1章-5
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「なんだお前」
大の字に倒れ伏す荻野を見下ろしながら、溝畑は呟いた。
「ああ溝畑か・・・・・・。ああ。バカバカしい!」
「落ち着け」
「他校の奴に言われたんだよ。一人で練習してても無駄だってよ。言い返す言葉も出てこなかった。メンバーがいなければ、そもそも戦う以前の問題なのは事実だからな」
溝畑の返事を待たず、荻野はポツポツと語り出した。
「能力者になれた時、俺は選ばれたんだなって思った。自分は特別な人間で、何か偉業を残すために生まれてきたんだって。
けど入学してから分かった。思い上がりだったって。ここには俺よりも特別で才能のある奴がわんさかいやがる。だから、実力不足で六堂に飛ばされるって知った時も驚かなかったよ。で、気づいたらこの有様だ。才能もないくせにやる気だけ一丁前の空回り野郎の完成だ」
「悪いが、俺にはお前の気持ちは分からない」
「そりゃそうだ。・・・・・・お前なんでこんなとこに来たんだ? 俺みたいに能力が制御できないってわけでもないだろうに」
「色々あったんだよ。色々」
「まぁ、深くは聞かねぇよ」
荻野は立ち上がり、再び練習を再開した。彼の放つ風の気弾は不安定で時折あらぬ方向へ飛んでいく。
「チッ」
何度も何度も、繰り返し風を飛ばすがそれは壁を傷つけるのにで目標には到達しない。
しばらくその様子を見守っていた溝畑は立ち上がると口を開いた。
「荻野」
「ん? なんだよ?」
「一度。一度お前が持てる最大限の力を俺にぶつけてみろ」
「ん? 何のつもりだ?」
「いいから。ここにもあれはあるよな? 模擬戦用のプロテクター」
「まぁそりゃあるけどよぉ、本気か? 直接怪我する事は無いとはいえ、あれ衝撃凄まじいんだろ?」
荻野の忠告も聞かず溝畑は倉庫の奥からプロテクターを見つけてくると、上着を羽織るように装着し、戻ってきた。
「本当にやるのか? ただでさえ制御出来ないのにフルパワーなんて・・・・・・、ここ吹き飛ぶぞ?」
「知らないのか? ここは自動修復機能がついてる。一晩あれば全壊から元に戻る。お前の本当の力を見せてくれ。コントロールは考えるな」
「そう言われても」
「いいから、やれ」
溝畑の強い口調に気圧されるように荻野は渋々了承する。
溝畑は頷くと荻野と距離を取り、プロテクターのHPメーターが機能しているか確認する。緑色のバーが目盛を満たしていることを確認し、荻野に合図する。
「いつでも来い。殺す気でいい」
「ああもう。・・・・・・行くぞ」
荻野は意を決したように両手をかざすと、彼の前方に小さな風の球体が出現する。それは時折グニャグニャと形を歪に歪めながら徐々に巨大化していく。
しかし制御がうまく出来ないため、次第に球体はスライムのように不定形になっていく。千切れた風が四方八方に吹き飛び、施設全体が悲鳴を上げる。溝畑はその様子を静かに眺めていたが、荻野が攻撃体制に入ると、グッと重心を固め構えた。
「・・・・・・ふんっ!!」
まるで野球の投手のような豪快なフォームで、荻野は球体を放つ。
完全に荻野の制御下を離れた球体、もとい風の歪な集合体は奇妙な軌道を描きながら溝畑の方へと向かい、けたたましい音とともに爆散する。弾けた風の残滓は溝畑を捉え、彼を練習場の壁ごと外へと弾き出す。
凄まじい轟音と共に溝畑の身体が天高く舞い上がった。溝畑はHPメーターを再度確認すると表情を変えずに呟いた。
「ワンチャンくらいはあるか」
ドサリと地面に叩きつけられた溝畑はすぐに立ち上がり、プロテクターを外す。
改めて辺りを見ると、練習場は見るも無残な残骸に成り果てていた。壁は傷だらけで天井にも大穴が開き、まるでハリケーンが通り過ぎた後のようだった。
「おいおいおい。大丈夫か? だから言っただろ」
「平気だ」
「ならいいけど・・・・・・。なんで少し嬉しそうなんだ?」
「これを見ろ」
溝畑は外したプロテクターに付いていたインジケーターを投げたよこした。
「これがどうかしたのか?」
「HPゲージがあの一撃だけでマックスから半分以上吹き飛んでる。対抗戦でこんな事は滅多に起きない。接戦によるHPの削り合いが対抗戦のキモだからな。
お前はそれを拒否して、試合を一撃で決める力を持ってる。尤も実戦では相手はガードしてくるから今のようにはいかないだろうが、かなり削れるはずだ」
「そうなのか?」
荻野はイマイチピンときていない様子で、まじまじとインジケーターを眺めている。
「威力だけならお前は他の学園の選手と張り合える。加えて対抗戦は相手選手のHPを先に0にした方が勝つ馬鹿でも分かるシンプルなルールだ。だから能力の制御なんてしなくていいし、必要ない。どんな方法であっても相手を倒せればそれでいいんだからな」
「そういや五基にいた時同じ事言われたな。威力は桁外れだけど制御が出来ないんじゃ無意味だって」
「日本では能力の内容や質、威力よりもその能力が制御の効くものであるかを最重要視する傾向にある。
応用性があって唯一無二の能力を持つが制御が出来ない者よりも凡庸な能力であっても完璧に制御することのできる者の方が評価される。一分野に秀でたピーキーな能力者より全てにおいて平均的なポテンシャルを持つ器用な能力者の方が評価される。違和感を持つかもしれないが、この国ではそうなってる」
「勉強で全教科80点のやつが評価されるのと同じようなもんか」
「だが対抗戦は違う。対抗戦は採点競技じゃなく明確な一対一の試合だ。能力の制御が出来ないからといって判定負けする事はない。最も重要なのは相手を先に潰す事だ。お前のような暴れ馬な能力者の方が向いている」
「それは、朗報なのか?」
少しの間沈黙が流れた。
「メンバーを探してるって言ったが、下級生や女子生徒には声をかけてるのか?」
「同級生の男子だけだ、今のところは。女子よりかは男子の方が戦えると思ってな。といっても月とスッポンには違いねぇだろうが」
「なら。声をかけた方がいい。とにかく人員確保が最優先だ。性別や年齢は考慮に入れるな。出来れば平均的に優れたやつよりも一点特化型の能力を持ったやつが望ましい。もう時間はほとんど無いんだろ?」
「あと十日だ。明日明後日は休みだから実質八日。今日を除くから七日しかない」
「後最低三人、二日で一人か。死ぬほど厳しいがやるしかない」
「やるだけやって、無理なら泣いてやる」
管理人への連絡を済ませた後、決意を新たに二人は練習場を後にした。




