2章-12
扉の奥からこちらに迫る影があった。それはゆっくりと練習場の中へと滑り込んでいく。
それは大きな手だった。開かれた手のひらの上にはリュックが乗せられ、不安定なバランスの中で倒れないように、まるで荒波を乗りこなす船のように進んでいく。
その手の後ろには綾瀬の姿があった。
彼は無言のまま手の前へと推し進めていく。
「ん? ・・・・・・うわっ!!!」
綾瀬は四人の姿に気がつくと、ハッとした様子で声をあげる。彼の心の揺らぎに呼応するかのように前へと突き進んでいた手はバラバラに弾け飛んだ。
「びっくりした。なんでみんないるの?」
「そういうお前は?」
荻野が質問を質問で返す。
綾瀬は照れくさそうに答える。
「いやぁ。能力を使うのが楽しくなっちゃって。どうせなら練習しようかと思って」
「ピュアだな」
「漫画の主人公みたいなメンタルしてる」
ともあれ結局昨日に今日で五人が再度集合する事になった。
「結局アレだな。みんな思うところはあるが、逃げるはないって事だな」
「まぁ。逃げた先が地獄だから、仕方ないじゃん」
「当たって砕けましょう」
「砕けたら負けるじゃん! やめろ」
漂う不安の中にも、それをかき消す微かな希望がそこにはあった。
「でも・・・・・・」
申し訳なさそうに綾瀬が口を開く。
「四人になっちゃったから、また一人見つけないと」
「・・・・・・当てとか」
荻野の呟きに返ってくる言葉はない。
「屋上のあの生徒、夜凪くん。彼をまた誘ってみるのは・・・・・・」
「意外だな。二度と関わりたくないって言ってたが」
溝畑の茶化しに学恋は至って真剣な目つきで続ける。
「言ってる場合じゃないのは理解しています。必要なのは人員です」
「そいつって学校来てんのか?」
「屋上にずっといるはずです。ただ・・・・・・不気味な人でした」
「えぇ・・・・・・そんな奴いれるの? 大丈夫」
「背に腹はかえらんねぇよ。とりあえず。話してみるしかねぇよ」
御影は懐疑的な様子だったが、状況は逼迫していた。
五人は今後の方針を決め、再び各々の練習に移る。
「おい溝畑」
他の三人が各々の練習を始め、残った荻野を溝畑が呼び止めた。
「ん? どうした?」
「お前の能力を鍛えるにはここじゃ狭すぎる。お前の能力は制御が効かないからな。周りの邪魔にもなる。それでだ」
溝畑は手を横に突き出した。その仕草に荻野が首を傾げていると、彼の手の周りにまるでクッキーの方でくりぬいた後のような黒い穴が出現した。
「・・・・・・それがお前の能力だったのか」
「ああ。この先にある。ついてこい」
そう言って溝畑は空間に開いた大穴に飛び込んだ。
「おい!! これ大丈夫かよ!! ったく」
急いで荻野も後を追う。穴へと飛び込んだ瞬間視界がぐるぐると回転する。
一瞬意識を失い、気がつくと荻野はうつ伏せになって倒れていた。
身を起こし、当たりを見回す。視界に映る景色は意識を失う前と変わりはない。見慣れた練習場の風景。ただ一つ違う点があるとすれば御影、学恋、綾瀬の姿が見えない事だ。
「ここはオレが作った別空間だ。内装は練習場と同一にしてあるが、外には出るな。外は作ってないからな。虚無に落ちて戻って来れなくなる」
「おう。・・・・・・おう?」
「外人か」
溝畑は地面に拳を叩きつける。
すると、地面から無数の壁が生え、それらはドミノのように連なって練習場の半分を埋め尽くした。
「オレが前に言った事を覚えているか?」
「・・・・・・悪ぃ。どの事だ?」
「ならいい。対抗戦で勝つにはお前の能力の長所を生かすしかない。つまり、威力だ。お前は能力の制御は赤ちゃん並みだが威力は絶大だ。だから今からは、ひたすら威力をあげてもらう」
溝畑は聳え立つ壁の軍勢を指差す。
「全部で十枚ある。これをひたすら能力で破壊していけ。ただし。こいつらは生半可な力じゃ壊れない。〇〇社の防御壁だ。ビルとかに使われているもので並大抵の衝撃じゃ壊れない」
「・・・・・・へぇ。じゃあそれを壊せるようになったら一人前ってことだな」
「0.1だな」
「おい」
溝畑は荻野の真横に行きで潜ったものと同じ大きさの穴を開く。
「出口は作ってある。帰る時は使え」
そう言って溝畑は一人帰っていく。
残された荻野は目の前に山のように聳えるその壁を見つめた。壁は練習場の横一面を全てカバーしており、一枚壊すたびに奥から次の一枚が顔を覗かせる仕組みになっている。
「よっしゃ。一丁やるか!!」
荻野の孤独な戦いが始まった。




