1章-34
「これで、何すればいい? 精密動作って言ってたけど」
「出来るだけ早く手を閉じて開く。それを繰り返せ」
綾瀬は言われた通り手を動かしてみる。
特に何の障害もなく、作られた手は人のそれと同じように滑らかに動く。
「へぇ。手慣れたモンだな。手だけにってか?」
荻野に冷ややかな視線を向けながら、綾瀬は次の指示を待つ。
溝畑は奥の倉庫から何かを持ち出してくると、綾瀬に投げてよこす。
「おっと。これ、バスケットボール? ドリブルでもしろって?」
「ああ。さっきより簡単だろ」
溝畑は頷く。
壁に生えた手にバスケットボールをセットすると、それを地面に叩きつける。
しかし勢いが上手く付かずにそれは転々と床を転がっていく。何回か繰り返し試してみたが出来て3回が限界だった。
「力加減は苦手か?」
「さぁ? そうなんじゃない」
その後も試行錯誤しながら、手がどこまで器用な動作が可能か検証した。
手の形を変えたり単純な動作であれば力加減はともかくとして、ラグや硬直なく動かすことが出来た。
「しっかしよぉ。これ感覚とかどうなってんだ?」
荻野が壁の手に触れ、くすぐるように爪を滑らせる。
「なんか感じないか?」
「全く。これ別に僕の手じゃないし」
「いやでもお前の能力の、いいや。ややこしい」
「いろいろやったけど、これで何か分かるの?」
綾瀬に問いに、溝畑は大欠伸で答えた。
「ん? まぁ大事なのは自分の能力の限界をちゃんと認識することだ。何が出来て、何が出来ないか。今やってるのがそれだ。お前の手はポーズを取る事はできても、力加減の調節は難しい、とかな」
「・・・・・・それで? 何を教えてくれる? さっきの言い分からして、何か新しい境地まで連れて行ってくれるんでしょ?」
「ああ。まぁまずは簡単なのからいくか。大きさを変える」
「大きさ? まぁ確かにさっき上手くいかなかったけどさ。何でまたそんなニッチなところを」
「対抗戦で勝つには有効だからだ。少し前に行ったが、巨大な手を人にぶつければ最悪死ぬ。試合ならかなりのダメージになるはずだ。
それに、巨大な手は相手の攻撃から身を守る盾としても使える。汎用性は高い」
「僕が既に出場する事が前提になってるのは気に食わないけど、まぁそれが出来れば苦労はしないっていう話だよ」
「やり方が間違っているだけだ。ただ漠然とイメージするだけじゃ上手くはいかない」
「でも実際漠然と思い浮かべるぐらいしか方法が無いと思うんだけど、だって何もない所に手を作るわけだから」
まるでとある課題について議論するかのように二人は言葉を交わす。
「絵を描いたり、何かを真似ようとする時、見本があった方が捗るだろ? 能力も同じだ。つまりサイズの異なる手を作りたいのなら同じサイズの見本、骨組みが必要だ」
「さっきも見本はあったじゃないか。君を見て試したんだから」
「不十分だ。あれだけじゃあな」
そういう溝畑はバスケットボールの詰まったカゴを運んできた。
「ただ漠然と、広い空間でやろうとするからダメなんだ。巨大な手を作るっていっても、ただなんとなくイメージしただけだと失敗する」
溝畑はカゴに入ったボールを全て外に放り投げた。ダムダムとゴムの弾ける音が木霊する。
「具体的な大きさを提示してやる。これだ。このカゴに収まるぐらいの手を作ってみろ。ピッタリとだ」
「いやそっちの方が難しいんじゃ」
綾瀬は目を細めた。
「見本は具体的であればあるほどいい。さっきまでこの練習場の中ならどこでも手を作ることができただろ? 今回はこのカゴの中だけだ。視界を狭めればその分負担も減る」
半信半疑になりながらも、綾瀬は指示通りに能力を行使する。
カゴの底からまた肌色の流動体が湧き上がり手を形成し始める。と同時に溝畑がカゴに覆い被さるように乗り掛かる。
「は? ちょっと!?」
「続けろ。オレまで巻き込むなよ」
綾瀬はさっきよりも意識を集中させる。溝畑には触れないように、ギリギリまでサイズを拡大させる。
横がカゴ枠に、縦が溝畑の背に触れた瞬間。ピタリと手は成長を止め、動かなくなった。
爆発する様子も無ければ、不穏な動きを起こす気配もない。
「出来ただろ?」
カゴから離れると、溝畑は出来た手をまじまじと凝視する。まるで美術館に飾られた彫刻のように手は静止したまま三人の前に鎮座している。
「出来た、けど」
綾瀬は納得がいかない様子で頭をかいた。
「能力で何か物の大きさや高さを変える時、さっきみたいに具体的な制限があるとうまくいく。今回の場合縦はオレの身体。横はカゴの枠。それぞれに限度が決められていただろ?
お前は自然とこのカゴにすっぽり収まるような手を作っていた。具体的に能力を使うっていうのはこういう事だ」
「じゃあ他の大きさも?」
「ああ。大きかろうが小さかろうが関係ない。重要なのは作る際に縦と横に制限をつけることだ。目安と言ってもいい」
「・・・・・・じゃあこれでも出来る?」
綾瀬は隅に置いてあった自分のカバンを指差す。
「それだと無理だ。中が見えないだろ? カゴには隙間があるから手の形成過程が見える。つまり調整がしやすい」
「そっか。中は見えないとちゃんと出来たかが確認できないから」
「透明な箱を使うのが一番手っ取り早い。テレビとかで使われるだろ? 箱に入ってる物を当てるクイズとかな」
「売ってるかな?」
「探せばあるだろ。それに、別に四角じゃなくてもいい。中が見えて範囲を制限できる物なら十分だ。作りたい手の大きさと同じサイズの物を選べ」
綾瀬は不思議な感覚に陥っていた。自分の能力に対する諦念が徐々に期待へと変わっていく感覚。
ふと、作ったばかりのカゴの中の手に目をやる。
「柔らけぇ〜!」
荻野に頬擦りされ、それでもなおじっと動かずにいる。まるで綾瀬の指示を待っているかのようだった。
「でもこれだと、大きさの違う手を作る時には絶対その箱が必要になるって事だよね? 面倒だし、実践で使えないと思うけど」
「いずれ何も必要とせずにサイズの違う手が作れるようになる。だが、それには段階を踏む必要がある。さっきは上下左右前奥全てを囲った。次は」
溝畑はさっき使ったカゴに目を移す。
「囲いの一部を外したりして徐々に慣れていくといい。何回か試行錯誤しているうちに能力が慣れてくる。千回もやれば目を瞑っていても正確な大きさの手を作れるようになる」
「気が遠くなりそうだよ」
「オレは似たような事をやって上達した。暇ならやっとけ」
「あ、うん」
綾瀬は複雑な表情を浮かべた。




