暴力令嬢のやり直し! 次のターンでは破壊衝動を我慢して人生を謳歌します!!
始めて異世界恋愛と言うのを書いてみました。ひょっとしたら、内容的に違っていたりするかもしれませんがご容赦頂けたら幸いです。
「ヴィオーラ。君との婚約を破棄する」
「そ、そんな! 何故ですか!」
モリブ様が仰ったことは、あまりにも唐突で一方的な物だった。傍では、私の妹のメイスがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「彼女が君の前世を占ってくれたんだ。聞けば、君は暴力系ヒロインだったそうじゃないか!」
嗚呼! 私の最も調べられたくない前世を言われてしまいました。
かつての私は感情の抑制をするのが苦手で、言葉の代わりに手が出ることが多く、大変顰蹙を買っておりました。文字通り、生まれ変わった私は、今度こそ清楚に生きると決めていましたが。
「それは過去の事でございます。モリブ様が知っている私は、そんな恐ろしい女でしたでしょうか?」
「黙れ! そもそも、私に隠し事をしていたと言うのも気に入らん! この様子ならば、他にも不都合なことを隠しているかもしれんからな! そんな女と添い遂げることなど出来ん!」
「ここまで進んでいる縁談を破棄するのですか!?」
「不義を欠いたのは、そちら側だ!」
ショックのあまり。私は、その場に崩れ落ちてしまいました。昔の私なら、切れて暴れ散らすこと位していたかもしれませんが、令嬢としての人生を歩んで来た私に、その様な気概は備わっていませんでした。
私が項垂れているのを見て、気を良くしたのでしょう。モリブはメイスの肩を抱き寄せました。
「私は、君の妹と結婚する。お家のことについては心配する必要はない」
「そう言うことよ。それじゃあね」
「婚約を破棄されたなど。惨め過ぎて、この国に居続けることも辛いだろう。せめてもの情けだ。国外へと追放してやるから、ありがたく思うが良い」
泣きじゃくる私を傍目に、二人は愉快そうに笑っていました。悔しい、理不尽、どうして私だけが。という気持ちが沸き上がる一方で、相反する気持ちも沸き上がっていました。
全身に力が漲ります。感情は悲しみで冷え切り、沈み切った泉から一転。竜が咆哮し、マグマが流れる火山の如き。私は。アタシは! この属性が何であるかを知っている!!
「待てや! ゴラァ!!」
「え?」
掲げた椅子を、アタシの妹の頭部に叩き付けた。頭が割れて、血を流しながら地面に平伏した。多分、死んではいないと思う。
「うわぁああああああ!? ななな、なにを!!?」
「テメェーッ! アタシのことを嘗め腐ってんじゃねぇぞ! クソオスが!! しおらしくしてりゃあ、付け上がりやがって!!」
今度は花瓶を持ち上げて叩きつけようとしたけれど、王子にも武の心得があった為に回避されました。ですが、ぶつける物は沢山あります。
「誰か! このキチ〇イを!」
「死ねーッ!!!」
今度は机を持ち上げて投げつけた。質量の暴力に敵わなかったのか、モリブは直撃を食らって気絶しました。
ドタドタと駆けつける音が聞こえたので、私は窓から飛び降りました。流石に此処までやってしまった手前、この国に居続けることは不可能でしょう。こうなることが嫌で、私は令嬢で居続けようと思っていましたのに。根っこの部分にはどうにもならない暴力系ヒロインの血筋が流れているようです。
***
かくして、僅かな路銀を持って国を出ることにした私は、行くアテも無く彷徨っていました。婚約相手と妹の頭を叩き割ったヤベー女として、お家は大騒動になっている事でしょう。
きっと、目覚めた彼らは私のあること無いことを言って、あっと言う間に罪人に仕立て上げられるのです。せめて、見つからない様に遠くへと思って街の外に出てみますと。
「ヴィオーラだな」
「え?」
まるで、私が来るのを分かっていた様に。武器を携えた男達がスタンバっていました。誰かが、こうなることを準備していたとしか思えません。
「な、何のことでしょうか。私はメイスです。ヴィオーラは私の姉で……」
「惚けるな。お前が、街を脱すると言うのは聞いているんだ」
長身瘦躯の男が、私の喉元に円月刀を突き付けて来ました。ヒッと小さな悲鳴が洩れました。周囲の男達はゲスらしい所作を見せることも無く、油断も隙もありはしません。
「わ、私をどうするつもりですか!?」
「知る必要はない」
何の躊躇いも無く振るわれました。ここで、私は無惨に殺されるのでしょうか? あの馬鹿共を叩いて、ちょっとだけ留飲を下げることは出来たのに?
いや、あの程度で納まるはずがありません。フツフツ! グツグツ! 私はアタシへと切り替わり、恐怖に怯える御嬢様の姿は消えました。
「ふざけんなよ、お前!!」
「!?」
長身瘦躯の男にタックルを決めて、腰を掴んで後方へと放り投げました。いわゆる投げっぱなしジャーマンスープレックスと言う物です。
その際に取り落とした円月刀を拾い上げて、駆け出します。相手の武器と言う武器を弾き飛ばしては、顔面に蹴りを入れて昏倒させて行きます。暴力系ヒロインの名は伊達ではなく、1名だけを残して全員が地に伏せていました。
「誰だ! あのカスか!? アタシを殺せって命令されたのか!?」
「プッ!」
最後の一人。ということもあって、油断していた。目の前の男が吐き出した含み針が喉へと刺さった。一瞬で男を殴り倒したのは良かったけれど、ジンワリと目の前の景色が滲んで行きます。毒でも含まれていたのでしょう。
ドッと脂汗が噴き出します。所詮、私は暴力系ヒロイン。誰かを傷付けることしか能がない女が、人並に生きようとしたことが間違いだったんでしょうか? いや、結局は誰かを傷つけたんですから、この終わり方は妥当かもしれません。
「(あぁ、やっぱり。私。変われなかったんだなぁ)」
走馬灯のように今世と前世の記憶が駆け巡って行く。
前世では、感情が上手く表せないからって、手を出している内に皆から距離を取られていた。一人ぼっちになっていた。
今世では、嫌われたくなくて、皆に好かれる良い子に生きようとしていたら。どうにでもなる都合の良い女として思われていた。
「(せめて。次は、誰かに……)」
誰かに、心から想われる様な生き方がしたい。それが出来ないなら、全てを滅ぼせる様な存在として、生まれることが出来れば。と思いながら、私は意識を手放しました。
「ニヒヒ。なんか、面白いのがいるじゃん!」
***
「いい加減にしろよ!!」
「ひっ!?」
これは、あぁ。そうでした。前世の記憶です。私は意中の男子へ告白をする為に呼び出していたのでした。
彼は何時だって、私とのスキンシップを笑顔で受け取ってくれていたので、今後も私と付き合って行って欲しいという思いは同じであるはず。という、私の考えは独り善がりな物でしかありませんでした。
「お前、毎回。ベシベシ叩きやがって! おまけにお前の暴言交じりのジョーク。面白くもなんともないんだよ! 不快なんだよ!」
「え。え……」
ジワリと涙が浮かんできます。私はコミュニケーションのつもりでしたが、彼にとっては負担でしかなかったようです。息が詰まって、声が出なくなります。
「お前。その癖、治しとけよ。じゃないと、今後苦労するぞ」
彼は、そう言い残すと屋上から去って行きました。残された私は、暫し呆然としていました。
「アレ? 紫苑ちゃんさぁ。最近、アイツと関わらないよね」
「……え? あぁ。その。おほほ」
学友に慰められはしましたが、その後は彼と関わりを持つことなく、学園生活は過ぎ去りました。どうして、私は真っ当に触れ合うことが出来なかったのでしょうか?
***
目を覚ました私が見たのは次なる世界。ではなく、見慣れない天井でした。翳した掌は、令嬢の私の物です。
「起きた?」
声のした方に振り向いてみれば、高貴な装いに身を包んだ美少年でした。悪戯っぽい笑みを浮かべながら、顔を近付けて来ます。
「貴方は?」
「ソーマ。ソーマ・フィルガンドだよ。ヴィオーラちゃんが倒れていたから、連れて来たんだけれど。毒も治療しておいたから、安心してよ」
そうでした。私は、先程まで殺されるかもしれない危機的状況に居たのでした。あのまま放置されていたら、死んでいたかもしれません。
「あ、ありがとうございます!」
「でも、変な話だよね。ヴィオーラちゃんって、良い所の御嬢様でしょ? なんで、あんな所で倒れていたの?」
かくかくしかじか。と、私は事情を説明しました。婚約を破棄されたこと、国から出ようとした所を襲われたこと。そのいずれをも力づくで突破したこと。
我ながらはしたないと思っていましたが、ソーマさんはゲラゲラと笑いながら聞いていました。
「すっげー! 自分で何とかしちゃったの!?」
「は、恥ずかしながら……」
「いやいや、凄いじゃん! 自分で運命切り開いたんでしょ!? 俺よりずっとすげーじゃん!」
ギュッと手を握られました。急に手を握られた気恥ずかしさと、褒めてくれているんだという嬉しさが合わさって、顔から煙が出そうな位に恥ずかしいです。
「そ、そんな。ただ、はしたないだけですよ」
「いいや。泣いているだけのお姫様と違って、俺はそっちの方が好きだよ」
「あ、ありがとうございます。あの、ソーマ様はどうして、私を助けて下さったんですか?」
「誰かを助けるのに理由なんて居る?」
至極当然のように言ってのけるので、あまりの眩い善性に目が眩んでしまいます。一体、この方は何者なのでしょうか?
「ソーマ様は一体何者で?」
「俺? 王子!」
果たして、嘘か本当か。確かに気品らしさは漂っていますが、王子たる落ち着きの様な物が見当たりません。彼はベッドに腰掛け、私に凭れ掛かれながら語りだしました。
「聞いてよ、ヴィオーラちゃん。俺ね。そろそろ、王位の継承やら何やらで結婚しなくちゃいけないんだけれど、どの女も好みじゃないっていうか。皆して、俺の背後にある権力と結婚したがっているのが分かっちゃうんだよね」
「高貴なる者には付きまとう責任とも言えますから」
権力者同士の結婚は、国や家の為に行われる物も多く、本人の意思が関わらないと言うのも往々にしてありうる話です。まだ、大人になるまでの過渡期にある彼にとっては、煩わしく思えることなのでしょう。
「親父達からしてもさ。俺は数ある王子の一人にしか過ぎないし、お人形みたいにしているのが賢いんだろうけれどさ。今日のヴィオーラちゃんの話聞いて、俺! ワクワクしちゃったんだよ!」
「私の?」
「うん! だって、自分の力1つで道を切り開くだなんて! 吟遊詩人もびっくりだよ! アレって、どうやったの?」
浮かべる笑顔に悪意は無いのでしょう。ですが、あの力は私にとって孤立を呼ぶ物でしかありません。
「ソーマ様。あんな力に憧れてはいけません。アレは忌むべき力です。他者を傷付け、払い除ける力で得られるのは自由ではなく、孤独です」
先程までとは一転して、彼の表情が曇りました。私に優しくしてくれたことは嬉しく思いますが、だからこそ。この手を暴力に染めて欲しくはありません。
「そうなの? 折角、ヴィオーラちゃんの危機を振り払ってくれたのに?」
「はい。きっと、私の始末が失敗したことが分かったのなら、新たな追っ手を出されるかもしれません。そんな事態にソーマ様を巻き込みたくはありませんので。治療の方、ありがとうございました」
ベッドから出ます。体力も回復して、直ぐに動き出せそうです。今日にでもここを発たせて貰おうかと思いましたが、グイと引っ張られました。ソーマ様が服の裾を掴んでいました。
「俺、ヴィオーラちゃんのことを見捨てたくないんだけれど!」
「いや、でもですね。私は家を追い出されていまして……」
ジィっとこちらの方を睨みつける様に、見据えています。小柄な体の何処に秘められているのか、と言わんばかりの強い意志を感じます。
「俺に助けられるの、嫌?」
「……その言い方は卑怯です」
助けられた手前。彼の意思を反故にする訳には行きません。ハァと溜息を吐きながら、私はベッドに腰を下ろしました。
「よっしゃ! じゃあ、暫く。付き合って貰うからね!」
「何処にでも付き合いますよ。で、何をすればいいんですか?」
「俺のお嫁さんになって貰うこと!」
あまりの要求に私は転げ落ちてしまいました。婚約が破棄されて、また新しい婚約。一体、この世界の神様は私に何をさせたいのでしょうか?
~~
「早く付いて来てー!」
「はい。ただいま!」
現在の私は、待女としてソーマ様の行脚に同行していました。見聞を広めるということですが、実際の所は猶予期間の様な物でしょう。せめて、政争の道具になる前位は自由にさせてやる。という、親心もあるのかもしれません。
王子として、将来国を動かすべく。他国の政治を学び、行く先々の人々と交流を育んでいる様子から、皆に愛されているのだと分かります。
「(このまま、人々に愛される王になれるのでしょうか)」
それは素敵なことだと思います。勤勉で人々に愛される賢君。その時の傍らには、私以上に相応しい方が居ると思います。今更、目的もない私としては、こうして眩い存在を見守れているだけでも満足です。
今日も、行脚の一環として目的地へと向かおうとしていた私達でしたが、突然。馬車が止まりました。何事かと、御者に尋ねようとしたら悲鳴が返って来ました。
「見つけたぞ」
御者を引きずり降ろして乗り込んで来たのは、忘れもしない男でした。私が知っている頃より頬はこけ、目は血走っていました。
「モリブ、様……?」
「貴様が俺の名前を呼ぶな!」
蹴り飛ばされ、外へと叩き出されました。痛みでよろめいていると、体に衝撃が走りました。見れば、モリブが私の上に覆い被さっていました。
「お前のせいで、散々だ。小娘にやられた腰抜けとして、嗤われた。家も追い出された。全部お前のせいだ」
「自業、自得でしょうが!」
「黙れ! 女のくせに楯突きやがって!」
「ひっ」
相手を傷つけようとする敵意が向けられます。今までは、一方的に振っていた物を向けられることが、こんなにも恐ろしい物だとは思ってもいませんでした。
同時に、こんな物を他者に向けて振るっていたのですから、こんな目に遭うのも仕方がないことだと納得していました。全ては自業自得なのだと。
「やめろ!!」
ソーマ様が飛び掛かりますが、。簡単に払い除けられました。私が手を伸ばしたのを見て、モリブは下卑た笑みを浮かべた。
「へへっ。娼婦として、飼って貰っているのか? 良いご主人様だな」
ゆっくりと立ち上がり、彼に向かって行きます。私にならば、何をされても仕方がないと我慢できます。彼が復讐者になってしまったのは、私が原因なのですから。ですが、関係のない人間に手を出すことだけは許しません。
恐怖で朦朧としていた意識がまとまって行きます。これは怒りなんて軽い物ではありません。同じ様に暴力を叩きつけられたことに対する、恐怖を食い殺そうとする感情。そう『憎悪』と呼ばれる物だ。アタシの視界が真っ赤に染まる。
「し。ね」
「は?」
まるで、自分が別の誰かに動かされている様だった。腕を取り、稼働領域を超えて曲げた。悲鳴を漏らす間もなく、膝を砕いた。バタリと地面に倒れる。
「ば、化け物!」
「その汚いモノごと踏み抜いてやるよ」
先程までの嗜虐に満ちた笑みは消え伏せ、アタシを見上げる顔には恐怖が浮かんでいる。良いザマだ。お前が裏切らなければ、こうはならなかった。お前がアタシを戻したんだ。
思考が冷えて行く。心が冷えて行く。体から血の気が引いて行く。だと言うのに、背中に感じる温かさを切っ掛けに、アタシは踏みとどまっている。
「ヴィオーラちゃん。駄目だよ。こんな奴の為に手を汚す必要なんてない」
「ソーマ様」
アタシが私に戻る。先程までの感覚が蘇って来る。骨を折り、膝を砕いたとき。私は確かに悦んでいた。自分の中の憎悪に操られるがままだった。
「嗚呼。やっぱり、駄目です」
今すぐ、この場から逃げ出したい。駆け出そうとしたけれど、背後からの拘束が私を放そうとしない。
「駄目。このまま行ったら、きっと。ヴィオーラちゃんは帰って来れなくなる」
「ですが、今も私は変われていません。力に振り回されています」
「でも、俺を助けてくれた」
「違うんです。そもそも、私が最初にあんなことをしなければ、貴方を危険に晒すことも無かったんです。私の力はただ悍ましいだけの物なんです」
因果応報。自らの行いは必ず返って来る。きっと、私がこの男を打ちのめしたことも、周り回って何処かで返って来る。その時、自分以外の誰かが傷つくことには耐えられそうにない。
「……俺はヴィオーラちゃんの力が悍ましい物だとは思わない」
「え?」
「だって、降り掛かって来た理不尽に立ち向かったんだろ? ただ、運命に流されるだけが生き方じゃない。って、俺は思いたいから」
もしも、私がこの世界で生きる令嬢として。理不尽に嘆き悲しんでいたら、どうなっていたんでしょうか? モリブは妹と結婚して、私は国外に追い出されて、あの野盗達に殺されていたんでしょうか。
「こんな運命の逆らい方をしていたら、いずれは滅びますよ?」
「そうさせないように二人で考えて行けばいいんだよ。俺、そう言うのを考えるのが得意だから!」
何の根拠もない笑顔ですが、不思議と信じたくなる何かがありました。何時の間にか気絶していたモリブを縛り上げ、私はソーマ様の手を取りました。
「私。面倒臭い女ですよ。素直になれなくて、手が出ちゃうかもしれませんよ?」
「良いの。良いの。俺は、その力が困難を切り開いてくれるって信じているから」
気絶していた御者を起こして、逃げて行った馬車へと向かって行きました。
私は暴力系ヒロイン。決して、変わる事のない根幹を抱えながら、優しい王子様と一緒に冒険を続けます。
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