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異世界にいるわたしの恋

タイトルは異世界だけど、現実世界の話です。

 ……人間は自分自身をよく分かっていない。例えば、「どうすれば自分は仕合せになれるのか?」とか。

 夢を実現するために努力している人がいる。きっと、夢が実現できれば自分は仕合せになれると思っているのだろう。だけど、夢を叶えても仕合せになれるとは限らない。夢を実現するために努力をしている間は楽しかったけれど、夢を実現してしまった後はつまらなくなってしまったりするらしい。他にも、大金持ちになった人が何故か自殺をしてしまったり、何不自由なく一生贅沢ができるほどの富を蓄えた人が、何故か突然アフリカの自然保護活動を始め、しかも資金を出すだけじゃなく、自分自身も危険で過酷な労働をし始めた、なんて話があるようだ。

 人間は自分自身をよく分かっていない。

 だから多分わたしも、わたし自身をよく分かっていないのだと思う。

 

 「――篠崎さん。付き合ってください」

 

 女子生徒達の間で人気のある男子生徒に告白された。

 九条君という。

 昼休み。校舎裏に呼び出されたので、何かと思って行ってみたら告白だった。彼とはそんなに接点はないのだけれど、知らない訳じゃないくらいの関係だ。

 彼は家がお金持ちで、しかも成績も運動も性格も良いという非の打ち所がない男子生徒だ。

 普通はこういう場合の真っ当な女子生徒の反応は、ドキドキして悩むとか、喜んで有頂天になるとかなのだろう。だけど、わたしは違った。

 

 “――もし断ったら、女子生徒達の評判を落とすかも”

 

 そんな心配をしていた。

 

 飽くまでわたしの個人的な意見なのだけど、人気のある男子生徒は女子生徒にとってある種の爆弾のようなものだと思っている。正しい関わり方をする分には何の問題もないが、間違ったアクションを取ってしまったなら、その後の学園生活に支障をきたす。

 そしてそれは女の子達の間にどんな文化があるかによって大きく違って来る。

 “女子生徒達の文化”によっては、もし誰かが人気のある男子生徒と付き合い始めたなら、その女子生徒は嫌われてしまう。まぁ、分かりやすく妬まれてしまうのだけど。だが、意外に思われるかもしれないが、そのまったく逆のパターンもある。人気のある男子生徒からの告白を断ったら「彼をふるなんてひどい。可哀そうじゃない」と評判を落としてしまうのだ。

 恋愛なんて個人間の問題で、付き合おうが断ろうが本人の自由だと思うのだけど、まぁ、わたしの経験から言わせてもらうのなら、なんでか分からないけど、そんなようになってしまっているようなのだった。

 そして、今のわたしの高校の“女子生徒達の文化”はどうにも後者っぽいのだった。つまり、もし断ったら、わたしの評判は落ちてしまう。どの程度悪く言われるかは分からないけど、場合によっては学園生活が送りにくくなってしまうかもしれない。

 ――だからわたしは、

 「まずはお友達から」

 と、彼の告白を受け入れてしまったのだった。

 もっとも、決して彼が嫌だった訳ではない。“有り”か“無し”かで言えば、当然、有りだ。

 爽やか系のイケメンである彼は、それを受けて謙虚にも「良かった~ もし断れたらどうしようかと思ってた」と本当にホッと安心した嬉しそうな顔を見せた。そしてわたしの手を「よろしく」と言って握って来る。自然に女の子の手に触れられるのはいかにも女の子慣れしているといった感じだが、不快な感じはまったくしない。モテる男の子はやはり違う。

 

 ――どうして、わたしだったのかしら?

 

 その時、そんな疑問を覚えた。

 他にいくらでも女子生徒はいるのに。

 

 「そりゃ、篠崎は、綺麗な外見をしているもの。いかにも“おしとやか”って感じでさ」

 

 九条君からの告白にOKを出した次の日、休み時間に、友人の塚原に相談してみると、そんなような事を言われた。

 「そんな自覚はまったくないのだけど?」

 「自覚なしで、そんな外見にしているの?」

 「いや、別に深く考えてないもん」

 わたしは髪を真っ直ぐのロングにしている。ただ、特にこだわりがあってそうしている訳ではなく、単に自分の髪質に一番合っている髪型を採用しただけに過ぎない。わたしの髪は細くて柔らかく、ショートカットは似合わない。美容師さんからもそう言われた。

 「ま、とにかく、その外見に騙される男子生徒もいるって話よ。九条君は犠牲者ね。ボロを出してさっさとふられなさい」

 塚原は羨ましそうにしていたが、おどけているのは明らかだった。

 「なによ、それ~」

 と、わたしは頬を膨らました後で、ちょっと一息つくと、「本当にそうなったらいいのに」と思わずこぼしてしまった。

 「ん? 九条君と付き合いたくなかったの? もらったげよか?」

 「別にそういう訳じゃないわよ。ただ、ちょっとプレッシャーを感じると言うか、荷が重いと言うか、なんと言うか」

 正直、“釣り合っていない”とわたしは思っていた。

 「なんかよく分からないけど、付き合いたくなかったのなら、断っちゃえば良かったじゃない」

 「簡単に言わないでよ、理由がないじゃない」

 それを聞くと“意外だ”といったような表情を彼女は見せた。

 「理由ならあるでしょう? 翔太くん」

 「翔太~?」

 と、わたしは声を上げる。

 「なんで翔太が出てくるのよ?」

 「だから、翔太くんと付き合っているだとか、翔太くんが好きだとか言って断れば良かったのよ」

 そう。

 人気のある男子生徒の告白を断っても、女子生徒達から嫌われないでいられる方法もあるのである。それは“他に好きな男の子がいる”と言う事だ。または既に付き合っているでも良いのだけど、そう言えば大体は悪い噂は立てられないで済む。

 わたしはその手段について一瞬考えた。しかしすぐに、

 「いやいや、ないでしょう? だって翔太よ?」

 とそれに返した。

 想像をして、有り得ないと思ってしまったのだ。

 それに対し彼女は「いやいや、あるでしょう?」とさも大事のように言った。

 「翔太くんだったら、充分に有り寄りの有りだって。スポーツできるし、性格が可愛いし」

 「あれは単に成長していないだけっていうのよ」

 「分かってないなぁ」

 「分かりたくないぁ!」

 そのわたし達のやり取りに、教室のクラスメイト達が視線を向けている。

 それでわたしは少し声が大きくなってしまっていることに気が付いた。自分でも無自覚の内に興奮していたのかもしれない。冷静に自己分析をするのなら、わたしの中で、それくらいの存在感はあるという事なのかもしれない。彼、鏑木かぶらぎ翔太は。

 気持ちを落ち着けると、

 「ま、あいつとは小さな頃からの付き合いだからね。自然と、そういう対象からは外しているのかもしれない」

 とわたしは塚原に言った。

 「そういう話なら分からなくもない」と、それに彼女。九条君じゃなくて、翔太の方が実はお気に入りなのじゃないかとそれでわたしは彼女を疑った。

 「いつからの付き合いだっけ?」

 「よく覚えていないけど、小学校4年くらいだったかな?」

 「ふーん。微妙な年頃ね。なら、多分、違うかなぁ?」

 「違うって何?」

 「相手を兄弟姉妹として認識しちゃう閾値。幼い頃にずっと一緒だと、相手を“血のつながりがある”と判断して、自然と恋愛対象から外しちゃうんだって。近親相姦を防ぐ為の人間の生物としての仕組みね」

 「へー」

 そんな話は初めて聞いた。

 翔太とはいわゆる幼馴染という関係になるのだろうと思うけど、家族だと思った事は一度もなかった。近しい関係と言っても、そこまでじゃない。

 「そういうのじゃなくて、単にあいつのおバカなところとかをよく知っているから、恋愛対象として見られないってだけだと思うわよ」

 と、わたしは素直に言った。すると彼女は「それって翔太くんも思っているのかな?」などと言うのだった。

 「なにが?」とわたし。

 「いや、そのまんまの意味だけど?」

 翔太がわたしを恋愛対象として見ているなんてあり得ないとわたしは思っていた。だけど、当然だけど、彼の気持ちを確かめた事なんて一度もない。

 そして、そこから連想して、わたしは今回の件についても考えた。

 翔太がわたしが九条君と付き合う事をどう思うか。正直、わたしはこれっぽちも想像していなかったのだ。

 “……あれ? いや、でも、本当にどう思うんだろう?”

 焦燥感に近い何かを感じた。

 裏切ってしまったかのような。仮に翔太がわたしを恋愛対象として見ているのなら、わたしは酷く無神経だ。

 ただ、だからといって、どうすれば良かったのかは分からなかった。

 その日、廊下で偶然に翔太とすれ違った。翔太は無表情で挨拶もしないで通り過ぎていった。わたしを責めているように思えなくもなかった。ただ、わたしと彼はただの友達。道理で考えるのなら、責められる言われなんて何にもない訳だけど。

 

 それから数日は何事もなく過ぎていった。九条君とわたしが付き合い始めたという噂は順調に校内に広がっていた。確かめてはいないけど、恐らく翔太も既に耳にしているだろう。

 夜中。

 学校から戻って夕食とお風呂を済ませて部屋で寛いでいたわたしは、なんとなくパソコンで恋愛小説を検索してみた。わたしは小説投稿サイトに投稿された恋愛小説を読むことを趣味にしている。検索キーワードは、『イケメン、告白』にした。実は次の日曜日に九条君とデートをする約束をしていたのだ。気が重い。彼が嫌だって訳じゃない。ただ、どんな風に立ち振舞えば良いのかが分からなかったから不安だった。少しでもヒントを貰いたい。

 わたしは九条君どころか、男の子とデートをするのも初めてなのだ。いや、昔は翔太としょっちゅう一緒に遊んでいたから、それをデートに含めるのなら違うけど。

 とにかく、ほぼ初デートだ。悩んで当然だと思う。ヒントが欲しいと思うのも無理はないのじゃないだろうか。もっとも、フィクションの恋愛小説が役に立つなんてわたしは本気で思ってはいない。単に気を紛らわしたかっただけなのだろうと思う。

 検索でヒットした小説を眺めていると、『勇気の告白』というタイトルの小説が目に留まった。

 “勇気”ねえ……

 あらすじを読んでると、どうやらイケメンから告白された好きな女の子が返事を保留にするところから始まる物語であるらしい。保留にしている間に告白しなければ彼女を奪われてしまうと焦った男の子は、勇気を出して告白するのだ。

 思っていたのとは少し違う。けど、なんとなく、わたしはそれを読んでみることにした。

 “んー 考えてみれば、返事を保留にするって手段があったのよね……”

 と、そのあらすじを読んで後悔したというのもあった。何故、それを思い付かなかったのか。もし、九条君からの告白の返事を保留にしていたら、翔太はどうしていたのだろう?

 そんな風に想像しながら読んだら、自然、男の子に翔太を重ね、彼が好きな女の子にわたしを重ねていた。

 

 「――まだ迷っているのなら、きっとお前はあいつと付き合いたくないんだよ。オレと付き合うことにしちまえばいいじゃねーか。どうせ、昔っからの仲なんだし」

 

 野上シンゴが告白をした。緊張からか、彼の瞳は涙ぐみ、頬は赤くなっていて、心なしか声も少し震えていた。

 埋見アイはそんな彼の様子に少なからず驚いていた。幼馴染の彼のことはとっくに分かっている気になっていたが、彼にこんな一面があるだなんて。シンゴは同年代の男の子に比べればやや幼いところがある。それもあって、彼女は弱さを隠しきれないでいる彼をその時とても愛おしく感じてしまっていた。

 彼は“付き合うことにしちまえばいい”などと表現したが、それは強がりみたいなものだろう。本当は彼は彼女が好きなのだ。女生徒にモテる城之内が彼女に告白したと知って、不安でいっぱいだったはずだ。

 必死な彼の告白を無下にはできない。彼女は「別にいいけど……」と答える。

 素っ気ない態度を装った。それは、半分は照れ隠しだったけど、“本当の告白じゃない”という体で告白して来た彼を慮ったからでもあった。

 「そうか」と彼。「じゃ、そういうことで」と続ける。何でもなさそうにしていたが、頬が紅く染まっていた。目が喜んでいる。

 「ま、よろしく」とそれに彼女。彼女もやはり少しだけ顔が紅かった。

 子供の頃から友達として仲が良かっただけに、いざきっちりと“付き合い始める”となって妙な居心地の悪さを互いに感じていた。

 ただ、その妙な空気が可笑しかったのか、少しの間の後で二人は「あははは」と笑い合っていた。それで、まだ少し慣れないが、しばらく経てば直ぐに自然と一緒にいられるようになると二人とも思っていた。

 

 埋見アイへの告白の後、シンゴはホワホワとした気分で学校の廊下を歩いていた。もちろん、告白が上手くいき、子供の頃から好きだった彼女と晴れて恋人同士の関係になれたからだ。

 そこで不意に声が聞こえた。

 「ね、私の言った通り、上手くいったでしょう?」

 見ると、そこには埋見と同じクラスの楠の姿があった。

 「なんだ、お前か」

 実は彼女は彼に告白の後押しをしていたのだ。

 「なんで上手くいったって知っているんだよ? まさか、お前、覗いてたのか?」

 その彼の責めるような口調に彼女はカラカラと明るい声で返す。

 「そんなに仕合せそうな顔をして歩いていたら、誰だって告白が上手くいったって分かるわよ。顔に直ぐに出るんだもん、野上くん」

 「うるせーな」

 それから彼は後頭部を軽くかくと、「でも、感謝はしている。ありがとな」などとお礼を言った。照れている仕草が少し可愛い。

 「けど、どうしてお前は、告白が上手くいくって分かったんだ?」

 そう訊かれて、楽しそうに「ふふ」と彼女は笑った。

 「あっちはあっちで分かりやすいからね」

 そして、そんなことを言う。

 「分かりやすいって?」

 「埋見も野上くんを好きだって見てて簡単に分かるって話」

 それを受けて、彼は怪訝そうな顔を見せた。

 「じゃ、どうして城之内の告白をさっさと断らなかったんだよ?」

 「んー」と少し迷ったような声を出すと、それから楠は「埋見は自分の気持ちをよく分かっていなかったのよ」などと答えた。

 「分かってない?」

 「そ」

 それからやはり少し迷うとこう続ける。

 「友情から恋愛感情に少しずつ変化していたのに気が付いていなかったのね、きっと。そして、それが少し怖くもあった」

 それを聞くと、野上は再び頭をかいた。

 「よく分からねーなー」

 「ふーん」と、それに楠。そして、「もしかしたら、本当は野上くんの方が、埋見なんかよりもずっと早熟なのかもしれないわね」などと続けたのだった。

 野上シンゴは変な顔をしていたが、「そうなのか?」と返した。恐らく本当はよく分かっていなかったのだろうが。

 

 “――なにこれ?”

 

 その“勇気の告白”という小説の第一話を読み終えたわたしは狐につままれたような気分になっていた。

 “こんな偶然ってあるのかしら?”

 まるで本当にわたし達の事のように思えたからだ。

 もし仮に、わたしが九条君からの告白の返事を保留にしていたら、本当に翔太はわたしに告白をして来たかもしれない。そしてこんな風に付き合い始めることになっていたのかもしれない。

 そう思えた。

 そして、わたしには、なんだか九条君と付き合うよりもこの方が“あるべき姿”であるように思えていたのだった。

 いや、だって、どう考えたって、わたしと九条君じゃ釣り合わない。彼にも他の女子生徒にも悪い気がする。

 翔太を異性として好きなのかと問われると正直よく分からない。歳は同じだけど、彼はどちらかと言うと弟といった感じだから。それが正直なわたしの感想だ。

 ――でも、

 “友情から恋愛感情に少しずつ変化していたのに気が付いていなかった”

 作中の楠というキャラの言葉が妙に胸に刺さった。

 

 「……どうしたの? なんだか、元気がないね」

 

 日曜日。

 約束のデートの日。

 九条君が心配そうな顔でわたしに話しかけて来た。水族館。珍しい魚や可愛いペンギン、残念なことに小さな水族館だからイルカはいないけれど、それでもそれなりに楽しめる娯楽施設だ。

 比較的近場で、料金が安く、気軽に行けるデートスポット。九条君がプランを立ててくれたのだ。さすが、モテる男。とても良いチョイスだと思う。そつがない。

 「あ、ごめん。ちょっと考え事をしていて」

 誤魔化すようにわたしはそう返す。彼は怪訝そうな顔をしていた。本当は、あの小説…… いや、翔太の事が気になって、いまいちデートに集中できていなかったのだ。今日、わたしがデートをしていることをきっとあいつは知っている。学校で噂になっていたから。どんな気分でいるのだろう?

 ……まさか、覗きに来てなんかいないわよね?

 辺りを思わず探してしまった。

 ――もっとも、さすがにデートの行先までは知らないだろう。わたしは友達にくらいしか伝えていないし、九条君がライバルになるかもしれない翔太の耳に入るようなへまをするようには思えない。

 そこでふと我に返った。一体、わたしはデート中に何を考えているのか。

 “いけない。このままじゃ、九条君に失礼だ”

 わたしはそう思うと九条君に変に思われてはならないと気合を入れた。

 「九条君、珍しい魚コーナーに行ってみましょうよ。わたし、チンアナゴを見てみたかったの。楽しみにしていたんだから」

 「う、うん」とそれに九条君。わたしの豹変にちょっと驚いているようだった。それからはわたしはデートを楽しめたと思う。思った通り、チンアナゴは可愛かったし。ただ、ちょっとだけ、自分が自棄になっているような気がしないでもなかった。

 

 「で、楽しかったの? 九条君とのデートは?」

 

 塚原が興味津々といった様子で尋ねて来た。ただし、口元が微かに笑っていて、何かしらの含みがあるような気もする。

 「楽しかったわよ、チンアナゴとかペンギンとか観てさ」

 「ふーん」とそれに塚原。

 「なによ?」

 「いや、別に。他の人と一緒だった方がもっと楽しかったのじゃないか?と思って」

 「九条君とだって楽しかったわよ。彼、キーホルダーを買ってくれたし」

 わたしがチンアナゴを気に入っていると分かると、彼は「初デートの記念」と言ってキーホルダーを買ってくれたのだ。さりげない感じが好感触だ。

 「へー」と、先ほどと似たような返しを塚原はした。

 「なによ?」と、わたしも先ほどと似た感じで返す。

 「何処にもそのキーホルダーを付けていないな、と思って」

 「彼からのプレゼントを皆から見える所にくっつけていたら、見せびらかしているみたいになっちゃうでしょう? 他意はないわよ」

 本当は思い付きもしなかったのだけど。

 「翔太くんからのプレゼントだったとしてもそうしていた?」

 「あいつはわたしにプレゼントなんてしない」

 「つまり、もしくれたらちゃんと鞄かなんかに付けていた、と」

 「そういう意味じゃない!」

 塚原はどうにもさっきから引っかかることばかり言って来る。だからわたしは、九条君がどれくらい気が利くのかをそれから彼女に語って聞かせたのだ。

 「ふーん。さすが、九条君ねぇ」

 わたしが語り終えると、彼女は想定の範囲内だと言わんばかりの口調でそう応えてからこう続けた。

 「でも、もう少し不器用な方があなたの好みなんじゃないの?」

 何を言い出すやら。

 「そんな女は、滅多にいないわよ」

 「私の目の前に一人いるけどね」

 「もういい!」

 これ以上は言っても無駄だと呆れたわたしは、そこで会話を切り上げた。

 

 九条君とのデートから数日が経った。

 翔太は何にも言ってこない。そもそも会ってもいない。もしかしたら、わたしが九条君と付き合い始めたと知って会わないようにしているのかもしれない。しつこいようだけど、あいつとの間に男女間のあれこれはまったくない。でも、普通に考えれば、それでもやはり彼氏がいる相手と一緒に遊んだりするのは避けようとするものなのだろう。

 仕方ないと言えば、仕方ない。でも、“ちょっと物足りないかも”なんてわたしは思っていた。そして、そんな気分になっているところで、また例の“勇気の告白”という小説が更新されたのだった。そして、なんとその内容は水族館デートだったのだ。

 

 「チンアナゴ、可愛い~」

 埋見アイが水槽の前ではしゃいでいる。それを一歩引いて野上シンゴは眺めていた。やがて、少ししつこいくらいに埋見がチンアナゴを見つめているのに呆れたのか、「お前、そんなのが良いのか?」とやや馬鹿にした口調で彼女に言った。

 「なによ? 普通に人気あるのよ、この魚」

 「そりゃ、珍しいのは認めるけどよ」

 「じゃ、あんたはどんな魚が好きなのよ?」

 それを聞くと彼は「うーん」と少し悩み、「サメ」と一言答えた。

 「ガキ」と、それに彼女。

 「なんだよ? サメだって人気あるんだぞ?」

 「へー」と返すと彼女は少し笑った。

 それは単純に彼との会話が楽しかったからでもあったのだが、その笑顔は安心感から出たものでもあった。彼と付き合い始めたら、以前の関係が崩れてしまうのではないかと彼女は不安を覚えていたのだ。でも、こうしてふざけ合っていられる。変わってしまったものもあるけれど、変わらないものもある。

 「ふふん」と笑った。

 「なんだよ?」とそれに彼。

 「別にー」と彼女は言った。

 ただそれでも、やはり彼との関係は前とは少し違っている。それを実感したのは、そのデートの終わりだった。

 「ん」

 そう言って彼がチンアナゴのキーホルダーを差し出して来たのだ。顔を紅くして。

 きょとんとした顔で彼女は言う。

 「なにこれ?」

 すると、色々な意味で顔を真っ赤にして彼は言った。

 「分かれよ! プレゼントだよ、プレゼント!」

 きょとんとした顔で彼女は返した。

 「ありがと」

 プレゼントを受け取る。

 ちょっとぎこちなくなってしまった。ただ、決して不快なぎこちなさではない。むしろ心地良い気すらする。

 二人の関係は以前とは変わってしまっている。だけど、もしかしたら、それで良いのかもしれない。

 ……そんな事を彼女は思っていた。

 

 次の日の朝、埋見は彼から貰ったチンアナゴのキーホルダーを鞄に付けて家を出た。シンゴと途中で会ったので、そのまま一緒に登校する。

 「それ、付けてるのか」

 チンアナゴのキーホルダーに気付いた彼がそう言った。

 「まーねー。せっかく、買ってもらったわけだし」と彼女は答える。

 「ま、そうか」と彼。互いにちょっとだけ照れていた。そのキーホルダーが、まるで周囲に自分達が恋人同士だとアピールしているかのように思えてしまっていたのだ。妙な間が流れる。

 そこで不意に、二人は怪しい気配を感じた。その刹那、「ニヒ」という不気味な笑い声がすぐ背後から聞こえる。

 「うわ!」、「ヒッ」と悲鳴を上げて二人は飛び退く。そこには埋見のクラスメートの楠の姿があった。「プププ」と口を押えながら彼女は言う。

 「昨日はデートしてたんだってぇ? お二人さん」

 「だったら、どうだって言うのよ?」と埋見が言うのに構わず、彼女は埋見が鞄に下げているキーホルダーを見やった。

 「で、それがシンゴくんからのプレゼントのチンアナゴのキーホルダー」

 妙に嬉しそうだ。

 「あんた、聞いてたの?」と、埋見は抗議したが、やはり構わず彼女は続ける。

 「彼からのプレゼントが“チン”アナゴのキーホルダー。これはもう例の物体を連想するしかありませんなぁ…… そして、それを大切に鞄に付けている女。

 やらしー、エロいー」

 それを聞いて、埋見とシンゴは顔を真っ赤にした。

 「エロいのはあんただ」と、極めてうざい様子の彼女を追い払うように言う。「そんな意味なわけ、ねーだろーが!」とシンゴが続けた。楠は「息がぴったりねぇ」と二人をからかいながら逃げるように去っていった。

 

 “これ、やっぱり変だ”

 

 ――小説を読み終えて、わたしは夢から覚めたような感覚を味わっていた。翔太とのこんな関係を想像してしまっていたからだ。あいつとだったら、こんなデートになっているような気がする。あまりにリアルだったので、こんな世界が本当にあるのではないかと思ってしまっていたほどだ。

 “もしかしたら、これ、異世界にいるわたしの話なんじゃないの?”

 馬鹿らしく思いながらも、心の中で呟いてしまう。

 “夢”とは言ったけど、むしろ九条君とわたしが付き合っている今の現実の方が嘘みたいなのだ。

 パラレルワールド。時空は様々に分岐していて、無数の並行世界が存在しているなんて説があるらしいけど、これも実はその一つだったりして。そして、その異世界に住む誰かが、そんなわたし達の恋愛を小説にして投稿しているのだ。それをわたしは読んでいる。そう思ってから、わたしはそんな馬鹿げた妄想をした自分を笑って独り言を漏らした。

 「いや、さすがに有り得ないか」

 ただ、それでも、今の自分の方が間違っているのじゃないかという感覚は消えなかった。

 

 「翔太くんから、あなたと九条君について訊かれたわよ」

 

 次の日、塚原からそんな話を聞いた。

 「なんて答えたのよ?」とわたし。

 相変わらず、翔太はわたしに会ってくれていなかった。明らかに避けている。

 「まだ付き合っているって教えてあげたわ」

 それを聞いて、わたしは憮然としてしまった。いや、事実だから憮然となるのもおかしいのだけど。

 わたしの心情を見透かしたのか、塚原は「ふふん」と笑い、

 「でも、何にも進展していないとも教えておいてあげたわよ。彼、安心した顔をしていたかもね~」

 などと続けたのだった。わたしは不覚にも思わず微笑んでしまう。

 「あら、可愛い笑顔」と彼女。「うるさい」とわたし。

 そこでふと思い付いた。

 「あのさ、もしかしたら、翔太にわたしが水族館デートをした話とかした?」

 「したわよ。チンアナゴのキーホルダーの話も。もし、翔太くんがプレゼントしていたら、鞄に付けていたかもしれないって」

 「話を捏造するな」

 「あら? “付けていたかも”よ? 別に捏造じゃないわ」

 「そーいうの、印象操作って言うのよ」

 余計なことを言いやがって、と思いつつもわたしは考えていた。もしかしたら、あの“勇気の告白”って小説は、翔太が書いているのではないだろうか? わたしと九条君の話を塚原や他の女子生徒達から聞いて、もしも自分がわたしと付き合っていたらと想像をして。

 ただ、ちょっと考えてわたしは首を振った。

 “あの翔太がそんな事をするはずがない”と思い直したのだ。妄想くらいはするだろうけど、それを小説にして、しかもネットにアップするなんて有り得ない。絶対にそんな乙女な性格はしていない。

 もっとも、あいつに何か特別な目的があるというのなら話は別だけど……

 

 それからも九条君との関係は進展することも離れる事もなく続いていた。モテる男の余裕か、それとも恋愛の駆け引きに慣れているのか、彼はわたしに強引に迫って来はしなかった。じっくりとわたしの心が近付いて来るのを待っているのかもしれない。わたしは“まずはお友達から”と言って彼の告白を受け入れたのだし。

 彼は最低1週間に一回は必ずわたしをデートに誘った。彼とのデートはそれなりに楽しい。ただ、それが恋人と一緒にいる楽しさかどうかは初めて男性と付き合うわたしには分からなかった。

 そして、例の“勇気の告白”という小説では、そのわたしと九条君のデートに合わせて毎回デートのイベントが綴られていたのだった。翔太の化身かもしれない野上シンゴと、わたしの化身かもしれない埋見アイのデート。

 絶対に翔太だったらこんなに頻繁にわたしをデートには誘わないし、こんなにデート先のセンスもよくない。そこがリアリティがないと言えばなかったかもしれない。だけど、それでもその小説の内容にわたしは心惹かれていた。

 “……やっぱり、翔太との方が自然な気もする”

 そして、そこに至ってわたしは確信していた。

 

 「ねぇ、翔太はわたしと九条君のデートの話を今もあなたに訊いて来る?」

 そうわたしは塚原に尋ねた。彼女は面白そうな顔をしてわたしを見る。

 「訊いて来るわよ~。ま、ぜんぶではないけどね。それがどうかした?」

 「別に……」

 塚原がしつこく尋ねて来るので、わたしは九条君とのデートの内容をある程度は毎回彼女に伝えていた。

 “ぜんぶではない”らしいけど、もしかしたら情報源は彼女だけではないのかもしれないし、他の女子生徒だっているし、九条君だって友達の男子生徒に少しくらいは話しているかもしれないし。

 なら…

 

 絶対に現実世界の誰かが、わたしと九条君のデートを基に“勇気の告白”というあの恋愛小説を書いている。

 それが誰かは分からないけど、わたしと翔太が付き合っているような話を書く理由がある人間なんて数少ない。

 そして、その誰かは翔太本人以外にわたしには思い付けなかった。

 そんな事をするようなやつじゃないけど、でも……

 

 その日のデートはプラネタリウムだった。学校が終わった後に行ったから、当然、夕刻を過ぎていた。わたしは特に星座には興味がないのだけど、それでも単純に綺麗だからプラネタリウムは好きだ。九条君も星座は別に好きじゃないらしい。だから何故プラネタリウムにしたのかは分からなかった。けど、きっと市営で格安だったからだろう。意外にも来場者はそれなりに多かった。彼も予想外だったらしく、

 「けっこう、人がいるねぇ」

 と、驚いていた。

 綺麗な星々の映像。矢印が動いて示し、由来や科学的な説明をしてくれる。一通りに上映が終わると辺りは明るくなった。

 「それなりに楽しかったわね」とわたし。「そうだね」と彼はちょっとだけぎこちない様子で返す。どうしたのかな?と思ったところで気が付いた。

 ん? あれ、翔太じゃない?

 見間違いじゃなければ、確かに翔太だった。そそくさと会場の出口を目指している。あいつはわたし以上に星座になんか興味がないし、綺麗だからと喜ぶようなタイプでもない。学校の授業でプラネタリウムに行った時は、途中で眠っていた。

 なんで、あいつがいるのよ?

 だからわたしはとても不思議だったのだ。違和感を覚えた。

 

 ――その日の晩、恋愛小説“勇気の告白”が更新されていた。

 わたしはそれを変だと思った。いつも更新されるのは、わたしと九条君のデートの数日後なのだ。つまり、わたしが塚原だとかにデートの話をしてから。

 わたしは緊張しながら最新話のページにアクセスをした。

 今日、わたしはまだ誰にも九条君とのデートの話をしていない。プラネタリウムにデートに行くことくらいは話しているけど、意外に人が多かったことも、翔太が来ていたことも分からないはずだ。にもかかわらず、それを基にしたデートの話が載っていたなら、この小説を投稿している誰かはわたしと九条君のデートをこっそり覗いていた事になる。

 そして、今日、プラネタリウムには翔太がいた。

 それなら……

 

 真っ暗闇。

 「綺麗ねぇ」

 綺麗な星々に埋見アイは目を奪われていた。隣にいる野上シンゴには無関心だ。彼から誘ったにも拘わらず彼は不満そうにしていた。

 辺りを見る。

 予想外に人が多い。

 彼は彼女の手でも握ろうかと少し悩んでから結局は諦めた。

 彼女がそれを受け入れてくれたとしても、これだけ人が多かったらその後の進展はなさそうだ。なら、勇気を出して手を握るだけ損な気がする。

 「ちょっとトイレ行って来るわ」

 彼はそう言うと席を立った。

 「うん。静かにね」

 まるで弟にでもするかのような注意の仕方。

 「分かっているよ」と返すと、彼は不貞腐れて外に出た。

 

 「ああ、ちくしょう。完全に当てが外れた」

 

 外に出ると、彼はそう独り言を漏らした。市営のプラネタリウムなんかに来る人は少ないだろうと彼は思っていたのだ。つまり、人気のない暗闇の中で彼女と一緒にいられると思っていたのである。人が少ないのなら、できる限り周りに人がいない場所を選べば、良い雰囲気をつくることは可能だろう…… と、彼は画策していたのだが、生憎、プラネタリウムはそれなりに人気があるようで人は多かったのだ。

 “……これは今日も無理かなぁ? 何にもなし”

 彼はトイレを済ませると、自動販売でジュースを買って飲んだ。

 埋見アイとはこれまでに何度もデートをしてきた。デートはそれなりに上手くいっているような気もしているが、今一歩以前の友達関係から抜け出し切れないでいる。

 だから、彼はその一歩をこのデートで踏み出す気でいたのだ。

 「もう少し、うまいこと考えないとなぁ」

 そう独り言を漏らすと、彼はプラネタリウムの会場に戻った。しかし、そこで異変に気が付いたのだった。

 “んん? 誰だ、あいつは?”

 何故か、埋見が別の男と一緒にいる。よく見ると、それは同じ学校の一条というモテる男だった。

 “浮気か?”と、彼は一瞬思ったが、デートの最中に隠れもせずに浮気をするような女はいないだろう。ただ、万が一ということもある。背後からそっと近づいて、聞き耳を立ててみた。すると、まるで初めから一条とデートをしていたかのような会話を二人ともしている。

 彼の頭は混乱した。

 “なんだ、これ?”

 そのうちにプラネタリウムの上映が終わり、辺りは明るくなった。埋見は自分を探す素振りすら見せず、そのまま一条と話している。怒るべきだと思ったが、あまりの奇妙さの所為か怒りは込み上げて来なかった。

 どうしようか迷っていると、埋見が自分を見つけたのが分かった。目が合う。“まずい”と彼は思わずその場を逃げ出してしまった。

 “何をやっているんだ?オレは?”

 ただ、他にどうすれば良いかも分からなかった。

 外に出ると、彼は楠に電話をかけて質問をした。埋見の様子がおかしい。自分とデートをしていたはずなのに、途中で何故か一条とデートをし始めたんだ。お前、何か知らないか? と。

 すると、彼女は「は?」と不思議そうな声を上げるのだった。

 「何を言っているのよ、シンゴくん。埋見はずっと一条君と付き合っているじゃない。何にも進展はしていないらしいけど」

 彼はそれを聞いて慌てる。

 「何を言っているんだよ? オレはあいつと何度もデートをしていて……」

 それからこれまでのデートを彼女に話して聞かせた。がしかし、やはり彼女は「それって、すべて一条君とのデートの話じゃない。何を言っているの、シンゴくん」と返すのだった。

 彼は愕然となる。

 「そんな、まさか……」

 そして、“そんなはずはない!”と、メールやSNSで埋見アイと交わしたはずのやり取りの証拠を探そうとした。ところが、そんなものは一つも見つからなかったのだった。彼は自分の頭がおかしくなってしまったのではないかと愕然となる。

 それとも……

 「ここは異世界か何かなのか? オレとあいつが付き合っていない世界?」

 頭を抱える。

 “この世界のあいつは一条が好きなのか?”

 悩む。

 しかし、そこで彼はプラネタリウムで一瞬目を合わせた時の彼女の表情を思い出したのだった。

 “あの顔はそんな顔じゃなかった。この世界のあいつも、オレを好きなはずだ!”

 彼にはどうしても彼女を諦められなかったのだ。

 それから彼は気合を入れるとメールを打ち始めた。外はもう暗い。だけど、こんな気持ちのままでは家でじっとなんかしていられない。

 

 『今から学校に来てくれ。話したい事があるんだ』

 

 ――わたしは気が付くと、夜の通学路を駆けていた。

 “勇気の告白”の最新話。はっきり言って、恋愛小説としては超展開だ。恋愛小説の面白さをぶち壊してしまっている。読者への裏切りだろう、こんなもん。

 ――では、どうして、作者はこんな展開にしたのか。

 決まっている! 作者には読者に伝えたいメッセージがあったからだ。その為にストーリーを犠牲にしたんだ。大体、この小説はタイトルからして“勇気の告白”なんだ。つまり、翔太はわたしに告白がしたいんだ。

 はっきり言ってこんなの全然翔太らしくない。かなり無理をしている。

 ――では、どうして、翔太はそんな無理をしたのだろう?

 分かっている。塚原が言った通り、翔太はわたしを好きだったんだ。でも、わたしは九条君と付き合ってしまっている。だから、こんな遠回しな方法を使ったんだ。

 そんな翔太の想いを無下にはできない。

 だけど、そう考えながら、わたしは「違う」とそれを否定した。

 夜のコンクリート道路を思い切り蹴る。わたしは叫んだ。

 「そんなのじゃない! もっと単純な理由よ!」

 そう。

 もっと極めて単純な理由。

 わたしは翔太に会いたいんだ。九条君と付き合い始めてから、彼が会ってくれなくなって、わたしはずっと寂しかったんだ。だから、こうして懸命に駆けているんだ。

 

 ――つまり、わたしは、わたしも、

 

 勇気の告白の最新話を書いたのが翔太で、それから学校に向かったのだとすれば、もうとっくに学校に着いているはずだ。そして、わたしが最新話を読んでくれることを期待して、そこで待ち続けている。

 夜の学校が近付いて来る。

 校門はもちろん閉まっている。近くに街灯はないから暗くてよく見えない。だけど、それでもわたしは確信していた。絶対に翔太はそこで待っている。

 校門の隅に人影、誰かがいる。

 わたしはそれが誰かも確かめないで、駆け足のまま抱き付いた。

 

 「翔太!」

 

 暗闇の中、彼はわたしを受け止めてくれていた。

 「紗美? 本当に来たのか?」

 「来るわよ。当たり前でしょう? あんな告白をされちゃったら……」

 暗くて彼の表情はよく分からなかったけれど、彼が戸惑っているのだけは感じ取れた。でも、興奮していたわたしはそれに構わずに口を開いていた。

 「わたしも翔太が好き。会ってくれなくなって、ずっと寂しかった」

 「紗美……」と彼は呟くと、それからわたしを強く抱きしめてくれた。

 

 少し落ち着いた。久しぶりに間近でじっくりと見る彼は、ちょっと大人っぽくなっているような気がした。気のせいだろうけど。

 校門の前には大理石の花壇があって、腰を下ろせるくらいのスペースがある。わたし達はそこに座った。

 照れ隠しついでにわたしは言う。

 「それにしても意外だったわよ。まさか、あんたがあんな小説を書くなんて。国語、苦手だったわよね?」

 彼は首を傾げる。

 「それなんだけどさ」

 怪訝そうな顔。

 わたしは少しばかり嫌な予感を覚えていた。

 「さっきからなんの話だ? 小説とか、告白とかさ」

 「いや、だって、あんた実際にここいるじゃない。あの小説を書いたのが、あんたじゃなかったなら一体どうして……」

 「うん? オレは塚原から、ここで待っていたらお前が告白しに来るかもしれないから行ってみろって言われたから来ただけだぞ?

 まさか、本当に来るとは思っていなかったけどな」

 わたしは青い顔になる。

 「塚原?」

 「そう。塚原」

 わたしは今度は顔を真っ赤にした。

 見事に嵌められた…… あの女…

 

 「塚原―!」

 

 朝。

 教室でわたしは彼女をにらみつけた。

 「なによ?」と彼女。

 「やってくれたわね。まさか、あんたがあの小説を書いていただなんて」

 それを聞くと塚原は「あっはっは」と笑った。

 「“まさか”も何も、普通に考えたら第一容疑者は私なんじゃないの?」

 にやーとして続ける。

 「そう思ったのは、翔太くんが書いていて欲しかったからなんじゃないの?」

 「うるさい!」

 それから少し考えると、

 「翔太が書いたと思っても無理ないわよ。他のデートならまだしも、プラネタリウムのデートは翔太じゃなければ辻褄が合わないじゃない。まだあんたに話していないんだから。

 まさか、あんたもプラネタリウムに来ていたの?」

 と問いただす。

 「私が? まさか~。そこまで暇人じゃないわよ」

 「じゃ、どうして小説を書けるのよ?」

 「ほとんど予想よ。あなた達がプラネタリウムに行くってのは聞いていた。そして、プラネタリウムが意外に人気があるってのも知っていた。

 あとは、翔太くんにあなたと九条君とのデートの話を伝えてね、“暗い場所だからなんかするんじゃないの~”って言ってみたら、案の定、彼は心配して向かったってわけ。でもって翔太くんって迂闊でしょう? だから、きっとあなたに見つかるだろうと思っていたのよね」

 よくよく考えてみれば、わたしは翔太を見つけはしたけど、顔までは見ていない。小説の内容と違っていたんだ。

 「あんたが私の“勇気の告白”を読んでいるのも予想できていたの。あんた、翔太くんが書いているのじゃないかって疑って、私にしつこく彼にデートの話をしていないか?って何度も訊いて来たでしょう。あれで“ははーん”ってなったのよ」

 「それで、わたしがあれを読むと予想して、翔太に校門の前で待っているように伝えてたの?」

 「そうよ。彼、あなたが告白するかもって言ったらダメ元で行ったみたい」

 わたしは頬を膨らました。

 「なんで、そんな事をしたのよ?」

 「相思相愛なのが分かり切っている二人が、不器用なせいでくっつかないのを見守るのってかなりもどかしい気分になるものよ?

 さっさとくっつかんかい! ってね。それに九条君もフリーにしたかったし」

 「そっちが本命じゃないでしょうね?」

 「あははは。どうかしらね?」

 その笑顔を見て、わたしは文句を言ってやりたくなった。やりたくなったが、わたしは文句は言わず、代わりに、「ありがと」とお礼を言った。

 

 ……人間は自分自身をよく分かっていない。例えば、「どうすれば自分は仕合せになれるのか?」とか。

 

 本当にそうだと思う。

 気付くと、教室の出入り口で、翔太が顔を覗かせていた。わたしは思わず笑ってしまう。そして、“九条君をふるくらいの価値が本当にあいつにあったのかなぁ?”などと少し考えてしまった。

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