1-章4
「お前のやる事は一つだけだ。ひたすら威力を上げ続けろ。少なくとも対抗戦を終えるまでは、能力をコントロールする事は考えなくていい」
「考えるなっていうけどよ。そもそも当たらねぇんだよ。さっきも見ただろ?」
「それはお前が無意識に、能力を制御して綺麗に戦おうと思っているからだ。お前は風を丸い球状にして飛ばすのが主な攻撃方法だったろ?」
「ん? ああ。野球やってたからな。自然とこうなった」
それを聞くと、溝畑は再びホワイトボードを転がしてきた。荻野はその様子にグッと気を引き締める。
「なぜ丸くする必要がある? それこそ野球と同じ考えをしているなら、小さなボールなんて当たるはずもない。例えば」
溝畑は一本の太線をボードに刻む。
「こんな風に線の形にして風を放てば、攻撃範囲は広がる。幅も大きくできれば尚更いい」
「考えてみれば、そりゃそうだ。範囲が広けりゃその分避けにくいもんな」
「綺麗に戦うなっていうのはそういう事だ。形だけ整えて何になる? それならいっそグチャグチャでもいいから威力と範囲を上げたほうが勝算は高くなる」
「でもそれしねぇと途中で風がバラバラになって消えちまうんだよ」
「少し違うな」
御影が大欠伸をかき、場が少し落ち着いた。
溝畑はお前も聞けと言わんばかり目で御影を凝視した後、話を続ける。
「不思議な話かもしれないが、風がバラバラになるのはお前が意識して綺麗な球を作ろうと躍起になっているからだ。
イメージと現実のギャップが大きいと、能力は異常をきたす。つまり、風の形にこだわらなければさっきのような事にはならない」
理解の範疇を越えたのか、荻野は見た事もない数式と初めて向き合った時のような困惑の表情を浮かべた。
「お、おう。分かった」
「分かってない人の反応じゃんそれ」
「お前の能力はスケールがデカい。形を意識せずに風を放つとなれば広い場所が必要だ。この練習場すら力不足だ」
「まぁ。それは適当な場所見つけて、やってみる」
二人は溝畑に別れを告げ、黄昏の中に消えていった。
二人が出て行って数分後、まず現れたのは意味もない通学を終えた学恋だった。
「よう」
「こんにちわ。と言うには少し遅いですね」
学恋はキョロキョロと辺りを見回すが、溝畑以外に人気が無いことを知るとその場に座り込む。
「一昨日ですね。言われた通り屋上の不良生徒に会いに行ったんですけど」
「勧誘の成果は?」
「無理です。というかあの人嫌いです。一緒に戦って欲しくありません」
「そうか。じゃあ練習始めるぞ」
「興味なし、ですか。貴方が頼んできたのに」
学恋はブツブツと何か唱えていたが、溝畑に支持されるまま丸でマークされた位置へと向かう。
位置についた学恋の視界にはいくつもの赤色のコーンが映る。それらはジグザクに、等間隔に置かれパターン化されている。
スポーツ選手が俊敏性を鍛えるために行うトレーニングと同じ毛色を放つその設備に学恋は目を細める。
「あの後、ちゃんと自分で練習してたか?」
「ええ。もちろん」
学恋は自信満々な様子で答えた。
「今回はちょっとレベルアップする。初めて会った時瞬間移動する時のコツを教えただろ?」
「わかりやすい目印を作って、それと自分の位置とを意識して飛ぶ。飛んだ後すぐに目印の位置を確認して自分の現在地を掴む、でしたよね?」
「ああ。今回はこれを使う。コーンの周囲に円が書いてあるだろ?」
学恋は床へと視線を落とす。そこには確かに円が描かれていた。それはコーンの前に配置されているものもあれば、左右に位置しているものもあった。
「あの円に着地しろ。近いものから順番にだ。飛べたら間髪をおかずに次の円を目指して飛ぶ。メトロノームみたいに一定のリズムで出来るようになると尚いい」
「パッ、パッ、パッっとテンポよくって事ですか? 出来る気がしないですけど」
「面白い例えだな。ふりかけでもかけてるのか?」
「そこはいいでしょう! まぁ。やりますけど」
「よし。とりあえず体に不調が出るまでは続けてみろ」
「はい。・・・・・・いきます!」
学恋は一番近くに引かれた円を目指して、能力を発動する。
身体が何かに引っ張られるような、そんな奇妙な感覚に襲われて視界が一瞬暗転した。
再び開けた視界の中で、学恋はすぐさま目印となったコーンに目をやる。
しかし、真っ先に目に入ったのはあらかじめ決めておいた目印ではなく彼女から一番遠くにあるコーンだった。その瞬間。
「う。・・・・・・まず」
緩やかな嘔吐感がやってきた。腹が内側からゆっくりとひっくり返されているような形状し難い不快感に苛まれる。
グラリと学恋の身体がぐらつく。
「お前のすぐ右だ!」
溝畑の鋭い声に、学恋は咄嗟に右へと振り向いた。
自分が目印としていたコーンがあった。それを視界にとらえると、訪れた嘔吐感がスッと和らいでいく。
「うう。・・・・・・う」
「まぁ。これはオレが悪かったな」
珍しく溝畑がバツの悪そうな顔で謝罪する。
「同じコーンを使ったせいで頭が混乱したんだ。この練習はやめておこう」
溝畑がコーンを片付けようとするのを学恋が止めた。
「今のは、飛んだ後に真っ先に視界に入ったコーンが遠いもので、それを頭が勝手に近いもの、目印にしたものだと勘違いしてしまったから、上手くいかなかったって事ですか?」
「・・・・・・大体合ってる。距離感が一致しなかった。お前は飛んだ場所のすぐそばにあるコーンを探したが、視界に入ったのはこの奥のコーンだった。
近くにあるはずの目印が遠くにあると脳が錯覚して、想像と現実とのギャップが不調という形で身体に現れたんだ」
「つまり、逆に言えば、あのコーンの方を目印にしていれば上手く飛べていたって事ですか?」
円から一番近いコーンではなく遠くにあるコーンを目印にする。そうすればさっきのような事態にはならないのではないかと学恋は考えた。
「極論を言えば。各コーンの位置と円の位置とを完璧に把握していれば、さっきみたいな事は絶対に起こらない。この練習は、端的に言うなら空間把握能力を鍛えるものだ」
「空間把握能力?」
溝畑の言葉をなんとか理解しようと、学恋は必死に頭を働かせる。
「自分のいる空間にある物体、そしてそれと自分との距離、方角。それら全てを完璧に把握していれば瞬間移動に目印をつける必要は無くなる。
今のお前には到底そんな事はできない。だから、わざわざ着地点と目印を別々に設定して練習してるだろ。今やってる練習の終着点は円を見なくても、いちいち着地後にコーンを探さなくても、健康体のまま能力を使えるようになる事だ」
だが、と溝畑は表情を曇らせる。
「同一の目印を複数使うのは失敗だった。次は変えてみるか」
学恋も手伝いコーンは一つを残して撤去しその代わりにバスケットボール、各々のカバン、清掃用のモップ、空のペットボトルなどバラエティに幅を持たせた配置を行った。




