?」


「はい。かなり良くなってきてると思います。」


「どうしたのよ。前は待合室でも待てなかったのに。」


「お陰様で交通機関も利用できる様になりました。」


「良かったねぇそれは。」


 主治医はカルテに情報を書き込んでいた。そして謎の判子を押した。


「薬減らしとくから。はい、良いよ。」


「ありがとうございました。」


 病院を出るともう夕方の気配がした。自転車に跨り帰路に就いた。

 その夜自室の畳で横になっているとスマホが鳴った。身内からメールが来ていた。今度結婚式があるらしい。めでたい事だが私自身は冠婚葬祭は苦手である。行けたら行くと返信してスマホを畳に置いた。

 部屋は静かな空気に満ちていた。



 

 


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