2章-13
*
溝畑の奇妙な能力に気がついたのは綾瀬ただ一人だった。溝畑が大穴から戻ってくると、訝しげな視線を向ける。
溝畑は特に気に留めず、各々の練習風景を無言で見つめている。
学恋は引き続き連続での瞬間移動をマスターしようと以前は二つだけだった目標物を三つに増やした。
御影はいつも通りだ。壁に大きな的を描き鉄球をそれに向かって放つ。彼女の声と鉄球が壁にぶつかる衝撃音が小気味良いリズムで続く。
綾瀬はというと練習方法を変え、縦の動きではなく横の動きの練習に切り替えた。カゴを逆さに置いて中に巨大な手を生成し、慎重にカゴを外す。
手の上に自分の鞄を置いて目標の位置まで運ぶという練習方だ。
しかし、やはり他の面々の様子が気になるのか。たまに集中が切れ能力が意図せぬ挙動をとる事もあった。
「ちょっと!? 鉄球こっちに飛んできたんですけど?」
「だって手がこっち来てたし。仕方ないじゃんか」
「いやだって進行方向にわざわざ入ってくるから・・・・・・」
溝畑はその様子を寝転びながら見ていた。
「能力が思ったように働かなくなったら休め。休憩しろ」
「あー。うん」
三人は微妙な顔つきでを溝畑を見つめた。
各々休憩を済ませた後、再び鍛錬に没頭し始める。
そのうちそれぞれの変わり映えしない練習に飽きが来たのか、御影が言い出す。
「普通にさ。一対一で戦わない? 余った一人は見物人で」
「え?」
「うーん」
学恋と綾瀬は複雑な表情を浮かべ、しどろもどろになる。
「え? どうかした?」
「なんかこう・・・・・・ありありと感じるよ」
「絶対勝つっていう自信があるって顔してます」
「いいから!! やる! 最初は学恋、相手して」
結局御影の圧に押し切られ、学恋は渋々了承した。
学恋はチラリと溝畑を見やった。彼はすでに上体を起こしており、学恋を見つめ返す。
「一つアドバイスだ」
「はい」
「本番は何もない平地で戦うことになる。つまり、安全に瞬間移動するために必要な目印が一切無い状態で勝負しないといけないってことだ」
御影は話が長くなりそうだと悟ったのかその場で胡座を描いてスマホを触り始めた。
「え? ああ。・・・・・・言われてみればそうでしたね。じゃあ私本番では一歳瞬間移動が成功しないじゃ」
学恋は青ざめた。これまで彼女の行ってきた練習はあくまで目印を設定する事で瞬間移動後の反動を軽減するというものだった。
それが使えないのでは、自力に頼って目印なしで飛ぶしか無いが、プレーンなフィールドで目印無しで飛ぶとどうなるかは学恋自信が身をもって体験していた事だ。
「目印なら、あるだろ。本番でもちゃんと」
「え? いやでもさっき一切ないって」
「オレが言った意味は動かない目印が無い、という意味だ。動く目印ならちゃんとある」
学恋が首を傾げていると、綾瀬が助け舟を寄越した。
「人だね。それ」
「人?」
「その通り。対抗戦っていうからには対戦相手が存在する。人も立派な目印だ。問題は他の物と違って常に動き続けるという点だが、それは問題ない。事実お前はさっき人を目印にした瞬間移動成功させている」
学恋は御影のそばに瞬間移動出来た事を思い出した。
「・・・・・・分かりました。やってみます」
「相手が攻撃を放った瞬間に能力を使えるのがベストだ。攻撃を回避できるし、無防備な相手を殴りつける事ができる」
「ええ」
学恋は持ち場へと戻っていく。続けて溝畑は御影を呼びつけ、何やら耳打ちする。
「あーうん。分かった」
御影は少し不満そうな様子だったが、特に反論もせず戻っていく。
「じゃ、じゃあ。スタート!」
綾瀬の合図で模擬戦が始まる。この二人は実際に手合わせした事は無かった。
「変、身っと」
御影は機械にカードを通して能力発動の準備に入る。
「じゃあ。撃つから!」
御影は合図とともに右手を大きく学恋に向けて突き出す。
その右手から巨大な鉄球が放たれる。
と同時に学恋は能力を発動する。否、発動しようとした。
「あっ・・・・・・」
御影の鉄球は立ち尽くす学恋の真横を掠めて背後の壁に激突する。鈍い衝撃音と反動で、学恋は膝をつく。
「おっとおっと。・・・・・・大丈夫?」
「ええ」
ゆっくりと立ち上がると、学恋はため息を吐く。
「鉄球がちょうど貴方と被って、飛べませんでした」
御影の放った鉄球は御影の姿そのものを覆い隠していた。
そのため人を目印とした瞬間移動が出来なかった。
「わざと外して正解だったけど、これどうするの?」
御影は溝畑に目をやる。
「方法はいくらでも」
「いや教えたらいいじゃんか」
溝畑は答えず、学恋の方へ視線を移す。
学恋はしばらく考え込んでいたが、そのうち顔を上げると御影に言う。
「もう一度お願いします。ちょっと、タイミングを変えてみます」
御影は小さく頷くと元の位置へと戻っていく。
「綾瀬合図して」
「あ。うん。スタート!」
御影が先ほどと同じく鉄球の発射体勢に移る。
だがその時には既に、学恋は能力を発動していた。彼女の姿が一瞬にして消える。
「へ?」
御影の右隣に華麗な瞬間移動を決めた学恋はそのまま右拳を突き出す。軽い衝撃音とともに御影はよろめき、体勢を崩した。
「って」
殴られた頬を摩りながら、御影は呟く。
「賠償金百万円ね」
「いや怪我してないでしょう」
「・・・・・・なんだ。出来たじゃん。こっちが能力を使う前に先手を打つって事ね。・・・・・・ずるくない?」
「ずるくは無いと思うよ」
「いい考えだ。・・・・・・五十点やる」
「しょっぱいなぁ。八十くらいあげなって」
御影や学恋と違って、溝畑は煮え切らない様子で呟いた。
「今のままだと攻撃能力がない。御影、お前のどれくらいダメージ食らった?」
「えーっと。・・・・・・うん。あー。これは」
御影は歯切れの悪い声で答えに詰まる。
「多分ほとんど受けてないだろ。いくら先手を取れても雀の涙ほどのダメージしか出ないんじゃ時間がいくらあっても足りない」
「・・・・・・荻野さんと練習した時はもっとこう、威力が出た気がします」
「その時と今回との違いは?」
「違い? あ。助走、ですか?」
「正解だ」
溝畑は少し笑うと、続ける。




