2章-10
*
「・・・・・・クソっ!!」
荻野は転がっていた空き缶を思いっきり蹴り飛ばした。
翌日、昨日の一件が染み付いて離れない荻野は学校に来ていた。自室にいても気が滅入るばかりで変化を欲していたからだ。
教室にいる生徒は半分ほどで皆久しぶりに来た荻野を怪訝な顔つきで見つめている。
溝畑と学恋の姿は見えなかった。
そもそも学校に行くよりも練習場を訪れた方が出会える確率は高いのだがその気には到底慣れず、逃げるように学校へと足を運んだ。
荻野はただ漠然と放課後まで過ごした。放課後もすぐに帰り支度する気になれず、一人で思案に耽る。
荻野は溝畑が出られなくなったとはいえ、出場を辞退する気はさらさらなかった。元々一人だけでも出るつもりではあったし、そもそも彼の存在自体がイレギュラーだったからだ。
しかし、他の三人の反応を見て、荻野は自分達がどれだけ溝畑に期待していたのかを思い知らされた。
彼がいればなんとかなる、なんとかしてくれる、そんな他人任せの考えで今まで練習していたのだと知って、荻野は恥ずかしくなった。
「・・・・・・はぁ」
荻野は重い足取りで玄関を出た。練習場へ向かうためではなく帰宅するために、歩を進める。
荻野を追い越す生徒は皆一様に彼に一瞥をくれるとそそくさと去っていく。腫れ物扱いを受けているようで荻野は不快だった。
そんな彼をまた生徒の集団が追い越していく。薄い黄土色の制服。それは荻野がかつて所属していた五基学園の物だ。
集団の内の一人の男子生徒が友人達に別れを告げ引き返してくる。
「やっぱり荻野か。久しぶり。よかったら、少し話さないか」
「・・・・・・お。おお。船曳」
笑顔の似合うその男子生徒の名は船曳仙、荻野の友人でありかつての練習仲間でもあった。
荻野は喜びと後ろめたさが混在したようなぎこちない笑みを浮かべ、答えた。
「で。実際最近のところはどう? 元気してるか?」
船曳は眼鏡を丁寧に拭きながら問いかける。
二人は学園近くにある小さな喫茶店に場所を移した。上着を脱いでいるためある程度は所属を隠匿する事が出来ていた。
「ん? ああ」
「いや悪い。答えにくいよな」
「いや、いい。・・・・・・知ってんだろ? ウチが廃校になりそうな事は」
「ああ。もちろん。だから君に話しかけたんだ。ここから出ていく前に挨拶でもと思ってね」
その言葉に皮肉の意図は全く感じられなかった。ただ純粋に荻野と疎遠になる事を悲しんでいる様子だった。
「呼んでくれたらすぐ出向いたぜ俺は」
「君に配慮したんだよ。多分落ち込んでいるだろうと思ってね。それで君が転学した直後は連絡を控えたんだ。君からも連絡はなかった。それに・・・・・・」
船曳はカップに入ったカフェオレを一気飲みした。八割近く残っていた中身は一瞬で空になる。
「忙しかったんだ色々とね。・・・・・・でも、その甲斐はあった。俺対抗戦のメンバーに選ばれたんだ」
「え? お前も出るのか?」
荻野の言葉に船曳は首を傾げた。
「お前も? 君も出るのか?」
「ああ。といっても六堂の奴ら誰もやりたがらないからまだメンバーは揃ってねぇ。四人だけだ」
「ああそういう事か。驚いたよ」
「うーん。そうか。それだと一回戦は不戦勝でなくなるね。普通にウチと六堂での勝負だ。でも・・・・・・」
船曳は小さく笑う。
「君がメンバーなんだろ? もう勝負が決まっているようなものじゃないか」
「おいそれどういう意味だよ」
荻野は半笑いで答えた。
「だってさ。君俺と練習してた時からっきしもいいところだったじゃないか。相手にならないよ。それに、他にも出る生徒がいるって言ったけど、君と同レベルって事だろ。悪いけど、やる意味ないよ」
「お前、言い過ぎだぞ」
「ああ。ごめん。悪気はない。ただ、無謀だと思う」
船曳は至って真剣な顔つきで荻野を見つめた。その視線を直視できずに荻野は視線を逸らす。
「君達の廃校についてはあまり知らないけど、対抗戦に勝つ事が条件みたいな噂は出てるんだ。だけど、それは無理だ。考えてみなよ。他の五学園で1番格下の俺にすら余裕だと思われてる。仮に奇跡が起きて勝てたとしても他の四校には勝てない」
「う・・・・・・」
「俺と一緒に練習しても一向に上手くならなかった君が、六堂で上達するとも思えない」
「うぐ・・・・・・」
船曳の言葉がドリルのように荻野の心を抉る。
「きつい言い方をしたけど、これでも心配してるんだ。廃校になった後どうやって生きていくかとか、ちゃんと考えてるのか?」
「それは・・・・・・廃校になってから考えればいいだろ」
「早いほうがいい。それこそ。対抗戦で勝って廃校を回避できると少しでも思っている暇があるなら尚更だ」
船曳が面接官に見え、荻野はたじろぐばかりだった。悪意が感じられないという点がさらにタチが悪かった。
「じゃあ俺はこれで。元気そうでよかった」
「ああ・・・・・・」
船曳と別れた後、荻野はただ茫然とその場に突っ立っていた。
彼から受けた言葉の一つ一つが頭の中で反響し、こだまのように繰り返される。今の自分は現実を見ずにありえない可能性に縋るだけのお気楽人間だ。
もう、諦めて別の道を探したほうがいいんじゃないか。
そんな考えが荻野の脳裏をよぎった。溝畑は参加できなくなった。その時点で風前の灯だった火は完全にかき消えた。
荻野はただ気の赴くままに足を進め、気づけば来た道を逆走し学園の敷地内まで戻ってきていた。目の前には、六堂の練習場が待ち構えていた。
「あいつらは、もう来ねぇのかもな」
憂鬱な気持ちのまま、しかし何かに強制されるように荻野は扉を開いた。




